氷壁の姫 Act-34 二日酔い
「〜〜〜っ ぷ!」

額に冷たい物が置かれてズキズキする米神を抑えて風見は起き上がった。

「目ぇ覚めた!?」
「萌花? 〜〜っう」
「酒は呑んでも呑まれるな! っていっつも言ってるでしょ! 飲んだ量を誤魔化す為にした片付けは、黙認しても良いとして、何で悪く残るような飲み方するの!」
「昨日は仕方なくて」
「仕方なくて、じゃありません!」

手を腰に当てて甥っ子が悪戯をした時に怒る時のように顔を顰める萌花に風見は冷やされたタオルで顔を拭いた。

「すいません…」
「も、萌花さん。風見を怒らないで下さい、俺が、ノートパソコンが壊れたショックでつい自棄になって」

昨日の酒は何処へやら、こちらはケロリとして朝シャワーまで浴びて髭も剃ってスッキリ顔の降谷の手にはマグカップが握られて珈琲の良い香りが漂っている。

「降谷さん?」
「俺が付き合え、と巻き込んだんです。」
「なら… ふたり纏めてお説教タイム、です!」

ビシッ、とTVドラマの女優並に決めつける萌花は二人に向かって 床に正座をしろとばかりに指を差す。

「も、萌花、さん?」
「ま、待った! 萌花、説教は俺だけで!」
「ゆ・う・や〜〜〜っ!!」
「た〜〜〜っ 分かった! 悪かった! 頼むから大声は頭に響く…」
「あ・た・り・ま・え!」

萌花の前にぺたり、と正座をする風見をみて降谷はマグカップをテーブルに置きながら小さな溜息を吐いて正座をする。
女性の前で正座をするのは、少年時代に喧嘩のし過ぎと宮野エレーナにお説教をされた時以来である。
もっとも、当時はエレーナに合いたくて構って貰いたくて、売られた喧嘩を全部買っていたから、という少年ならではの思慕もあったが。

「まずは降谷さん!」
「はい…」
「降谷さんが蟒蛇なのは聞いてます。 でも! 面白くない事があったからって他人を巻き込むのは上に立つ人間のする事じゃありません!」
「その通りです。すいませんでした、風ー… 御主人を巻き込んでしまって」
「お仕事上のお付き合いで、歓迎会や送別会、慰労会とかの飲み会とかはこれから何回でもあるでしょうし、仕事上の守秘義務で面白くない事が沢山あってお酒をのまなきゃやってられない時があると思います。 私は奥さんでもありませんからお酒を飲むなとは言いませんが、悪いお酒は後々まで引きづります。」
「仰る通りー…」

正論故に降谷は逆らえない。
片眼の上司から背負い投げをされるような説教は幾度も受けたが、女性からf再び説教される日が来るとは夢にも思っていなかった。

「お酒は疲れを取る効果もありますから、帰ってきて一杯、というのを止めるつもりはありませんし、降谷さんは仮にも裕也の上司ですから、説教なんてするのは立場上失礼なのは重々承知です。裕也をお酒の席に連れ込もうが捜査で3徹4徹させようがお好きになさって下さって構いません」
「も、萌花ぁ!? その事は!」
「お黙りっ! 報告書と始末書作成で4徹だっけ? 家に帰れず庁内の仮眠室で1時間位寝て、着替えはロッカーにおいてあるので済ませていた事あるって言ってたわよね? その時は食事はチョコレートとカロリーメイトに缶コーヒーでしのいでた、って言ったわよね?」
「ぅ…」
「あー… あれも確か俺がコイツに任せた報告書だったか…?」

あちゃあ… と記憶を引きづり出して溜息を吐く降谷。

「その程度なら説教なんて致しません!!」
「ー… ハイ…」
「楽しい酒で酔っぱらうならいっくらでも巻き込んで下さって構いません! ですが自分の事とはいえ、頭に来た事があったからって他人をー… 部下を巻き込むのは煙たがれるだけの重箱の隅の突くようなミスを探して権力を見せつけるパワハラ上司のする事です!」
「パ… パワハラ…」
「重箱の隅ってー…… も、萌花!」
「裕也は黙ってなさい!」

