03
「狐森、なぜ母親の旧姓を使ってるんだ?」
『そ、それは...』
職員室について早々、触れて欲しくない事を言われた。
「…まぁいい。話はそれじゃない。」
ガサガサと書類を取り出し、真っ白なA4の封筒を渡される。
「入学手続きの書類だ。記入漏れがあったから訂正して今週中に出せ。以上だ。」
帰っていいぞ。という先生に思わず変な声が出た。
『え、あの、私怒られるんじゃないんですか?』
苛立っていたとはいえ、先生に馬鹿って大声で言ってしまった事を思い出す。
既に机に向かって書き物をしていた先生は、ジトっと私を見て溜息ついた。
「お前の個性の事は、少しだけ理解している。初日に多少無理させたのを悪いと思ったからな、今回は見逃してやる」
私はポカンっと口を開けて驚いた。
絶対にこの人と気が合わないし、嫌な人だなって思ったけど、なんだか思ってた人と全然違かったみたいだ。
『たった今先生には少しだけ、いい人ポイントを付与しました。』
呆れた顔が再び私をジトっと見る。
それからまた小さく溜息を吐くと、もう何も言ってこなかったので私は帰宅する事にした。
..
「ただいまー!」
最寄りに着いてから煮物の事を考えて帰ってきた。
体は疲れているけど、足取りは軽やかである。
『あれ、和美さんいないの?』
いつもなら声を聞いて直ぐにお出迎えに来てくれるのに、何か作業中でもしているのだろうか。
着替えてる間に煮物温めてもらおうと思ったんだけどな。
まぁ、そういうのは偶には自分でやるべきだよね。
『あ、違う。和美さん買い物だ。』
確か前にも同じようなことがあった。
彼女の中でルーティンがしっかり決まっているなら、恐らくそうであろう。
私はポッケからスマホを取り出し連絡アプリのトーク欄で和美さんを探す。
『あった。えーっと、今日の夕食は、おうどんが、食べたい、ですっと。』
きっと帰ってきたら夕食は何がいいか聞かれる。
リクエストして材料がないからってまたスーパーへ行く事にならないように、私は今のうちにリクエスト送る。
多分すぐに返事はくると思うけど、とりあえずいつまでも制服なのは良くないので着替えてこよう。
私は相変わらず軽い足取りで部屋へ向かおうとした。
ーガチャ
静かな家に突然響くドアを開ける音。
階段を登ろうと片足を上げかけていた私はピタッと動きを止めた。
「あら?...え、なまえさん!?」
どうやら開いたドアは廊下の突き当たりの部屋のようだ。
中から出てきた和美さんの手には掃除道具一式が揃っていた。
私は和美さんがいる事に驚くよりも、”父の部屋を掃除していたであろう”彼女に驚く。
『え、和美さん、なんでその部屋…』
「なまえさん早くお部屋へ!!」
掃除道具を床に置くと、青ざめた顔で私に駆け寄ってきた。
そのままグイグイと背を押されるが、私は踏みとどまる。
『何であの部屋掃除してたの...』
顔だけ和美さんに向ければ、その表情は酷く焦っていた。
あぁ、嫌な予感がする。
「だ、旦那様が、もうすぐ帰ってきます」
その言葉に絶句した。
「だから今のうちにお部屋へ!!」
再び背中を押されるが、私は一歩も動こうとしなかった。
『いつ』
「え?」
『もうすぐっていつ?』
酷く、冷め切った声だったと思う。
和美さんは口ごもりながら30分前に電話があった時はまだ病院だったという。
本当に少ししか時間がなかった。
『ちょっと待ってて、準備してくる』
「わ、なまえさん!?」
バタバタと部屋へ行き、タンスと机の上から必要な物をかき集め近くのリュックへ詰め込む。
一体何の用だっていうの。
大晦日以外に家に帰って来るのなんて何年ぶりよ。
最悪だ。
絶対に顔を合わせたくない。
少し重たいリュックを背負って階段を下りれば、和美さんは私が降りてくるのを待ってくれていたみたいだ。
『和美さん、家借りてもいい?無理ならホテルでも探す』
「なまえさん…。私は今日もこちらに泊まるので、あちらには帰りませんよ?」
『ん、大丈夫。ご飯とかは何か買って食べるから心配しないで!』
そっと差し出された鍵を受け取り、私は急いで玄関を出た。
折角帰ってきたというのに、家に滞在した時間は30分もなかった。
少し歩いて家の方を見ると、和美さんが心配そうにこちらを見ていた。
私は手を振るが、彼女の後ろに見知った車が見えたので、すぐに手を下ろして駅まで走り出した。
..
夕食と明日の朝ごはんをスーパーで調達し、目的の家に着く頃には少し日が暮れていた。
——ガチャ
『わ、意外と綺麗!』
中に足を踏み入れれば、全然使ってないはずなのに目立ったホコリなどがなかった。
開けた瞬間ブワッと埃が舞うのを身構えていたから素直に驚く。
この家は、和美さんの家。
正式には周正家の持ち物だけど、父がお手伝いの和美さんにって与えた家だ。
うちから隣駅前に位置するここは、セキュリティ完璧で家具付きで、それなりにいいところ。
でも和美さんは昔から兄と私の母親代わりみたいなものだったから、ほとんどうちで寝泊りしている。
一緒に住んだ方が、何かと便利だしね。
それでも、こまめに掃除に来ている所が和美さんらしい。
買ってきたものを冷蔵庫にしまい、持ってきた部屋着にパパッと着替え直ぐソファにダイブした。
『はぁ〜、疲れた。』
今日は高校初日であり、あの個性把握テストのせいでヘトヘトだっていうのに…。
まさか父が帰ってくるとは思わなかった。
顔を思い出すだけでもストレスなのに、勘弁してほしい。
ムクっと顔を上ればTV横にある写真立てに目がいく。
和美さん一家の写真と、その横に小さい時の私と兄と和美さんの三人の写真がある。
そういえば和美さん、今度旦那さん達の所行くって言ってたっけな。
段々と薄れていく意識の中、先週久々に家族に会えるって喜んでいた彼女の顔を思い出す。
そしてそれを微笑みながら聞く兄の横顔。
家族か。
あの時、少しだけ和美さんの息子さんに嫉妬したのを覚えてる。
——母親の愛って、どういう感じなんだろう。
あぁ、そういえば家に着いたら連絡してって言われてたんだっけ。
ちょっと寝てから、連絡すればいいかな...。
それから私は意識を完全に手放した。
徐々に複雑な家庭事情を入れていくスタイル笑