氷壁の媛 Act-35 散財  
「ー… 此処が新しい部屋、で間違い無いんだな?」

沖縄県警の職員用の出口を入って風見が苦労して手に入れた部屋に行こうとしたら、風見を知っている警備があっさりと「部屋は東棟の3階に移りました」と言われた。

「東棟って…駐車場の方に近い?」
「はい。 副署長が3階のフロアは会議室が4部屋あるだけで滅多に使わないからその一部屋を譲る事にしたと言ってました。 最初予定してた1階は改めて大会議室として使うことにしたとかでこの連休に清掃業者が入って新しいキャビネットやらスクリーンをセットしてました。 あの経理にシワい副署長がよくそこまでって噂です」
「折角苦労してあそこまで片付けたのに…」
「だからじゃないですか? もともとあの部屋は大掃除の度にスルーされた開かずの部屋のようなモンでしたから、東棟のほがあの会議室より綺麗だし広くなりますよ」
「ー… 確かに東の3階は綺麗な会議室だったが…」
「現行で使用してる会議室ですからね。 3A と3B、3Cと4Dがそれぞれアコーディオンパネルで仕切られてますから、そこの3Cと4Dを二間続きで提供すると言ってました。」
「はぁー… 俺のほぼ1ケ月の苦労が…」
「サブのー…副署長のする事なんてそんなモンですよ。あ、部屋の片側は来客用のドアになってます。3階までは来客と納品業者以外はエレベータ禁止ですからね!」
「分かったよ…」

がっくしと肩を落とした風見は恨めしそうに苦労して手に入れた部屋を見る。
部屋の窓は大きく開かれて早出の職員立ち合いで機材を運び込んでいた。

そして東棟。

遅刻ギリギリで駆けこむ職員には少々優しくない場所で駐車場から出て本館のドアでIDチェックをしてから東棟に続く通路に入らなければならない。

「部屋の綺麗さはさておき、場所的には良かったんですけどね…」
「まぁ、仕方ないさ。東に追いやる方が楽だったんだろう。 俺達の顔なんて見たくないだろうからな」
「まぁ、そうでしょうけどね…。ちなみに東棟の1回は県民向けの相談室です。朝10時から昼の3時まで職員がつめてますよ。」
「へぇ…」
「まぁ、じいちゃんばあちゃんの歓談室みたいなもんで東都の相談室のように斬った張ったの事件相談はありません。 孫が外人と付き合ってようだからどんな相手が調べて欲しいとか犬がいないとか、そんなレベルです。」
「ー… 平和だな」
「そうですね。」

東棟に入れば、1階にも清掃業者が入ったのか薄汚れていた壁が綺麗になり、新しい椅子や自販機が置かれている。

「あ、お早うございます、風見さん」
「お早うございます。今日は早出ですか?」
「はい。 風見さんが有給の間、東棟も清掃業者が入って壁の張替えが入ったんですよ! なので早出勤務で御掃除です。サービスのさんぴん茶のペットボトルもあるんですよ! あと、先着ですけどゴーヤチップスとミミガーチップスも用意してくれたんです」
「あの! 経理の支払いには滅多に承認印を押さない副署長が! 壁の塗り替えに合わせて東棟の清掃もいれたんです! 以前から稟議は上げてたんですけどこんな急にって!  そのうち大地震がくるって噂です。」
「ねー? 沖縄地震とかきそうよね。」
「M7位のがきても驚かないわよ!」
「3日間相談室締め切ったから今日はおじいちゃんとおばあちゃんが多くくるかもよ! 清掃が入ったって噂はあっという間にひろまってるし」
「いままで椅子もボロイのが数個だったけど、新しい椅子と待合用にソファまで! テーブルも新しいの用意してくれたしね」
「昨日、ウチのばあちゃんにも電話きたよ。 そのうち見にくるかも」
「ツアーみたいに」
「うん。 だってエアコンまで取り替えたでしょ? 相談所どころか雑談室になりそうよね…」
「あはは! でも雑談で犯罪防げればいいじゃない!」
「そーだね!」
「ね、風見さん! その金髪さんだれ?」
「あ、彼は自分の上司でー…」
「降谷零、といいます。 今日から県警勤務でー…」
「あ! 都落ちした東都の公安の元・エリートさん!」
「え! このイケメンさんが権力行使が過ぎて東都から左遷された警部!? うっそ! 高校生くらいに見える!」
「「 っ!!って  失礼しました!」」