ガツン、と言われて風見は黙り込む

「部下は上司にいわれたらNOとは言えない立場です。NOといったら成績の査定や人事に響くとおもいますし。 降谷さんの場合は違法行為も辞さないと聞いてますから、どんな仕事を押し付けられるか分からないでしょうし?」
「耳が痛い台詞です…」

降谷は頭を垂れる。

「今回は俺のストレス発散に風見をー… ご主人を巻き込んでしまいました。この通りお詫びします。」

ペコリ、と頭を下げる降谷に風見はごくん、と唾をのみ込む。
降谷に向かって意見を言ったり謝らせる事が出来る人は少ない。

「裕也!」
「え…? あ、ハイ!」
「裕也も同罪! 悪い酒なら何で止めなかったの!」
「だからそれは」
「少し位は止めないし、楽しいお酒なら良いけどね! ストレス緩和で飲むには呑みすぎでしょう! 父さん自慢の一品の泡盛、半分も呑んじゃって!」
「ハイ… すいません。」
「まったく良い大人が二人揃って! 2度めはお兄ちゃんの組手の相手をさせるからね! 分かった!?」
「そ、それは勘弁! 明さんは琉球空手の黒帯師匠だろ!? 降谷さんならボクシングをしてるからそこそこ同等に組めるだろうけど俺は5分で青痣だらけだ! 第一明さんの納めた空手は殆ど足音を立てない、気配を殺すのを得意とする独特の流派だろ!」
「ボクシング? そうなの?」
「え? えぇ、まぁ。中学の時から習ってます。 今はフリーでトレーニングをする程度でジムには行ってませんけど (足音を立てない流派ー… だと?)」
「へぇ… ならストレス溜まったらお兄ちゃんの友達がボクシングのジムを持ってるからそこでスパークリングとかした方がストレス発散はできますよ! 一応、九州地区ー… あ、沖縄は一応、九州地区に組み込まれてて… ジムのオーナーは九州地区の代表になった事がある人なので、それなりの広さのジムですから!」
「そうします… 風見が萌花さんに怒られる姿を見るのは忍びない…」
「とも角! お酒に逃げるのは絶対にダ・メ! 特にこの泡盛は沖縄の中でも老舗で、アメリカ軍の将校の人にもファンが定着してる杜氏の地酒なんだから!」
「「はい…」」

二人が揃って頭を垂れたのをみて、萌花は漸く息を吐いた。

「じゃ、二人して此処辺を走ってさっさと躰から酒の匂いを追い出してらっしゃい!」
「萌花… あのな! 降谷さんはもうお酒なんて抜けてるし、俺も「やめろ、風見」」

風見の言葉を遮る降谷

「萌花さんの云う通りだ。 それに。 今週は時間もたっぷりある。 地理を覚える為にここら辺の道を走りながら2時間位躰を虐めてくるのもいいだろう」
「ふ、降谷、さん?」
「お前は少し走ればいいだけだろう?」
「… 分かりました! 付き合います! どうせ何時もの100mダッシュとか懸垂をする場所を探したいんでしょう!? 案内しますよ! ジャージに着替えてくるのでウチの方へ− 持って… っわぷ」

