揺れるサンダーソニア



「で、できた……!!」


なんとかブーケが完成した頃には、太陽はその姿を見えないところへ隠していた。窓の外は暗く、点々とある街路灯が蛍のように夜道を灯しているのが伺えた。


「よかったね、おねーさん」

「ありがとうございます!完成できたのはお二人のお陰です!」

「いやいや。私はオビと比べたらほとんど何もできてないですよ」

「そんなことないです! 白雪さんがいてくれて助かりました…」


―そう。白雪さんが来てくれなかったらどうなっていたことか。

オビさんと至近距離で目を合わせてから、私は余計に集中できなくなってしまうという何とも情けない状況に陥っていた。そんな時に、ちょうど白雪さんがこちらへ来てくれて気が解れるきっかけとなったのだ。

それからは指先と指先が触れることも、視界いっぱいに占めるアラマンダにも意識することはなく花たちに没頭していった。


「それにしても、最初は絶対白って言ってたのに金のリボンを入れるからびっくりしたよ。」

「え!ああ、まあ…変ですかね?」


何気なく訊いたであろうことに返したのは、図星を突かれたかのように動揺の色が滲んだ声。アラマンダの瞳に魅せられてゴールドのものを選んだなんて口が裂けても言えなかった。


「―いや、これも華やかでいいと思うよ。ね、お嬢さん」

「オビの言う通りですよ! とっても素敵です」


取り繕うように出た台詞から得られた二人の同意。それは少しだけ靄ついた私の心にすっと溶け込んで、そのまま愁眉を開いた。


「明日、何時に届けるんですか?」

「お昼前には伺う予定です」

「お昼前ですか……」

「あの、どうかされました?」


白雪さんの突然の問いに何かと小首を傾げる。そんな私を他所に、考え込む素振りを見せていた彼女は閃いたようにその春色を輝かせた。


「うん。オビ! 明日ヒマリさんのこと送ってあげて」

「はい?!」

「なっ、お嬢さん!」


またしても声が重なった。そういえば今朝も被ったっけ、と野山での出来事をぼんやりと思い出す。

白雪さんをじっと見つめるオビさんは、何かを言いたげにしながらも僅かに眉間に皺を寄せていて。しばらく対峙すると気持ちを抑えるかのように大きく溜息を吐き出した。


「…お嬢さん、明日は?」

「明日は室内業務だけだから大丈夫だよ」


断らなければ、そう考えているはずなのに音が出てこない。二人が言い合っているのは聞こえているのに、空気が喉を擦り、口だけが機械仕掛けのようにぱくぱくと動いていた。


「―それじゃあ、決まりね! ゼンには私から言っておくよ」

「了解。というわけでおねーさん。明日迎え行くから」


オビさんが折れたようだった。決定を前にして、それまで溢れなかった言葉が堰を切ったように勢いを付けて流れ出る。


「白雪さん、オビさん! 私なら大丈夫です!さすがにそこまでしていただくわけには……」


それより先に並べようとした口説は外の空気に触れることはなかった。白雪さんに見据えられて、ずんと胸の奥へと戻っていった。


「―ヒマリさんの腕のこともありますし、それに、ギリギリまでお店にいた方が花は長く持ちます」


そうでしょう?と肩を揺らす彼女は真っ直ぐで穢れを知らない春色の瞳で。私はそれに対抗する術など持ってはいなかった。

私はどうにも、彼らの瞳に弱い。









街に人が行き交い始める頃。賑わう声の中に響く蹄の音がひとつ、店の前で止まったこと気づく。保存していたブーケを編みかごへと仕舞い、慌てて扉を開けると麗らかな春の空気が身体いっぱいに駆け巡った。


「おはよう。おねーさん」

「おはようございます。すみません、わざわざ来ていただいて」

「構わないよ。お嬢さんは一度言い出したらなかなか聞かないからね」

「た、確かに……」


それが白雪さんの良いところでもあるのだけれど、そう続ければオビさんは眉を下げて笑んだ。


「じゃ、行こうか」


返事もそこそこに気付けば私は馬の上で、双眸に広く街の景色が映る。オビさんが風のようにあまりに自然な流れで私を抱き上げたから驚く暇もなかった。


「…………」

「よっと」


掛け声とともに背中に感じたのはオビさんの体温。城の帰りの時は乗馬台があったから。まさか、オビさんに抱き上げられるなんて。

ゆったりと流れる街並みとは裏腹に、遅れてやってくる恥ずかしさは否応なく私の心臓の鼓動を速めた。


「おや、ヒマリちゃんじゃないか」

「あらほんと。…って、ヒマリちゃんとうとう男ができたのかい?」

「ええっ! ヒマリさんついに恋人ができたの?」

「いっ、いえ!違います!!」


すれ違い様に飛んでくる街の人たちの囃し立てる声に、私の心は考えるよりも早く否定の台詞がでた。


「やだねぇ、そんなに顔真っ赤にしちゃって!」

「ちっ、違!」

「お店再開するの待ってるからね! それまで後ろのお兄さんにうんと甘えときな!」


どっと笑い声を上げて盛り上がる。そんな彼らのからかいの言葉にパンク寸前な私とは反対に、オビさんは得意の笑顔を浮かべてのらりくらりと躱していた。

一頻り冷やかしを浴びた後、城下を抜けると周りの空気がさっと変わった。式場はこの先の小高い丘の上にある。鼻を擽る緑の匂いに心が落ち着きを取り戻していった。


「つ、疲れた……」

「おねーさん、すごいね。人気者だ」

「いえ…。みんな、私が独りだから気に掛けてくれるんです」

「―そっか。良い人たちだね」


オビさんの顔こそは見てはいないけれど、その声色は優しいもので。それは春の暖かい風に乗って私の心に浸透した。

馬は丘を小走りで駆け登り、パステルカラーのドレスを着飾った人たちが穏やかな雰囲気を纏い教会へ入っていくのが見えた。


「それで、どうする?」

「何がですか?」

「これが終わったら、後ろのお兄さんにうんと甘えとく?」


ようやく顔の火照りが収まったばかりだと言うのに、みるみるうちに頬が紅潮するのが分かった。


「…そっ、そういう冗談はダメですよ!!」

「はははっ。ごめんごめん。ほら、着いたよ」


ひらりと馬から降りたオビさんは私に手を差し出すと、目を丸くして軽く吹き出した。


「おねーさん顔真っ赤。林檎みたいだ」


祝福の鐘の音が辺り一面に響き渡った。私はそれを聴きながらオビさんから目を逸らしてその手を取った。

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