2名の女性職員はあわわわ、と口を押えるが出た言葉は戻らない。

「構わないですよ。 あまり良い噂ではないでしょうし、事実左遷とそう変わりません。 相談課への挨拶は後程 ―… 3階だったな?」
「あ、はい! こちらです!」

風見は顔色も買えずににこりと笑って段ボールをもって階段を上がっていく降谷を追う。
壁は綺麗に清掃されて塗り直しがされて、階段の手すりも綺麗なものになっている。
東は3階迄しかない為にエレベータは業者用の裏エレベータのみだ。

「あ、あの降谷さん!さっきのー…」
「気にしてないさ。 彼女達には他意はない。 ここでの俺の評価はそんなものだ。事実権力を行使して無理を通してきたからな」
「… ですが」
「警察としての立場や逮捕権を亡くした訳じゃない。巳恩さんは手始めの仕事をくれたからな。くわせもののサブを調べてー… 癒着を調べてそれなりに評価を貰うさ。 サブの候補を見つけて協力体制を作らないとな」
「そうですね。 あ、3Cは階段上がって左です。3Aと3Bが右手側です」
「分かった。」
「外壁のペンキ塗り替えは半年以上前から1週間の予定が入っているのを聞いてましたが、東棟の改修工事が此処までとは予想外です。」

3階の壁も綺麗に塗り直しがされているが、床は清掃されただけで、窓ガラスも綺麗に磨かれたままだが、窓は陽を反射してピカピカに光る程だ。
降谷がガラリと窓を開ければ沖縄ならではの日差しが廊下を照らす。

