Act-10 天使の契約
「―……」
「―……」

シルヴィアが話を終えると赤井は珍しく黙り込んだ。

「―……」
「―……」

シルヴィアは黙ってココアを飲みながら赤井を見る

「映画の脚本、という訳でもなさそうだな」
「まぁ、人からみればファンタジーの世界よね。」
「ファンタジーにするには疑問が残る。お前に翼があるのはこの目でみたし、シルヴィア、あるいはヴィーという名前を持つ子供の入出国の記録も不明者届も出されてないのも事実だ。」
「―……」
「だが、天使と悪魔のとの戦で負った怪我だという事を信じろといわれて、ハイ、ソウデスカ と頷ける事も出来無い」
「そうよね。 でも、秀一には知る権利があると思ったの。 まぁ、一般的に判断されると何等かの原因で精神疾患を持って産まれた子の荒唐無稽な夢物語、ってトコかしらね」
「だが、ヴィーの知能が高く、精神疾患でない事は病院の検査でも証明されている。若干金属アレルギーがあって、点滴とかで注射の針を長く差してると湿疹みたいなものを出すのは聞いているが、それは別に珍しいものでもないし、現に医療的に様々なアレルギーが存在しうるという事は証明されている。」
「ー… で、どうするの?」
「どう、とは?」
「後見人とはいえ、人が子供を育てるのは大変な事よ? 特に秀一のように危険な仕事をしている人が子供を預かるとか後見人とか。 私が大人の姿で保護されたのならいいとしても、この姿では小学校か中学校よね」
「たしかにな。 だが、ここはアメリカだ。見た目は小学校の高学年でも2〜3年の飛び級として周囲が驚かない程度として中学生というところか…」
「―…… お言葉ですけどね。大学院まで軽くいけるわよ? 歴史的な事や美術的な事ならこの目でみてきてるから、大抵の言葉も理解できるわ」
「高校以上はこの際忘れた振りをしてくれ。」
「忘れた振り? 何故」
「はぁ―……」

赤井は溜息を付いた。

「多少頭がいい程度ならいくらでも誤魔化せる。だが、細かい史実まで突っ込まれると新聞やTVに追い掛け回せれ、親探しとかのニュースになるかもしれないから、だ」
「ぁ… そういう意味で」
「本来なら怪我が治ったら児童養護施設に預ける事が法律で定められているが、幸い俺はFBIだ。君の身元保証人として預かる事に問題はない。幾らでも手段はあるからな。」
「秀一」
「仮だが、アメリカ国籍も作ってやる事もできる。」
「国籍?」
「怪我がちゃんと治るまで人として暮らして見ないか」
「怪我が、治るまで一緒に…?」
「その方が、魔族とやらの目をさけて傷を癒さなくてもいいだろう。」
「でも」
「俺は天使だ悪魔だという夢物語を信じる訳じゃない。 だが、現実として、お前が子供の姿から大人の姿になる、作り物じゃない翼を出して飛べる―… 今は無理みたいだが、飛べるのだろうという事も自分の目でみた。」
「―… 秀一」
「天使の時間は人の時間と時の流れが違うといったな?」
「え?ええ。 天使の瞬きする間が人でいう5日… いえ、10日位いになる場合場もあるわ。私は秀一と同じ時間を共有してるけど、それは表面上だけ。」
「つまり、天界とやらで一眠りで治る傷も、人間界では治るまでに時間がかかるという事だろう?」
「まぁ、そうなるわね。 でも病院をでて、お日様やお月様の光を浴びれる場所にいれたら病院に居るよりは速く治るわ」
「なら、俺の家を提供しよう。 幸い、俺の暮らすマンションはセキュリティマンションだ。朝5時半から夜11時まではクロークも居る。君を拉致しようとした不良共はあのマンションには入れない。 それに南部屋だから日当たりもいいぞ」
「―… それ、は」