ぽふ、とトートバックを投げ出される。

「はい、タオル入りの着替え!」
「気が回ることで、奥さん…」
「降谷さん。」
「はい?」
「色々とあった事はしてます。裕也にも色々と話せない事がある事も。」
「ー…!」
「私のお兄ちゃんは少しですが法律を学んでます。情報に関する守秘義務についてはそこらの警察官以上に詳しいですから! こちらで事件に遭遇して何かしら知りたい事があったら、<公安警察>としてお兄ちゃんに聞いてみて下さい」
「萌花、さん」
「沖縄は小さな所です。鎖国対象であった島国ゆえにアメリカ軍と手を組んだ犯罪組織があるという話も聞いてますし戦争の後も残ってます。 父方のひいおばあちゃんとひいおばあちゃんの友達はアメリカ軍の手に落ちるよりはと自害をしました。おばあちゃん姉妹と生まれたばかりの弟はまだ小さくて生き延びれたんです。 因みにおばあちゃんのお姉ちゃんは私が子供の時に癌で亡くなりました。弟の方はまだ元気で鹿児島で暮らしてます。 城山って観光ホテルがあるんですけど、そこの近くの地主のお嬢さんと結婚したんですけど、めっちゃ元気でスマホとかも使いますよ! 孫娘はドイツ人の女性と国際結婚して、1年位前に女の双子ちゃんが産まれたばかりでひいじいじ馬鹿になってます」
「子供好きなんですね」
「戦争経験者だから命の重みを知ってるんですよね。福祉 にも積極的で」
「命の重み」
「ひいおばあちゃんは今はひめゆりの塔で眠ってて、おばあちゃんは月命日になると今でも父さんやお兄ちゃんの車に乗せて貰ってお墓詣りに行ってます。沖縄で暮らすおばあちゃんやおじいちゃんたち幾人かの心の中ではまだ戦争は終わっていません。」
「―…!!」
「ストレスがあるからお酒におぼれるというのなら、戦争経験者である老人たちはとっくにアルコール中毒になってます」
「すいません。 俺はまだまだヒヨッコです。」

降谷はまた一つペコリと頭を下げると立ち上がった。

「トレーニングウェアに着替えてきます。 風見、ここらを案内してくれ」
「あ! はい! あ、降谷さん! すいませんシャワー貸して下さい!」
「ん? あぁ、勝手に使え。」

風見は慌てて立ち上がるとバタバタと浴室に向かう。

「まーったく!」

萌花は深い溜息を吐くと2階に上がった降谷とジャージを持った風見に向かってくすりと笑った。

「こんなお説教で効果があるとは思わないけど―… 私でも少しは役に立つかしら、ねぇ?」

小さく溜息を吐く。

(まさか、好きになった人が警視庁の公安勤務だったのは私にも想定外、だったけど。)

リビングの雨戸をあけて窓を開ける。
TVの入っている段ボールはまだ明けてないので昨夜は空けなかったのだろう。
CDやDVDと書かれた箱も空けてない所から生活に必要な緊急度は低いのだろう。

そしてリビングテーブルに置かれたマグカップをキッチンに下げようとして、USBの差込口が固まってDVDを入れる部分が外れているノートパソコンに気がついた

「あら、ま…」

目をごしごし擦ってもう一度見直しても視界に入るノートパソコンは修理不能としか思えない。

「酷い状態でしょう?」

目を丸くしていノートパソコンをみている萌花を見咎めて首にタオルをかけた発汗作用のあるトレーニングウェア姿の降谷がくすくすと笑って話しかける。


「まさかこんな状態になるなんて思って無くて、ですね。つい、深酒が過ぎました」
「確かに… 悪戯もほどほどにしないとダメですよ、降谷さん?」
「へ?」
「ご自分のパソコンをどう使おうがご自由ですけど、パソコンは玩具じゃないんですから。 降谷さんならパーツさえあればご自分で組み立てができるでしょうけど。」
「十分反省してます。」
「… まぁ、さっきお説教させて貰ったのでもう言いませんけど… ものを大事にしない人は本当に必要な時に使えないですよ?」
「全くその通りです。デスクトップは持ち歩きできませんから。」
「最も、観覧車でファイティングした相手ならデスクトップでも背負って歩けるかもしれないですけどね。」
「〜〜〜 そこまで聞いてるんですか」
「観覧車でファイティングした時、相手はライフルバックを背負ってて、降谷さんが身軽だったって事も知ってますけど?」

チラリ、と 悪戯っぽい笑みを見せる

「な… 風見のヤツ!」
「これは裕也に聞いたんじゃないですよ! 友人があそこでバイトする事が決まってたんですがその前に行きたいっていうから行った時に事件に巻き込まれかけたんです」
「ど… 動画」
「広告業界勤務してる友人が画像をクリアにしたら、裕也が自慢の降谷さんだったからもうびっくりして!」
「は… はは… イッツアスモールワールド、ですね。 忘れて頂けると幸いです」
「まぁ、どう見ても分が悪いのは降谷さん、ですものねぇ? ライフルバック背負ってる人と戦うなんてどうみてもおかしいですもん」
「返す言葉も… はい」
(動画って、いや地上からあの場所の撮影って!?)