「―… 良い天気だな。 」
「はい。―…」
「いっとくがな! 俺は左遷だなんて思ってないぞ? 沖縄には公安支部がない、というのは以前から思っていた。いつかは沖縄県警と提携して公安支部を設立したいと思ってた。 できれば組織壊滅後にお前を正式に警備局の方に引き抜いて2年位公安として勤務して貰ってから堂々と栄転赴任させたかった」
「降谷さんー…」
「それが、2、3年早まったー… それだけだ」
「それにしても、東棟はかなり綺麗になりましたよ。 もっとうす汚れててー…1階はそれなりでしたが」
「そこら辺は巳恩さんが手を回したんだろうな。食わせ物の副署長も、彼女には大岡財閥や京都の藤代一家が控えている。白の組織”は犯罪組織ではないが政財界に膨大な影響を及ぼす。 巳恩さんを中心にそのネットワークはとても広い。そして皆が巳恩さんを大切にしている。おまけに梨園の大御所たちが藤代と親戚同様の付き合いだ」
「白の方はまぁ、理解できます。 梨園って歌舞伎役者さんですよね?」
「彼女の母方の祖母が、現在の梨園でTOP3ランクに入る市村家と中村家の大物が競って嫁にと臨んだ舞妓さんだった」
「舞妓? 京都の飲み屋で踊りを見せる舞妓さんですか?」
「アホかお前は! 京都の舞妓さんと芸妓さんは日本の文化だろうが! 一杯飲み屋の飲んだくれと同等にしたら総スカン食らうぞ」
「はぁ…」
「ったく。後で勉強しておけ! でないといつまでたっても”かざみん”呼びの儘になるぞ」
「わ、分かりました。」
「兎も角、彼女のおばあ様という方は京都の祇園で伝説になっている芸舞妓さんだ。ご存命の時はご贔屓筋に日本の政財界から歌舞伎界、挙句外国の著名人まで彼女の舞を見たくて半年から1年以上前から予約をしていたという噂だ。今でこそお昼に舞妓さんとご飯を食べてゲームをする”ご飯食べもツアー”もあるけれど、一昔前は一見さんお断り、の時代だった時がある。支払いは後日精算でその日幾ら食べたのかというのを聞くのは野暮と言われていた。」
「半年…!?」
「あの副署長の趣味の中に一年に一度の京都の置屋通いが書いてあった。 そこをつつけば首を縦に振らせる事も赤子の頸を捻るようなものだっただろうな。」
「へぇ・・・」
「藤代は京都でも旧家だ。巳恩さんはその縁戚。彼女が一言出禁を頼めば二つ返事で出入り禁止になるだろうさ」
「藤代が旧家なのは調べましたけど有間巳恩は京都の人じゃないですよね」
「確かにな。芸妓を引いたー…つまりこの場合は辞めた、という意味だが、その天才舞妓の孫というだけだ。だが、祇園で暮らすして舞妓になったらもの凄いプレッシャーになるだろうな。 だが、巳恩さんは小さい時から留学して飛び級を重ねてた事で別な意味で藤代の娘としての立場を掴んだ。幼い時に決めた医師である父親の片腕になるという目標を崩さない事から祇園も彼女を認めて受け入れたんだという話だ。 もっともあの有間博士の娘、という事で医師になるのもかなりのプレッシャーだったと思うし、あの博士の娘ならという言葉はこれからも付いてまわるだろうが」
(けれど、有間博士がご存命なら、彼女が医学博士号を取得した時、どれ程お喜びになった事かー… 娘が片腕になると言ってくれたと頬を緩めていたあの時の嬉し気な顔を、俺は今だに覚えているー…)
「や…ややこしい関係ですね」
「ははっ! 俺もそう思う。 まぁ、着物は好きらしくて日本に戻ってきてから、歌舞伎の初日には嬉々として観劇にいくそうだ。 赤井を運転手にしてな」
「赤井捜査官を…」
「俺に声を掛けてくれてもいいんだが、歌舞伎に興味のない赤井をつれていくのが楽しいらしい。 赤井もそれなりに詳しくなってきたからそのうちお役御免になるかもしれないが」
「日本文化なのは理解してますがー… 俺も興味ないですよ。 自分が分かるのは大当たりしたTVドラマの主役が歌舞伎の一族の血を引く若手だった位です。まぁ、萌花が好きでみてたドラマだっただけですが。」
「TVで人気が出た役者の事だな。 だが、広いようで狭い世界だから名前がうれているのと歌舞伎の世界での格付けは違うぞ。 まぁ、歌舞伎役者の格付けはネットで調べればすぐわかる事だが、どれ程客を呼べる歌舞伎役者で座長を務める舞台であっても、格上の役者を招く場合は一番良い支度部屋は格上の役者が使って座長と言えど”宜しくお願いします”と、挨拶に出向かなくてはならない。 梨園の妻ともなれば更に大変でお得意様の顔と名前、時候の挨拶、スケジュールに子育て… 属にいう内助の功がもの凄くてこちらも格付けがある。 有名女優が妻になっても人気と各式は別ものだ。」
「そんなものですか…」
「夫が襲名披露とか子供が初舞台の時はもっと大変で、後援会の会長家を筆頭にご贔屓筋の料亭まで、引き出物を持って挨拶回りをするという。初舞台の時に出て貰う役者たちが子供達の後見にもなるというが、それは家の各式と繋がりで後見のない役者は歌舞伎界では生き残れないとも言われている」
「なんていうか… 狭い世間ですね」
「歌舞伎が好きなのは血統だろうな。なんでも歌舞伎の大御所に息子の嫁に欲しいとの話があった事もあったそうだ。」
「は?だって有間さんはまだ!?」
「勿論先々の話として、という前提だったらしいが。後援者の1人ではあるけれど、梨園の妻に収まったら医師として動けないというのが巳恩さんの断り文句だったらしい。」
「すいませんが、自分には、彼女が歌舞伎の一族になるのは想像出来ません」
「俺にも出来ない。病院で白衣を翻してカルテを持ってバタバタしてる姿なら容易に想像できるんだが」
「あー… そうですね。 認めたくありませんがそれなら騒動できます。 嬉々として手術室にいそうです」
「だろ?」

風見の言葉に降谷は苦笑しながら業務室をぐるりと見合わして安心したように溜息を吐いた。

「彼女の事だから下手したら床はレッドカーペットのようにふかふかした絨毯とか、業務デスクもロココ調でカーテンもフランス風のレースフリフリとかにされるじゃないかと思ったが、窓ガラスが防弾にした以外は極一般的はものだ。水道がつながってるシンクの当たりが簡易キッチンで冷蔵庫と調理もできる高性能の電子レンジをセッティングしてくれたのはありがたいな。 電気のコンセントが複数あるからレンジと併用で珈琲用のお湯も沸かせる ―…棚においてある珈琲カップや急須と湯呑がブランドもの、という点を抜けばここまでの部屋は中々ないぞ。 」

