瞳と真意とオルビアと



「あれ、今日は店は休みかい?」

「ええ、ごめんなさい。今日はお店を休ませて―……」


街中の店が開く時間帯。私はドアにかかる閉店を意味した看板が表に出ているのを確認して声の方へと振り返る。そこには予想だにしなかった人物が立っていた。


「―オビさん!」

「どうもね。来ちゃったよ」


それはオビさんと白雪さんに助けられた日の翌日。オビさんは何の前触れもなく店に現れた。









「へえ。本当に花屋だ」


オビさんは感心した面持ちでぐるりと店内を見渡すとそう洩らした。

どうしたものかと考えあぐねたが、とりあえず店の中へとオビさんを通し、レジカウンターの前にある椅子に腰掛けてもらった。どうぞ、と赤いハーブティーを彼に出せばじっとそれを見つめた後、口に運びソーサーへと戻す。


「……うまいね」

「ありがとうございます。うちの店でブレンドしたものなんですよ」


ふと視線を落とせば、ゆらゆらと揺れるハーブティーの水面にオビさんのどこか慈しむような優しい表情が映っていることに気付いて思わず本人を見る。


「(あれ……)」


しかし、そんな表情は浮かんでなくていつもの笑い方だった。それから彼の口から出てくるのは他愛のないことばかりで。それに相槌はうつものの、私には彼が単純に雑談をしに来ただけには思えなかった。


「あ、あの謝礼金でしたらもう少し待っていただいても…」


彼が店にやってきた意図を絞り出して思いつくのは治療費とお礼の請求くらいだった。とは言ってもうちの店には王族の方にお礼を出来るくらいの十分な蓄えなどない。けれど、オビさんはそんな私の言葉を受けて勢い良く吹き出した。


「ははっ!やだな。本当に謝礼金たかりにきたと思ってるの?」

「そういうわけでは…」


曖昧に言葉を濁す私を気に留めることなく、オビさんは徐ろに懐から何かを取り出した。


「はいこれ、お嬢さんから」

「白雪さんから?」


渡されたのは―手紙だろうか。白く少し大きめの封筒。中を開けてみるとそこには小さな包みがいくつかあり、それが薬だと気付くまでにそう時間はかからなかった。


「これ!」

「鎮痛剤だって。俺は今日それを渡すようにお嬢さんに言われてここに来たんだ」

「いえ!満足にお礼もできてないのに頂けないです!」


慌てて封筒をオビさんに突き返す。けれどオビさんはそんな私に目もくれず近くの花を指でやさしく撫でていた。


「お嬢さんね、あんたのこと気にしてたよ」

「!」

「なんか薬草貰ったのにお礼もできなくて、薬も渡しそびれたーって嘆いてたからね。それで俺が忙しいお嬢さんの代わりに届けに来たってわけ」


白雪さんはなんて真っ直ぐな人なのだろうか。私がルシオラを白雪さんにあげたのだって、希少なものを一輪でも摘んでしまった罪悪感から逃れたいっていう自らのエゴが理由なのに。


「…私には、これを受け取る資格はありません」

「なんで?」

「なんでもです」

「んーそう言われてもなぁ。仮にあんたがこれを受け取らなくても俺は持って帰らないよ」

「そんな、困ります!」


オビさんは花を撫でる手をぴたりと止めると私の方へとその琥珀の瞳を移した。まるで獲物に狙いを定める狼のような、その一連の仕草に私は息を飲む。


「―俺はね、おねーさんの心情なんかどうだっていいんだ。ただお嬢さんの気持ちを無駄にして欲しくないと思うだけだよ」


そう言ったオビさんの顔は、ついさっき私が偶然に目にした赤のハーブティーに映った彼と同じもので。この人は純粋にただ白雪さんのことを思って動いているんだということが伝わってくる。

それが分かってしまったら、私はもうオビさんに勝てそうもない。


「…それでは、ありがたくいただきます」

「そうしといてよ。それじゃあ―」


他に特に用がなかったのだろう、オビさんは軽く伸びをすると立ち上がった。複雑な思いで封筒を見つめていた私はその声にはっとしてすかさず声をかける。


「あの!少し待ってもらえますか? 白雪さんにお礼の手紙を書きたいので…」


慌てて引き出し開けて小花柄のレターセットを取り出したところであることを思い出し動きを止めた。


「(…右腕、ろくに使えないんだった)」


固定されている右腕を困ったように見下ろした。とても人様に渡す感謝の手紙を書ける状況ではない。そんな私を見たオビさんは小さく笑って再び椅子に腰を下ろした。


「あんたも可笑しなもんだね」

「え?」

「さっきまで受け取るの渋って複雑そうな顔してたくせに」

「それは……」

「まったくみんなして律儀なもんだよ」


オビさんを見れば、彼はどこか遠い目をしていて。みんなと言ったからには、きっと私の向こうに違う人達を思い浮かべているのだろう。


「伝言あれば伝えとくよ」

「えっと、そうですね……」


何を言えばいいのか。感謝であり罪悪感でもあり、この気持ちを上手くまとめられる気はしなかった。そんな考え込む私の脳裏に思い掛けずしてある花が浮かぶ。その種が入った袋を取りオビさんへと渡した。


「WありがとうございますWという言葉とともに、白雪さんにこれを渡してください」

「なにこれ。薬草?」

「いえ。薬草ではなくただの花の種ですが、撒くだけでも簡単に咲くので気分転換にでも…」


白雪さんには不要なものだろうか。やはり王宮で勤める人に迂闊なものは渡せないだろうか。

袋の中を確認するオビさんの顔付きは訝しげなものだったが、次第に顔の力を緩めそれを受け取った。


「―綺麗だね。花屋のおねーさんらしいや」

「…そのようなもので大丈夫でしょうか?」

「いやいやお嬢さん喜ぶと思うよ。伝言と一緒にしっかり渡すね」

「ありがとうございます。よろしくお願いします」


オビさんは手紙があった場所へと袋をしまうと、今度こそ店を出て行った。その様子に私は深く息を吐き、さっきの種を思い出していた。


「(……綺麗だって)」


オビさんは知らない。綺麗といったその何色にも渡る種が、私の複雑な気持ちを表していることを。それでもきっと、白雪さんにもオルビアの種が綺麗なもののまま映ることを私は必然と思っていた。

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