その手で測る思い


「オビ、また来たんですか…?」

「やだなぁ。せっかく会いに来たのにそんな邪険にしないでくださいよ」


ノックもそこそこに今日もオビはひらりと現れた。ソファに腰掛けて洋書を手にしている私の横に、オビは失礼しますと一声かけてやってくる。今日はまた違うお菓子を携えてきたようだ。


「おっ、メイお嬢様。このお菓子うまいですよ!」

「読書中です」


オビに手当てしてもらってから一週間。彼は夜になると毎日のように私の部屋へと顔を出しに来るようになった。オビは人の話を聞くわけでもなく基本的にただそこで自由にしているだけ。令嬢である私が使用人として扱われているのだ、この家でどういう存在なのかは知っているはずだ。それなのに、手当てしてくれた日だって、何事もなかったかのようにあっけらかんとした様子で部屋に来た。


「メイお嬢様も食べます?」

「食べませんお腹空いてませんお引き取りください」

「え〜うまいのに。もったいない」


パクパクとお菓子を頬張るオビを横目に私はパタリと本を閉じた。なんとなくだけど、オビは私の気持ちに気付いてないふりをしていると思う。私がオビを遠ざけようとしているのを知っていて、それを超えてこようとする。とんだ厄介者だ。


「オビ」

「ん? 何ですかメイお嬢様」


口にしていた物を飲み込みオビはこちらに向き直った。向けられた琥珀の瞳に言葉が詰まって思わず俯く。それでも、ちゃんと言わなければならない。


「…はっきり言って迷惑です。私は一人でいたいの。もう私とは関わろうとしないでください」


部屋が静まり返る。オビを傷付けてしまっただろうか。音のない空間が怖く感じた。傷付けないために、傷付けるなんて全くもって可笑しな話だと心底思う。


「それは、メイお嬢様からの命令ですかい?」

「…そう、です」


しばらくしてソファが小さく揺れて隣から立ち上がる気配がした。足音が遠ざかっていく。静かに扉が閉まる音がした。これで、よかったんだ。


「…ごめんなさい。オビ」




「メイお嬢様は何も謝ることはないですよ」

「―オビ! どうして……」


そこに響くはずのない声に驚きばっと顔を上げれば、オビは扉の前に立って困ったような笑みを浮かべていた。


「メイお嬢様があんまり冷たいことばっか言うもんだから少し意地悪しちゃいました」


そう言いながらオビは扉を開ける動作をしてそのまま手を離すと、ガチャリと先程と同じ音が耳に入った。まんまと嵌められたものだ。


「ひ、ひどい!」

「酷いのはお嬢様ですよ。そんな後から謝るくらい思ってもないこと言うなんて」

「それは…!」

「俺、こうみえても実は繊細なんですよ。もっと丁重にしてやってください」

「ご、ごめんなさい……」


本気とも取れないような言葉を並べるオビは再び私の隣に腰を下ろすと、深く溜息をついて話し始めた。


「だいたいね、メイお嬢様の考えてることなんて全部お見通しですよ」

「え?」

「どうせあれでしょ。私と仲良くしているところを見られたらお義父様たちによってオビが飛ばされちゃうーとかああいうやつでしょ?」

「!」


やっぱりこの人は私の気持ちを見抜いていた。それなら、どうして私の側にいるのだろうか。


「…わかっているなら、お願いします。離れてください」

「それは無理な話ですねぇ」

「…何故ですか?私といてもオビには何も良いことなんてありませんよ」


私の切実な叫びがまるで聞こえていないかのように、オビは大きく口を開けて欠伸をした。


「それはね、俺が雇い主の命令しか言うことを聞かないからです。後は自分の意思で動いているだけです」

「………」

「と言うわけで、俺はあんたの命令とやらを聞く義理はないんですよ」


そう言われてしまえば、私は途端に何も口出せなくなってしまう。雇い主は義両親達であって、私自身ではないから。


「…まああれかな。雇い主からメイお嬢様と離れなさいと言われない限り、俺はここを動くつもりはありませんよ」


――だから、メイお嬢様の側にいさせてくれないですか?
そう続けたオビに私はどう返事をしたらいいのだろうか。こんなにも、嬉しい言葉を貰ったのはいつぶりだろうか。優しく笑うオビの顔がだんだんと滲む。


「オビは、後悔しませんか…?」

「まさか!自分が好きで決めたことなのに」

「…お義父様たちから私に嫌がらせするようにと命令されたら?」

「いやいや、そもそもそんな状況にさせませんよ」

「本当に……?」

「本当です。どうか俺を信じてくださいよ、メイお嬢様」


いつの間にか私の頬には涙が伝っていた。オビは一瞬だけぎょっとしたような顔をしたが、次の瞬間には私の頭を優しく撫でていた。


「やっと折れてくれましたね」

「だって…そりゃそうですよ……私のせいでオビが傷付けられるのなんて嫌ですよ…」

「…優しすぎるんですよ、あんたは。養子だろうといいとこのご令嬢に変わりはないんだから、もっと我儘言ったって大丈夫です」


オビの手は温かい。何処か、大好きだったお祖父様を思い出させるようなゴツゴツとしている優しい手。止めどなく溢れる涙は少しずつ、けれど確実に私の枷を流していった。

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