冷蔵庫の中やキッチンラックの中を見るのは何がおいてあるのか怖いので後回しにして業務室を見る
新品である、という他は極ありふれた業務デスクと業務用の椅子にが4つ。
窓際に支部長席らしき大きなデスクと大きな椅子で既決と未決の箱が置かれている。
だが2人きりの部屋であるので中身が入ってないデスクを動かしてどんな風にもアレンジできる
壁際に置かれたプリンターとFAX。
支部長席の机の中に入っていた鍵で ”あむろん” ”かざみん” と、テプラが貼られたキャビネットを開けたら、それぞれ室内電話機と封の切られてないノートパソコンに電話線とかが綺麗に並べて入っていおり、ご丁寧にもそれぞれのに ”あむろん” ”かざみん” と麗々しく真紅のマーカーで書かれたタグが貼ってある。何も入ってないと思った端のキャビネットにはノートやファイリング、マーカーなどの備品が綺麗に並べておいてある

「この書き方は勘弁してほしいです…」
「同感だ…」

べり、と剥がそうとして剥がれないシールにがっくしと肩をおとす風見に降谷も頷いた。
サーバーらしきものはないのでそれは自分たちの力量でなんとかしろという事だろう。

「あっちの部屋が客間、ですね。 入口に貼られていた来客用のドアに近い」
「だろうな。ロッカーに近い方の窓際の部屋が支部長室として改造してくれたらしい・・・が、両方とも嫌な予感がする。」

2部屋続きの会議室を一つにしただけあって若干広めの部屋であり。

片方を来客用、片方を業務用の出口にして来客用には硝子の透かし窓があり<警視庁警備局企画課沖縄支部>のプレートが貼られてインターフォンで呼びだしが出来るようになっている。
ドアは業務室でセキュリティ解除をしてからでないと入れない。
その上2重扉でその扉がダイレクトに応接間に繋がっている。

応接間を開けて最近はやりの北欧風のオーク材を使ったリビング風の部屋である事に驚いた
アメリカサイズのテーブルに片側はアメリカサイズの3名掛けソファで片側は1人用のソファが3個。壁に北欧風のタイルを使ったサイド棚が誂えてあり24センチの最新型の4DTVが埋め込まれている。
色合いは自然のように優しく、居心地の良い空間をイメージしたのだろう。
世界地図が書かれたポスターが貼られており、ポスターには日本時間で午前0時を基準に時差が書かれていた。
サイド棚はブックレットになっていて、北欧料理と北欧菓子の料理ブック(しかもフィンランド語)に北欧警察の山岳警察についての専門書にITセキュリティの月刊誌は英語だ。
英語はペラペラの降谷ですらフィンランドの言葉までは分からない。

(フィンランドの言葉を調べて作って見せろ、という謎かけか? だが、とても心地よい空間だ。3名がけのソファは徹夜したら簡易ベッドにも出来そうだな。 量販店でソファと毛布を用意するか? …いや、そこらのだとミスマッチで部屋に合わないな… 東都デパートの通販…いやいっそ北欧家財のサイトで…)

日常英会話がギリギリの風見に至っては手に取ってすぐ元の場に戻したがブツブツと考え込んだ降谷をみて、頬を引き攣らせた。
反対の壁には北欧の風景画。
サインがない事から無名の画家のものだろうと降谷は思った。

「客間でこれだと支部長室はー…」

小さく溜息を吐いて支部長室を覗いてまた驚いた。

「巳恩さんが独逸、というか欧羅巴が好きなのは聞いてたが…」

支部長室のデスクと椅子と本棚は如何にも独逸といわんばかりのどっしりとした重厚さのあるもので、入ってきた人間は上下関係が目に見える部屋となっている。
窓際に日本の国旗と日本警察の旗とアメリカの国旗が麗々しく飾られて、日本警察のトップである白馬警視総監と公安局長のポートレートに現役のアメリカの大統領のポートレートまで飾ってある。

「?」

本棚に瓶が3本とグラスが6客あるのを見咎めてに取って頬が引き攣った。
棚に置かれたいたのはスコッチにバーボンにライ・ウィスキー。
同じ酒でも造られた年代やメーカーで値段が変わる。
本棚に置かれているのは見事に最高級のものでバーで飲んだら、ワンランク上の値段が付くものばかり。
更にドイツ語で書かれた独逸菓子と独逸のパンに独逸料理の本に車の専門書。

降谷の頬が引き攣って僅かに肩が震えるのを見て、風見の背が粟だった。

「……」
「ふ。降谷、さん?」
「ー… 悪戯だ。」
「え?」
「子供の悪戯、子供の悪戯。子供が背伸びして大人に喧嘩を吹っ掛けている可愛い悪戯… 16歳はまだ子供だ…巳恩さんは子供だ…」

