Act-07 真実の名
「驚いた…… 翼を出しているのに私の姿が見えるの?」
「ハロウィンの作り物… ではないようだが」
赤井の言葉にシルヴィアは溜息を付く。
「Halloween は、毎年10月31日に行われる古代ケルト人のお祭りで、もともとは秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのあるお祭りの事よね? ケルト人の1年の終りは10月31日でドルイドの信仰では、新年の始まりは冬の季節の始まりである11月1日だもの。」
つらつらと説明を始めるシルヴィア
「知ってる? 今は仮装して Trick or treat なんてやってるけど、ケルトの人々は10月31日の夏の終わりに死者の霊が家族を訪ねてくると信じていたのよ。そして、同じ時節に人々にとって害のある精霊(バンシー)や魔女(ウィッチ)がやって来て、あの世とこの世を結ぶ門が開いて悪霊が跋扈する日でもあったから、家族たちが悪霊や魔女に連れて行かれる事がないように仮面を被り、自分達も魔女なのだと仮装をして魔除けの焚き火を焚いていた。それが今のハロウィーン仮装の始まりよ。 と、いっても、私はドルイド教徒ではないから仮装なんてしないけど」
「それにしては妙に詳しいな」
「そりゃあね。 どこそこの家に嫁いできた娘がきてから災害が増えたとか、自分の領地で災害が多く出たら無実の人を魔女にしたてあげる領主なんかザラにいたわよ。 悪い精霊に嘆き悲しむ人々を幾人も見て来たもの。 迷信深い昔の人々は被害妄想から悪霊を作り出す場合もあるから、その時期に赤ん坊が死んだりすると祟りだとか魔女の呪いだとかね。そして気がふれたとか言われて病院や教会で悪魔祓いを受けさせるの。 そして自分は魔所だと無理矢理言わせて。 絶望と死の中で無実を叫んで神に祈るのよ。 あの嘆きは見たくない。魂を救ってあげたくても、怯えて上がってくれないの。 イギリスだとガイ・ホークス事件とかも分類に入るかしらね? でも、今のように大人も子供も馬鹿騒ぎ… なんて事は昔は無かった。 現にハロウィーンをしない国や禁じてる国もあるのよ?」
「確かにバレンタインやホワイトデーはお菓子業界の陰謀だという事は聞いた事がある」
「バレンタインは、キリスト教司祭の名前よ。かつて、愛する人を故郷に残した兵士がいると士気が下がるという理由から若い兵士の結婚を禁止したおバカさんな皇帝がいたの。 バレンタイン司祭はその法令に逆らい、秘密に結婚式を執り行った。それを羨んやんだ人が警吏に告発。バレて捕まって処刑されたのが2月14日。 ま、私も嗜好品としてチョコレートは大好きだから、こうやって人の世界に降りてくるとチョコを貰う事もあるけど? あと蜂蜜とか果物も好きよ」
「ほー… チョコと蜂蜜ね……? どうやってもらうんだ?」
「ふふっ。 内緒。」
シルヴィアはくすっと悪戯っぽい瞳を輝かす
「―…… 聞かない方がよさそうだな。」
(そういえばマスターの店のアーモンドミルクのホットチョコは喜んでたな……)
「イギリスでは男の人が女性の職場に花束を送ったり豪華な食事に誘ったりもするけど、女性が本命だ義理だとチョコを配り歩く場合の方が多過ぎよねー。 あれもどうかと思うわ」
「手厳しいな」
「ま、バレンタインとかホワイトデーイベントがどうであれ、私達にとっては幸せなカップルが出来上がるのは歓迎なのよ? 愛情や幸せ、子供を授かり幸せな家族の想いは私達に力を分け与えてくれる。 愛情と優しさは私達に沢山の力を与えてくれる。」
「そうか」
赤井は苦笑する。
「それは兎も角ね、魔族の毒に斬られたとはいえ、翼を出していれば普通の人間には見える筈がないのにこの翼を見る事ができる人間がこんな近くにいる事の方が驚きよ」
「魔族?」
「属にいう悪魔の事よ」
「悪魔? 聖書の中に出てくる、あの悪魔か?」
「簡単に言えばそんなトコロ」
「では 君は、人の姿をしている天使とでも?」
「正解」
「……」
「と、言っても直ぐに信じるなんて無理よねー……。世界史を話しても調べて覚えたとわれたらそれまでだし。バチカンの法王の歴史なんかもFBIの情報網で調べたらすぐわかっちゃいそうだし。」
「―……」
「―……」
奇妙な間が流れる
「翼が作りものかどうか触ってみる? 左は痛むからやめて欲しいけど右の翼なら大丈夫よ? 背中に接着剤で付けたとかじゃない事位なら照明できるわ」
パタパタと左右の翼を動かすシルヴィア
「仮装する時間も無かった筈だし、行き成り年頃の女性の姿になるというのも無理だとは思うが。」
「そうね。 おじさんが人でいう所のLSDとかの麻薬を呑んで幻想をみている、という訳でもないし。」
「……天使、という証拠を出せというのは無理だろうな?」
