Act-06 出会い
「ヴィー……」
…… だれ? 私を呼ぶのは
「大丈夫か、ヴィー?」
ゆっくりと目を開けると長い黒髪で緑の瞳の人間が私を覗き込んでいた。
確か、煙が充満してクラクラする車の中から助け出してくれた人、だったような気がする。
「ここ、はー……「っと……、急に起きるな。 傷が全部塞がってないからな?」」
躰を起こそうとして左肩に激痛が走って止められる。
「すまない。 起こすつもりは無かったんだが、あまりに酷く魘されていたからな」
「此処……?」
「病院だ。 君は3日も眠っていた。」
「3日?」
人間でいう3日というなら、天使にとっては瞬きの瞬間にもならない。
10日位で瞬きする位となる。
「可哀想に。 楽しい旅行の最中に酷い目にあってしまったな? 今朝方、斬られた傷が熱を持って治療し直したんだが、それからまた熱が上がってずっと魘されていた。 目を醒ましたら連絡をと、Drに言われているんだが、連絡しても大丈夫か? 喉が渇いてるなら天然水があるぞ」
「天然水?」
「俺はつい先日まで仕事で日本にいて、帰ってきてからアメリカの水が美味くないのに気が付いてしまってね。 だから日本かスイスの天然水を段ボールで買って置くようになったんだ。 飲めそうか?」
天然水ならたぶん飲める。
私は頷いた
「なら。ゆっくりと起きなさい。 力を入れると傷に響く」
目元に隈があるのは寝不足なのかストレスなのか。
悩みがあるなら天使として聞いてあげたい所だけど、状況が把握できてないから人間のフリをしておくしかない。
「大丈夫か?具合がわるいなら先に医者を呼んでやるが」
「…… 平気。」
「そうか?」
おじさんは私の躰を起こす手伝いをしてくれて、背中に大きなクッションを一つ、入れてくれた。
「痛みはないか?」
「大丈夫……」
「良かった。水は冷蔵庫に冷えたのがあるからな。 ストローがいるか?」
「いらない」
「そうか。」
おじさんはペットボトルキャップを緩めて渡してくれる。
でも、左腕が痺れた儘で使えなくて右もあまり力が入らない。
「そうか。 右腕だけじゃ持ちにくいか。ホラ、支えてやるから好きなだけ飲むといい」
「ありがとう。」
(左の傷がふさがらないと右まで力が入らないなんて。 油断しすぎたな。 でも天然水なら少しは一時しのぎで痛みが消える筈)
ボトリングの際、若干加工はされてるだろうけど、自然の水は痛みを和らげる事はできた。
何よりも私の手を支えてくれるおじさんの手から暖かい力が流れてくる。
それと同時に深い悲しみも交じっている。
「おじさん…… だれ?」
(あ、お兄さんっていうつもりだったのにおじさんって云っちゃった…… でも まぁ、見かけは子供だからいいか)
「おじさ…… まぁ、君の年齢の子からみたらおじさんの部類だろうが…… できればお兄さんと呼んでくれないか?」
「お兄さん?」
(って、えーっと、見た目は兎も角、年齢的には私の方がずっと年上なんだけど、年下の坊やをお兄さんって呼ぶのもねぇ?? いや、ボウヤって呼ぶのもなんだし)
「まぁ、親戚でもないのにお兄さんと呼ぶのが嫌なら秀一でもいいぞ。 なんなら赤井でもいいが」
「シュウイチ? アカイ? 真実の名前を教えてもいいの?」
「……は?」
「真実の名を他人に教えるなといわれていないの?」
「すまない、話が見えないんだが……」
赤井は溜息を吐く。
会話といえば会話だかがイマイチちぐはぐな受け答え。
「俺はシュウイチ・アカイ。日本名だが国籍はアメリカだ。 アメリカ連邦捜査局に勤務しているFBI捜査官。 ―……君の名前は?」
「シルヴィア。」
「そうだな。ヴィー というのがニックネームだったか?」
私は頷く。
「ファミリーネームは?」
「ファミリーネーム?」
「俺のファミリーネームは アカイだ。ファーストネームがシュウイチ」
「ファミリーネーム……?」
(ヤバイ。そんな事考えた事無かった。そういえば人間って真実の名なんて与えられないんだ。 カトリック信者で洗礼名とか仏教徒なら戒名とかある程度……。 まずったなぁ)
「私はシルヴィア。 お兄さんに言った通り、ヴィーと呼ばれてるわ。でも他の名前は知らない。」
「知らない?」
「今まで、シルヴィアかヴィーとしか呼ばれた事がないの」
「……」
おじさんがマジマジと私を見る。
「お父さんとお母さんの名前は言え…… いや、覚えているか? 君は旅行でアメリカに来たんじゃないのか?」
「お父さんとお母さん?」
(って、え…… 天使に両親はいないって言ったら人間世界でいう精神鑑定をされそうだし。しくじったなぁ、もう。このお兄さん勘が良さそうだし?)
