13
『んんっ…』
重く息苦しい空気が、少し軽い空気に変わったのを感じた。
そっと閉じていた目を開ければ、最後に見た景色とかなり違う事に気付く。
広場についたのだろうか...?
「あい、ざわ先生…」
何故かそう尾白くんの震えた声が背中越しに伝わってきた。
朦朧としていた意識が猛スピードで覚醒していき、まだ体が回復しきれていないが、私は彼からズルっと落ちるように降りた。
グシャッ
「ぐあぁ…!!」
その声に…。
目の前に広がる光景に、思わず私と尾白くんは立ちすくんでしまった。
『あ、いざわ先生……』
ポロリと消え入りそうな声が出た。
相澤先生は黒い大きな化け物に後ろから馬乗りにされ、頭をガンっと地面に叩きつけられていた。
それを目の前で楽しそうに眺めているのは、手の模型を体に纏ったあいつだった。
体がブルリと震える。
治ったはずの息苦しさが、再び私の呼吸を乱す。
『はっはっ……』
ギュッと胸元を握りしめる。
少し遠くに見える相澤先生の体がポキッと折られていく。
助けなきゃっ...
動け。
動け、私の体っ!
そう強く思うが、体は硬直して動かない。
ズズズッ
『っ……』
突然黒い煙が現れ、その中から人らしきものが出てくる。
距離が離れているが、私は耳がいいから声が聞こえる…はずなのに、何でか全く聞こえてこない。
すると、手の男が自身を掻き毟り始めた。
それから何かを少し話した後、ゆらっと手の男が後ろに振り向く。
『っ!?』
思わず目を見張った。
私は初めて気づいたのだ。
手の男のすぐ後ろの、水の中…
そこから緑谷くん、梅雨ちゃん、それに峰田くんが顔を覗かせていたことに。
なんで、そんなところに…っ
それからは、驚くぐらい目の前の光景がスローモーションに見えた。
手の男が3人の前まで行くと、突然蹲み込んで、梅雨ちゃんに……
その手を伸ばしたのだ。
『っやめて!!!』
ブワッとよく分からない感情が溢れ出し、それまで動かなかった体が嘘みたいに動き出す。
気付けば私は飛び出し手を伸ばした。
ボボボボッ
「っ......なんだ、お前…」
咄嗟に梅雨ちゃんと男の間に炎の壁を建てる。
ギラっと顔を覆っている手から覗く目は怒っていた。
…いや、怒っているというのは生温いだろう。
その目は、明かに殺意を含んだ瞳でしかなかった。
「なまえちゃん!!」
その声にハッと息を飲む。
けど、もう遅かった。
目の前まで来ていた男の手に、私は顔面を鷲掴みにされる。
その生気を感じさせない手の冷たさに、私の体はガタガタと震え出した。
——殺される
そう、思った時だった。
「……本当、かっこいいぜ...イレイザーヘッド」
『っ…』
手の隙間から見えた相澤先生は、黒い化物に頭を押さえつけられながらもこちらに目を向けていた。
けど、それはすぐに鈍い音と共に地に伏せられた。
『せん、せっ…』
思わずぽろっと目から涙が溢れた。
「手っ…離せぇ!!」
ズドン!!っという音がする直前、視界の端から緑谷くんが飛んでくるのが見えた。
顔から男の手が離れ、私はそのまま膝から崩れ落ちた。
今の衝撃で白い煙が舞い、視界が悪くなる。
だが微かに感じ取った音にピクピクっと耳が反応する。
『み、緑谷くん!!!』
「え……」
私の呼び声も虚しく、緑谷くんはいつの間にか移動してきていた黒い化け物に腕を掴まれていた。
『みどりや、く….っ…』
狐火を出そうとした瞬間、視界がぐらりと思いっきり揺れた。
忘れていたわけじゃない。
九尾状態になって、とっくに1時間は超えているはず。
さっきの戦いで狐火も使いすぎている…
とっくに限界だった。
目の前の世界がまたスローモーションで動いていく。
緑谷くんが黒い化け物に必死に抵抗している。
梅雨ちゃんが、またあの手の男に掴まれそうになっている。
私じゃ、助けられない…っ。
悔しさと恐怖と不安と...。
様々な感情の中、私は力なくその場に倒れ込んだ。
そして重たい目蓋をそっと閉じる。
——誰か、助けて
「もう大丈夫」
意識が完全に切れる直前で、そう誰かの声が聞こえた。
「オールマイトオォォ!!」
聴き慣れたクラスメイトの歓喜の声が聞こえる。
オールマイト
嫌いな名前のはずなのに、何故これほどまで安心してしまうのだろうか。
そして私は完全に意識を手放した。
..