赤井の言葉にシルヴィアは黙り込む

「条件は一つ。」
「条件」
「カモフラージュに学校に通え」
「学校?」
「編入試験を受ける必要はあるが、2〜3年の飛び級ができる学校を探してやる。」
「学校に通うのは同居の条件?」
「―… 俺の同級生が教員をしている中学校が飛び級を奨励してた筈だ。 確認は取るが、子供を預かる以上、学校に通わせてやるのは大人としては当然の義務だ。 それに、幸い、俺の家にはゲストルームがあるんだ」
「ゲストルーム」
「仕事仲間や同級生が俺の家で飲んだくれた時に寝泊りに使う程度でベッドが一つあるだけの部屋だ。子供をひきとれば飲み会を断る理由ができて丁度いい」
「でも」
「もし、月の光を浴びたいならその部屋なら出窓があるからうってつけだぞ」
「―… 分かった。 なら、かわりに食事とか作るわ」
「食事?」
「天使に食事はいらないけど、これでも人に紛れて動く時の為に一応作れるの。 難しいものは無理だけどね。 和風洋風イタリアン。 基本的なものなら作れるから」
「なら、退院した時に驚かれないように冷蔵庫の中を補充しておくとしよう」
「―… なんにも無さそうね。 あるのは天然水と氷にお酒。珈琲メーカーという所かしら? あとはレトルト?」
「…。当たらずといえず遠からず、だな。」
「天使が人間の食生活の面倒をみる変わりに寝泊りする場所を提供してもらう、なんて、キャリーが聞いたら大笑いしそうだわ」
「ははっ! 俺も翼をもつ子の身元保証人になったと知ったら仲間たちが目を白黒するだろうな」
「そうね。 でも取りあえず傷を治せる場所があるのは有りがたいわ。」
「俺の方もある意味助かる。 ちなみに俺は何でも食えるが味が濃すぎるものは好きじゃない。それだけ覚えてくれ」
「了解。朝は珈琲だけ? それとも抜く方? それともしっかりガッツリだべる方?」
「どちらかといえば、FBIに向かう途中で適当に買って、車の中で食べながら出勤、という所だ」
「ふふっ! 時間におわれている、という事ね。」

シルヴィアは苦笑する。

「人前では一寸頭が良いために見た目よりも大人な考えの子供のフリでいいかしら?」
「あぁ。」
「もう一つ。 これは、覚悟を決めてほしい事があるの」
「覚悟」
「人と天使が契約する事は歴史的に無かった事じゃない。 歴史の表舞台に出ない所で数えきれない位あったの。 その為、別な意味で目立つ事になるわ。」
「目立つ?」
「怪我の治り早い。とか、雰囲気的な気配が変わるとか。身体能力が上がって今までよりも視力が良くなるとか。 」
「そんな事は問題にはならない。俺は元々截拳道をやって、体力的には自信もあるし、射撃の射程距離も700ヤードかそれ以上。世界中でもトップランクだと自負している。」
「なら、その能力が多少上がっても、問題ないわね?」

シルヴィアは苦笑する。

「稀にね。能力欲しさに契約をするがいるの。 魔族は永遠の若さ、財力・権力・能力を提供するその見返りに沢山の贄を求める。」
「贄…? 生贄、の事か」
「そうよ」
「天使の場合は何を求める?」
「何もいらない。」
「要らない?」
「天使に必要のは契約者の誠実さ優しさ。私を必要とする限り、護ってあげる。天使との契約は安らぎよ。若さでも財力でも権力でもない。」

ふわり、とした微笑みは宗教絵画の聖母の慈愛の笑み。

「なら、俺も、君が人として、傷を癒す間、命を賭けて護ってやる。」
「じゃ、契約成立ね。私が秀一の傍にいる限り、貴方はどんな事件に遭遇しても天使の守護を得られるわ。大怪我をしても死ぬ事はない。」
「ほぉー…」
「天使として、人の生死を操る事はしないわ。貴方の仕事の邪魔はしない。 でも、学校が休みの時はカモフラージュでどこかに行ける場所を探して頂戴」
「了解した。 それはゆっくりと考えよう」


二人が顔を見合わせて笑っていると、トントンとノックの音がして担当の医師が姿を見せる

「Dr」
「こんにちは、赤井さん。 シルヴィアちゃん。 今日は熱も出てなくて楽しそうだね」
「うん。 あのね、Dr。 私が事故に遭う前の記憶を取り戻す迄、秀一が、暫く私の身元保証人として一緒に暮らしてくれるって!」
「赤井さんが」
「大怪我して記憶がない子を保護施設にいれるのもと思ってな。」

赤井はシルヴィアの変わり身の早さに目を見張る。

「そうですか。 良かったね、シルヴィアちゃん。記憶がないのは不安だろうけど、赤井さんが一緒なら大丈夫。不良たちどころか、殆どの犯罪者犯が赤井さんには手が出せないからね。 彼はFBIにしておくには勿体ない程の捜査官だ」
「うん!」

シルヴィアはここぞとばかりに金色の瞳を光らせて嬉しそうな笑顔を見せる。

(―… その笑顔は反則だろ…… )

医師は笑顔に撃ちぬかれたように業とらしい空咳で誤魔化して、赤井は溜息をついた
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