「―…… 記憶が混乱してるのか? 何か覚えている事はあるか?」
「覚えている事?」
「なんでもいい。 どこに居たとか、何をしてたとか? 誰に切り付けられたとか」
赤井は何かを必死に考えるシルヴィアをみて目を細める。
(何だ? この違和感? 人でありながら人でないような。何処かに監禁されて育った感じもなし、ましてや組織の匂いや雰囲気も感じない。 もし、組織の幹部なら…… いや、こんな子供が幹部な訳ないか)
太陽を模したような金色の瞳。
北欧系のような金とも銀とも見分けのつかない髪の色。
「左肩が痛くて気分が悪くて、どこか、ホテルみたいな所の路地で休んでたら、知らない人が私を車に連れ込んだの。」
「……」
「嫌な臭いがしてたわ。逃げようとして車を叩いたけど、誰も気づいてくれなくて、どこかで止まった。」
「それは、コンビニのマスターが証言した通りだな。子供が窓を叩いていたのを一瞬だがみていた」
「! そう。」
「それからの事は?」
「よく覚えてない。車の中に煙のようなものが入ってきて、気持ち悪くて。 あの煙はなんだったの? 嫌な臭いだった」
「あぁ。 捕まえた餓鬼どもが吸ってたマリファナ煙草の煙だな。 逮捕した子の一人が車内に煙を吐き出したのを俺がみた。今頃、女生徒以外は刑務所行きの沙汰が下っているだろう」
「女生徒?」
「女の子の方は飲酒。それからマリファナ。売春はしてなかったからー……っと、子供にいう事じゃなかったか」
赤井秀一と名乗ったおじさんの言葉に私はきょとんとした顔をして見せる
(そっか。 女の子もいたけど、躰は売ってなかったって事なんだ。)
「で。 息が苦しくて、気持ち悪くて、逃げれらないって気が遠くなりかけた時、車の外でもの凄い音がしてドアが空いて、空気が入ってきたの。」
「そうか」
「怖くて、ビルの隙間ににげろって言われて、夢中で逃げ込んで… 雨が降ってたような」
(記憶としてこれ位話せばいいかな?)
「君を刺した…… 斬った、というべきか? 刀剣みたいなものらしいが傷付けたのは誰だったか覚えているか?」
「……!」
ゾクリ、とした感覚を思い出す。
魔族に斬られた時のあの痛み。
「― すまない。 思い出したく無くない事を聞いたな。」
おじさんがそっと抱き寄せてくれてポンポンとなだめるように背中を撫ぜてくれた。
(暖かい力。 そして強い力…。 その中に悲しみの色)
「君のこれからの事は俺が考えてやる。 Drを呼んでくるから、安静にしてろ。」
「これ、から?」
「心配はいらない。焦って思い出すこともない。 怖い思いがなくなったらパパやママの事を思い出すだろう? 」
「思い出す?」
「そうだ。 ヴィーが被害者なのは俺が証人だ。だから、いまは体を治す事だけ考えていればいい。」
「え…… あ、はい」
「イイコだ」
お兄さんは私の頭を撫ぜると足早に病室を出ていく
また、ふわりとした暖かい力が流れ込んでくる。
私達に一番必要な優しくて強い力。
肩の激痛が僅かに減ったのが分かる
(って、何和んでるの、私。 翼を出して消えないと。 でなきゃ人間と長くかかわる事は危険すぎる)
ベッドから起き上がって、元の姿に戻って翼をだせば、引き攣れたように左肩が痛んだ。
(駄目…… まだ、飛べない。)
魔族の剣には毒がある。
人でいう砒素とか青酸とかのようなものだけど、そんな毒は天使である私達には効かない。
闇の世界に堕ちた人間たちの恨み妬みを塗られた剣。
私達が一番嫌う想い。
翼をだしている限り、私の姿は見えない。
けれど、今の翼で白い門迄飛べるのか……
思いふけって外に飛び出せないシルヴィアの耳に病室の扉が空く
「ヴィー、君の担当医は急患の治療中だとかで終わり次第ー…? ぇ?」
(!! 姿が見える!?)
「ヴィー?? その、姿、は」
絶句したように見開かれた瞳。
赤井は、夢だと思っていた翼のある細身の肢体の少女を見る。
服、というのだろうか。
薄い布地でできたローブのようなドレス。
「まさか? 翼を出しているのに、貴方には私の姿が見えるの?」
銀色の髪に金の瞳。
「君は一体、誰なんだー……?」
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