シンビジウムに目を逸らす



燦々と白い光を街に送る太陽はパールブルーの空の一番高いところにいた。私は朝の野山を出た後、店の奥にある自宅へと戻った。一人ではなく白雪さんとオビさんを連れて。


「―え? それじゃあ白雪さんは見習いだったのですか?」

「そうなんです。試験には突破したのですが、正式な宮廷薬剤師にはまだなっていません」


話しながら白雪さんは手を休ませずに乳鉢の中身を細かく砕く。そこには彼女が私のために採ってくれた薬草があった。窓際ではガラス瓶に入った花たちがそよ風になびいて、カーテンは緩やかな膨らみを作っていた。


「やっぱり宮廷付きのお仕事は並大抵じゃないですね……」

「そうですね。でも、とても楽しいです」


話を聞くところによると、白雪さんは今日は仕事が休みだったため少しでも薬学の勉強しようと野山に訪れたらしい。そのことを花のように笑って話す白雪さんからは、薬剤師という仕事に対する思いがひしひしと伝わってきた。


「―それで、オビさんは?」


言葉とともにオビさんを見遣れば、彼は白いレースのカーテンの下、日の光が降り注ぐソファーで我が家のようにごろりと横になっていて、狐につままれたような感覚に陥る。


「何が?」

「仕事ですよ、仕事」

「あー…俺はね、主からお嬢さんの護衛を頼まれてるんだよ」

「主というと?」


たまにオビさんの口から主というワードは耳にしていた。だけど、白雪さんと違ってオビさんに至っては、胡散臭く感じる笑顔や身なりのせいでやっぱりどう見ても王宮に仕える人には見えなくて。


「(どちらかといえば賊に見えなくもないような…)」


蒸らし加減を確認しようとティーポットを覗き込む。そこからは、ふわりと花の香りが広がって鼻腔をくすぐった。


「第二王子のことですよ」

「へ?」

「俺、こう見えて第二王子付伝令役」


まさかと思い振り返る。オビさんは悪戯っ子のようにその口端を少し上げていた。一瞬だけ信じそうになったけれど、彼の表情を見て私をからかっているのだと判断する。


「またまた〜。からかわないでくださいよ」

「いや本当だって」

「その手には乗りませんよ」

「…お嬢さーん、笑ってないで何とか言ってやってよ」


白雪さんは私たちの会話をクスクスと笑って聞いていた。音を立ててティーカップに注がれる赤からは湯気が立ち込めて、私たちがいる部屋を優しく包み込む。


「まあ確かに、オビはゼンに付いてるようには見えないね」

「えっ!?」

「はぁ…お嬢さんまで……」


危うくティーポットを落としそうになる。私の聞き間違いでなければ、白雪さんの口からはWゼンWと出てきたはずだ。私の知っている第二王子は確かにゼン・ウィスタリア王子だけれども。


「えっと…ゼン、とは……」

「第二王子のことだよ、おねーさん」

「ですよね……」


白雪さんは自らの赤髪を揺らし、何事もなかったかのように薬草を擦り続ける。ゼン殿下のことを自然な様子で呼び捨てにできるなんて、いくら王宮に勤めていようと普通の人では到底無理な話だ。


「―もしかして、白雪さんって実はとんでもなく凄い人…?」

「ははっ。間違いないね」


陽気な笑い声を上げた彼もまた、そのゼン殿下に仕える身なのだ。とても信じ難い話ではあるけれど。内心で苦笑いを浮かべた私はそこである事に気付く。


「(あれ、どうしてオビさんは白雪さんの護衛をしているんだろう…)」


不思議だった。いくら親しいとはいえ、宮廷薬剤師の身分である彼女にゼン殿下の名の下に護衛をつける必要はあるのか。それも、第二王子の伝令役という肩書きであるオビさんを。


「―ヒマリさん、できました!」


白雪さんの声が突然頭に飛んできてはっとする。彼女に近寄れば、乳鉢の中にあった薬草は粉末状の薬へと姿を変えていて、その手際の良さに思わず感心する。


「ありがとうございます! やっぱり薬剤師の方だと違いますね……」

「この乳鉢、私が城に入る前に使っていたものと形が似ていたのでやりやすかったです」

「そうでしたか。それなら安心しました」


白雪さんは自前の薬包紙で小分けにして包むと、懐かしむ目つきで乳鉢を眺めた。そんな穏やかな春の草木のような瞳の彼女を、自分のただ只管に黒いだけの瞳と心の中で比べて少しだけ羨ましく思う。


「―こちらもお茶の用意ができましたのでお休みになってください」


3つ用意したティーカップは彼女の髪色と同じ赤のハーブティーによって熱を帯び温かくなっていた。それをソファー前のテーブルに置くと、オビさんはむくりとその身体を起こした。後ろから続けて白雪さんもやってくる。


「わあ。本当に赤いですね! いい香り」

「白雪さん、このハーブティーご存知なんですか?」

「はい。オビから聞いたんです。ヒマリさんの作ったハーブティーが私の髪みたいに赤くて、その味も美味しいって」

「そうなんですか……!」

「そうだよね、オビ」

「…あー、そうだったっけ?」


意外だった。どちらかと言えば無頓着そうな彼が。オビさんを瞥見すれば、彼はどこかきまりが悪そうにティーカップに口付けていた。そんな様子に思わず笑みを零す。


「おかわりはあるので、たくさん召し上がってくださいね」


私の言葉にオビさんは少しだけ目を見開いた。だけど、急に眉を僅かに下げてふわりと笑うから。


「そうさせてもらうよ」

「!」


今度は私が目を見開く番だった。いつもは他の誰かに向けられていたその優しい顔が、今、確かに私に向けられていて。

身体だけじゃなく私の心まで温かくなったのは、なんとなく、ハーブティーだけのせいじゃない。私は慌てて話を逸らすとそのことに気付かないフリをした。

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