降谷は自分に言い聞かせるようにつぶやきながら、先日から脅かされ続きな事を思い出して支部長室の椅子にどかりと座った。

(ヤバイ。降谷さんの目が据わってる…)

風見はごくり、と唾をのみ込むと足音を成るべく立てない様に支部長室を出た。

「巳恩さんは子供。 お金持ちで遊ぶ事に全力を尽くしてるただの子供ー… (の訳ないだろー!!)」

正しいお金の使い方、をしていると思っているのかどうなのか。
生死不明の”ジン”が巳恩に残した個人資産と父親から譲り受けた財産については、不本意ながらもFBIと協力体制を引いて捜査をしていたので把握している。
組織の資産は没収済だが、個人資産は別ものでその資金総額たるやー… 思い出したくもない
通称白の組織の幹部として潤沢に使える資金。
そして個人的に開いたスイス銀行の口座預金。
別荘も日本に2か所と海外に数か所持っている。
頭もよくてビジネスマンとしても超が付く程の成功者で父親の血を引いて医師としての道を真直ぐに突き進んでいる。
そこまではいい。
ただし、限度、というものを教えられてない。
優しさも一流なら遊ぶ事も超一流。
仕事に関して妥協をしないが自分にも厳しい。
彼女を怒らせたら倍返し所か100倍以上になってかえってくる。

その100倍返しを見事に直撃ストライクで食らったのが工藤新一であり、毛利蘭。
流れ弾を食らったのが新一の両親であり蘭の両親と鈴木財閥と怪盗KIDの一家だった。

(風見の義理のお兄さんが琉球空手を嗜んでいてそれなりの人脈を持っているのは分かった。ー…だからといって、俺が声を掛けて新一君との繋がりを付け、蘭さんに空手を教えるように頼む事は二人の為には成らない。)
(自分で蒔いた種を自分で刈り取るー… 俺は、協力者を開放する事は出来ても、壊してしまった二人の絆を繋ぎとめることは出来なかった)

はくちょう事件の後、協力者から開放した彼女は、彼の居場所のメモを受け取る事なく、風見の手を振り切って去って行ったが、風見が彼女に追いつく事が出来ずに混乱に巻きれて行方不明。
実家をでて1人暮らしだったが自宅に戻らず、スマホはパンチで穴をあけた状態で妃英理が住むマンションの入り口に放り捨ててあった。
ストラップに見覚えのあったコナンの言葉から持ち主がすぐに判明したものの大きく空いた穴まで修復は出来ずに、出て来たのは彼女の指紋だけだった。
家族は何時かは戻ってくるんじゃないかとマンションを借り続け、家財道具は残った儘なのだ。
自殺した事にして守った筈の彼は彼女が行方不明になったのを知り、東都から姿を消した。
公安の力で探す事は可能で、数か月もせずに簡単に見つける事も出来た。
2人が良くデートをしたという海辺の町の小さなアパートで個人経営の小さな工場に務めていた。
その気になれば大手の法律の事務所に勤める手筈が整っており、生涯の生活保障があるのだと説得しても、降谷と以前の関係に戻る気はないと却下された。
降谷は自分のプライベート携帯の電話を渡そうとしたがその場でゴミ箱に捨てられた。
そして、彼はまた姿を消したのだ。
降谷は探しあてたその土地が二人の気に入りのデート先だった事を知ってから、彼が次にどこに行ったのか探す気にはなれなかった。

黒の組織を壊滅させる事はできても、彼女達の生活を救う事は出来なかった。
(あの2人が生きているならー… 巳恩さんに土下座してでも二人の名誉を回復して絆を戻してやりたい)
だが、彼女達はすでに白の組織に入ってしまった。
2度と、降谷や風見と妥協する事はないだろう。

風見に案内された沖縄の繁華街は東都に比べると規模は小さいが看板等には横文字も多い。
だが、兵士として鍛えているのをいい事に観光客や地元の女性住民に乱暴を行なう不道徳な連中もいる事から軍基地でも見回りを強化しているのだと云う。

明るい時間に、真っ赤なUSBのデータに表示されたのは繁華街の中で、裏で何をしてるか分からないカクテルバーやビリヤード場だった。
繁華街を地理をすでに頭に叩き込んでいた風見に裏道と抜け道を教えて貰って、深夜にこっそり見て回った。