『っ…ぁ…』
重たい目蓋を開ければ、白い光が視界いっぱいに入り一瞬目蓋を伏せる。
遠くの方で爆発音が聞こえてくる。
それよりかは近くで、聞き覚えのある声達が何かを叫んでいる。
『......っ...』
少し体を動かせば身体のあちこちが軋んだ。
だが構わず私は上半身を起き上がらせる。
少し離れた位置で皆が下に向かって何かを叫んでいた。
その群衆に梅雨ちゃんの後ろ姿もあり、私はさっき意識を離す前にオールマイトが来た事を思い出す。
そうか。
今、あの人は戦っているんだ。
私は助けられたんだ...。
「...ぅ......」
『!...せん、せ』
横から微かに聞こえた呻き声にそっと振り向く。
そこにはグッタリと横たわるボロボロの相澤先生がいた。
もう動かないと思っていた鉛のように重い体を動かし、先生の真横まで移動する。
意識はないようだ。
ただ身体の痛みからか、時折小さく唸っている。
何度も地面に打ち付けられていた顔面はボコボコで頭からの出血も酷い。
腕も変な方向に折られていたり、肘なんてどうなっているのか分からないが崩れ落ちている。
私は先生がこんなになるのをただ見てるだけしか出来なかった。
なのに先生は、あの時私を助けてくれた。
手の男の個性がなんなのか分からない。
でも確かに、あいつに顔を掴まれた時、先生は個性であいつの個性を消していた。
『せんせっ…ごめんなさっ……』
目頭が熱くなり、視界が揺れる。
けど、泣いてる暇なんてない。
このままだと先生が死んでしまうかもしれない。
『せんせい…お願い、死なないで』
一番出血の激しい頭にそっと手をかざす。
“修整”の個性は父から受け継いだもの。
だから今まで使用する事を散々拒んできた...。
私は父や兄の様に、直ぐに傷を直す事は出来ない。
けど、私はこの力を使うしかなかった。
そうしないと、相澤先生が死んでしまうんじゃないかって思ったから。
かざした手から弱々しい光が溢れ出し、先生の頭を覆った。
髪の毛で傷口が見えず、塞がってきているのかは確認できない。
それでも私は個性を発動し続けた。
お願い。
お願い、塞がって。
もう視界はグチャグチャだった。
..
「...ん、...なまえちゃん!!」
『っ!』
ガバっと横から誰かに抱きつかれた。
それが梅雨ちゃんだと気付くのに数秒を要した。
『梅雨、ちゃ...』
「なまえちゃん、これ以上個性を使ったら貴方が危険よ」
大きな瞳に涙を浮かべる彼女は、そう言いながら私の手を掴んだ。
「狐森くん、もう皆来てくれたから大丈夫だ」
「なまえちゃん、早く手当てしないと!」
無我夢中で先生の頭を治していて気付かなかったが、周りには心配そうな顔をした飯田くん、お茶子ちゃん、それから数名のクラスメイト達がいた。
飯田くんの後ろには、見覚えのある学校の先生達が沢山。
『で、でも...相澤先生が......』
「もう大丈夫よ、貴方達は至急病院に搬送するわ」
カツカツとヒールを鳴らして来たのはミッドナイト先生だった。
“病院”という言葉に、私の頭は少しずつ冷静になっていく。
『そっか、じゃぁ…安心…だ、ね』
「なまえちゃん!?」
「安心して。少し眠らせただけよ...。かなり無理したわね、この子...。さ、2人を運ぶわよ!」
一応USJ終了。