ケラケラ笑う萌花は全く悪気がなく降谷には突っ込む事ができない。

「萌花さん」
「はい?」
「俺はこの性格ですから、これからも風見を巻き込むと思います。」
「ー…」
「仕事が仕事です。 多少危険な事に巻き込む事がでてくるでしょう。 ですが、萌花さんが泣くような事は決してさせません。」
「降谷さん…」
「これだけは約束します。 俺は、俺の行動でバラバラになった部下たちの家族の絆を、何年かかっても必ず修復する覚悟です。 殆どの家族がバラバラになった中、風見だけが絆を太くした大切な部下です。  ―… 俺は、俺の不注意な行動で仲間を、部下を喪うような事は2度としたくない。」
「降谷、さん…」
「でなければ、降格処分や移動を受け入れ、家族の縁を切られてまで俺が公安に残れるようにしてくれた部下たちに合わせる顔がありません。」

(俺の不注意で潜入捜査で仲間を失ったような事は2度としない。―… 同じミスを繰り返したら、松田たちに、あの世で笑われてしまう。)

大真面目な顔でいう降谷をきょとんした顔でみる萌花。

「降谷さんー…(やっぱり、貴方は)」

萌花は優しく微笑んだ。

「信じます。 降谷さんはあの事件の時、潜入捜査官としての降谷さんと連絡をとれる捜査官として選ばれた裕也が認めた人ですもの。」
「ありがとうございます。」

(この人は本当にあの人の期待を裏切らないー…。 あの事件は一応の集結を迎えたけれど日本警察も被害を受けた。 公安の違法捜査も問題視されて外部監査が入る事になって、降谷さんが今、公安に残っても思うような捜査はさせて貰えないのが分かり切ってる。 解決 に導いたという天狗になった鼻柱を折って谷底に蹴落としてとことん挫折感を味わって、権力の殆どを削ぎ取られ、人の痛みが分かるようになれば考え方も変わる。 そこから這い上がったら、親の7光で探偵になろうとした高校生よりも遥かに高いレベルの警察官に成れるだろうと)

萌花はくすりと笑みを深くする。

「何かおかしな事をいいましたか?」
「いいえ。 キッチンをお借りしてもいいのなら、走ってる間に朝ご飯を作っておきますけど?」
「萌花さんにNo 、といえるわけないでしょう? リクエストをしても良いなら和食でお願いします。 昨夜のソーキ蕎麦は本当に美味しかったですし」
「分かりました。 お味噌汁をたっぷり作って置きます。おばあちゃん自慢の梅干しを少し貰って来ました! 朝食の定番卵焼きは出汁巻でいいですか? 魚は好きですか? 鯵とか鯖の干物とか?」
「梅干しも出汁巻も魚も好きですよ。 リクエストができるなら具沢山のお味噌汁だと尚嬉しいですが」
「分かりました! 豚汁並のを作りますね!」
「ありがとうございます。 2時間位、御主人をおかりしても?」
「勿論です。ご飯を研いで炊き上がるのに少し時間かかります。 ヘロヘロになって帰ってきて下さい。 沢山作っておきますから!」
「お願いします。ー…風見! ホラ、 行くぞ!」

降谷はキッチンの前で硬直してる風見に声を掛ける。

「裕也! 途中で水分補給するのよ! 今日は湿度高くなるから!」
「へ!? あ、! はい! 小銭は持ってる!」
「あとスマホ! なんかあったら連絡してー」
「分かった! ―…ぅ !降谷さん! 待って下さい!」

あたふたとスポーツシューズを履く風見。

「おいて行くぞ! ほら! どっちだ! 右か左か!」
「そのまま右に! 3つめの曲がり角に信号あるんでそこを左に! 緩やかな坂道になってるので降谷さんのトレーニングコースに丁度いいかと! そのまま直進コースで坂を上がったら橋があるので其処を左折したら川岸にでれる通りに出ます!」
「よし!」
「ふ、 降谷さんっ! 待って下さい!」

タッタッタッと駆けていく降谷を追う風見。

「さーて、 リクエストに応じて和食にしますか!」

そんな二人を見送った萌花は持ってきたとトートバックからエプロンを取り出すと冷蔵庫を開けて食材を確認した。
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