都会の喧騒を離れて遊ぶのを目当で友人たちと来るOL。
そんなOLにこっそりと声を掛ける店主。

(ー… ここで注意喚起もなんだしな…)
狭いゆえに降谷の顔立ちは目立つ。
外人顔負けのペラペラの英語を話せば日本語が分からないと思われて好都合といえば好都合だが、兵士ではないのも観光客でない事も沖縄の人間には直ぐバレル。
(色々と遣り難い宿題を貰ったもんだなー…)

沖縄でR−Xを乗り回していては目立つというのも2日目で学習した。
観光客は主にタクシーかバス。
地元の人間はバスが自家用車だがスポーツカーを乗りまわすのは居ないという事は風見に案内された業務用の食材店の駐車場ですぐに学習したので手続きの必要がない自転車を購入した。

ブツブツと呟いている降谷をみて、風見はそっと支部長室を出て、はーっと息を吐いた。
(そういえば着任挨拶で配る菓子が車の中に残ってたな…)
段ボールにしておよそ6箱分。
2箱はくる時に持ち込んだがまだ残っているのを思い出して風見はジャケットを脱いで部屋を出ると相談室にある業務用のカートを借りた。

朝の9時から夕方5時が基本の勤務時間。
窓際業務で滅多に事故も起こらないので定時退社。
東都で朝から夜中まで捜査に明け暮れて難しい任務を追ってた日々とは違う。
米国基地がある為に多少の酒場でのイザコザ騒ぎは日常的にあるが、沖縄に来て日の浅い降谷は煙たがられるだろうと想像は付く。

翌日から出社、とスーツを出して、形だけでもピシリと決めようと思っていた昨夜、「宅配でーす!」と大荷物が届いた時は驚いた。

差出人は有間巳恩
住所は間違う事なく降谷が把握している有間邸。
電話も降谷が把握している電話番号。
トラックのカートに引っ越し業者が使うような段ボールが10箱。
何事かと思って中身をみて降谷の中で何かがプツっと切れた。
アルテミスのトマトソースのレトルト(1箱2人分)を署員の人数分(正確にはプラスで余計に入っていた)と紅白饅頭の詰め合わせが各部課分。
トマトソースが包まれた紙をよくよくみればアルテミスの店のマークの中に警視庁の印章がプリントされて<着任御挨拶・降谷零>と見事な楷書体で書かれていた。
紅白饅頭の包み紙は和菓子の老舗に特注したらしく箱は店の名前が書かれていたが、中に入っているお饅頭にはご丁寧に<降谷零>の焼印がしてあった。
持っていくのを躊躇う程だが、当然1人で食べきれる分量ではない。
そして各部の人数と名前が記載されたメモ。

「あ、あ、あの小悪魔〜〜っ!! 嫌がらせか!? ご丁寧にわざわざ俺の名前を入れやがって!!」

にっこり笑った笑顔の背中に黒い羽が浮かんで見える。
着任時にはさっそうと表玄関からRXで乗り付けようとしていたがこれだけのものを車に乗せきれるものではない。

ワゴンタイプの大型なら何とか行けるがワゴン車をレンタルするには時間もなく、1人で運びきれるものでもない。
結果、風見を巻き込んで義理の兄である明が持っている大型ワゴンを1日借りる事になった。
荷物が多いために正面切って堂々と乗り込む事が出来ずに業者専用門から入って段ボールを持って新しい支部長室に入る羽目になった事も不本意な結果だ。
降谷が段ボールを抱えて入ってきたのは警備員がみていたので自前で備品を用意してきたのだと噂になっているかもしれない。

海外に研修で行ってる署長が降谷の着任に合わせて昨夜一時帰国をしており、明後日にはまた海外に戻ってしまう。
正式なミーティングは来週以降と打診があり、それまでは仕事らしい仕事もない。

「はぁー… 全く、赤井はよくもまぁ、あの小悪魔娘と付き合っていられるな…」

ガタガタと音がしたので慌てて支部長室をみればカートに残った段ボールを置いて風見が入ってくる
「すまん! 俺の荷物だったのに」
「いえ、いいんです。二部屋みて驚かれたでしょうし。 あと30分で職員たちの出社です。配り者はさっさと部課ごとにわけてしまいましょう?」
「そうだな…」

降谷は 気を取り直して段ボールを開けると今は何もおいてない業務デスクの上に置き始めた
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