「そうねぇ…? 例えばバチカンの聖職者―… 枢機卿レベルまでいけば、翼を出してる私を見れると思うわ。あとは生まれたばかりの純真な赤ちゃんとか、敬虔なカトリック信者とか。 普通の人間には見えない筈の姿が見えるという事は、貴方はカトリックよね? 私が気を取りもどるまで傍にいてくれて話かけてくれて、助かるようにと願ってくれたからだと思うわ」
「俺が?」
「貴方は、とても強い人ね。 恐らく自分の躰以外に精神も鍛えている。でも、貴方の心の中に何か分からないけど悩みのような悲しみのようなものを感じるの。 大切な人を亡くした、裏切った、そんな感じ」
「裏切り…… か。」
(あながち間違ってはいないが)
「おじさんのいう通り、天使としての証明はできないけど、人でいう所の食事は食べなくても平気よ。ちなみに年齢的にいうと、私の方が数倍も年上。でも、助けて貰った時、私は子供の姿になってたから坊やなんて呼ばれたくないでしょう?」
「おじさんの方がまだマシだな…」
赤井は溜息を吐く
「そういえば、チョコと蜂蜜と果物が好きと言ってたが」
「嗜好品として好きなのよ。 昔はカカオの実のローストしたものを村人たちによく貰ったわ。 今と違って純真な人たちが多かったから、教会にカカオやアーモンドの実を捧げに来てくれる人と触れ合う事も出来たのよ。」
「今は無理なのか」
「今はね・・・ お金儲けに走ってる宗教組織もあるから、安易に姿を見せないようにしているし。でも、ごく稀に人に紛れて動くときもあるから食べろといわれたら食べれるし、作れと言われたら大抵のものは作れるわよ」
と、カツカツカツ、という足音がした瞬間、ピクン、と眉をひそめたシルヴィアは翼を消すと少女の姿に戻る。
「お待たせしまし―……? 赤井さん!? 一体どう…?」
「すまないDr。 なんか怯えられてしまって。 止める間もなくベッドから抜け出してしまったんだ」
「赤井さんは目つきが良くないですからね。」
白衣の医師は窓辺に立ちすくむ子供を優しく見つける
「大丈夫だよ。 見た目は一寸、怖いお兄さんだけど、こう見えても優しい人だからね?」
「―……おい。 怖いは余計だ。 本気にされたら困る」
「ははっ! すいません。 赤井さんはこの子のご両親が見つかるまでの保証人でしたね。」
「保証人?」
「そうだよ。 斬られたショックで名前以外覚えてないようだと、心配して報告にきたんだ。 大丈夫。 赤井さんと赤井さんの仲間たちが君のパパとママを見つけてくれるからね?」
「―……」
(それは、私が人じゃないと気づく前までの話。 最悪の場合は、ミニチュア化して教会かどこかに紛れ込むしかない)
「さ、もう一度、包帯を変えておこうか。 君の躰は普通よりも一寸アレルギーがあって、蛋白繊維の糸で縫合をしているからね」
「……蛋白繊維?」
「体内に吸収される特殊な糸なんだ。 普通なら傷がふさがったら抜糸といって糸を抜くんだけど、蛋白質だから抜糸をする必要がない。」
「?」
「まだ一寸難しい説明だったかな?」
「ううん。大丈夫。」
シルヴィアは笑って見せる。
「ね、先生。お外に出てみたい。 ここは何処なの?」
「我慢できるなら病室で安静にしててほしいんだけどね?」
「駄目?」
「うーーーん」
子供特有の上目目線の攻撃にあった医師は考え込む。
「なら、車椅子で、大人しく座ってるなら中庭を一回りだけ。 15分位なら気分転換にもなるだろうしね。 でも、その後はちゃんと寝てられるかい?」
「… 一回りだけ?」
「今日の夜、熱が出なかったら明日から屋上のサンルームで日光浴をしてもいいよ。でもこれだけ元気なら来週には退院してもよさそうだけどね」
「分かった」
「車椅子を持って来るから、それまで大人しくしてるんだよ? 大丈夫。 赤井さんは子供を食べたりしないから」
「Dr。 だからその誤解を招く云い方は」
「ははっ! 大丈夫ですよ。 この子、とっても賢い瞳をしています。 人を見分ける事ができる子だと思いますよ」
「… そうだな。」
「本当に、綺麗な金色の瞳だ。 太陽の陽も霞んでしまいそうです」
「… ありがとう。 このおじさんも同じ事、言ってくれたの」
「あじさん、ですか。まぁ、 確かにおじさんですけどねぇ」
医師がくすくすと笑う。
「そのおじさんは止めてくれ。年寄りになった気がする」
「事実、おじさんでしょう? それが嫌なら、名前で呼んで貰うしか無いですね。」
「なら、俺の事はシュウかシュウイチと呼んでいろ。」
「シュウ」
「仲間たちの殆どはシュウと呼ぶし、妹や弟もシュウにいと呼ぶからな」
「分かった。 シュウ。 おじさんって呼んでごめんなさい。」
「いいさ。 君が悪いわけじゃないしな。 お喋りの続きは後からにしよう」
「うん。 分かった」
赤井は子供の口調に戻したギャップに驚いて苦笑しながらもポンポンと頭を撫ぜた。
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