07
『轟くん』
靴を履き替え、昇降口へ行けば轟くんはスマホを弄って待っていた。
彼は私に気付くと、スマホをポッケにしまい鞄を持ち直した。
辺りは他の学科の人達も帰宅する時間みたいで、それなりに人も多くガヤガヤしていた。
「...行くか」
そう歩き出す彼の横に並んで歩く。
チラッと横顔を見れば、サラッと風で揺れる髪がとっても綺麗で少しだけ見惚れてしまう。
『そういえば、どこでお話しするの?』
「あぁ…、駅前に小さいカフェがあるみてえなんだが、そこでいいか?」
駅前のカフェ。という単語に、昨日私が彼に言った事を思い出す。
そっか、ちゃんと考えてくれたんだなぁ。
別に、”人目のある場所”って図書室とか、そういう所でも良かったんだけどね。
お礼を言おうと横に目をやれば、何でか轟くんは私の少し後ろを歩いていた。
しかも何でかじっと私の背中を見ている。
ゴミでもついてる?
そう尋ねれば、背中に向いていた視線が顔に向いた。
「いや。その...背中、悪かったな」
『え?』
「訓練の時、思いっきり壁に押し付けただろ」
『あー…。そういえばそうだね、でも少し赤いだけだと思うよ」
「…そうか、でも、痛かっただろ」
明らかにしゅんっとした彼は、また一言謝ってきた。
なぜ、そんなに謝ってくるのだろう。
これからあぁいう訓練ばっかりしていくのだから、こんな怪我優しいものだろう。
それに、今日の訓練は私のこの背中より、緑谷くんの怪我の方がよっぽど私は心配だよ。
そう思ったが口にはしなかった。
『心配してくれて有難う、ほんとに大丈夫だから気にしないでね』
「…あぁ、わかった」
そのあとは、轟くんが事前に調べてくれていたであろうカフェまで特に何も会話はなかった。
..
「お待たせしました、アイスミルクティーをお二つです」
店員さんがグラスをそれぞれ私と轟くんの前に置き、真ん中にミルクとガムシロの入った可愛らしい入れ物を置いた。
「ごゆっくりどうぞ」
軽くお辞儀をしてカウンターの中に戻って行った店員さん。
私は改めて店内を見渡す。
なんというか、チェーンのカフェじゃなくて個人でやっているカフェみたいで、レトロな雰囲気がとってもお洒落である。
お客さんもチラホラといるだけで、落ち着きがある空間だ。
「思ったより、人いなかったな…」
何となくそわそわして、こちらの反応を気にしている轟くん。
ふふっと笑いながら、私は真ん中に置かれたミルクを手に取る。
『気にしてくれて有難う。人目のある場所って条件出したけど、このぐらいの方が好きだよ』
「…そうか、なら良かった」
表情はあまり変わらないが、どこか安心したような轟くんに私は少し微笑む。
手に持った入れ物を傾けてミルクを自分のグラスに注ぐ。
それをまじまじと見る視線に、私は一つの疑問が生まれた。
『…そういえば、私と同じものでよかったの?』
彼は注文の時に、私がアイスミルクティーと言ったら「俺も同じので」っと言った。
今思えば、メニューも全然見ていなかった。
最初から私と同じのを頼むつもりで居たのかな。
『轟くんって、あんまりこういうの飲まなそうだよね』
「あぁ。1人だと絶対頼まねえな」
『え、じゃぁ何で…?』
きょとんっと首を傾げれば、轟くんも同じように首を傾げてきた。
「周正と同じもん飲みてえって思ったから、そうしただけだ」
『あぁ、そういう事ね!……いや、え、どういう事?』
一瞬納得しかけたけど、意味がわからなかった。
未だに首を傾げたままの轟くんを見て、本人もよくわかってないみたいだと判断したので、この会話は強制終了となった。
『まぁ、それでさ。お話ってなにかな?』
私と同じようにミルクをグラスに注ぐ彼にコチラから本題をぶつけた。
実は結構気になっていたりする。
「あぁ…。」
コトっと元の位置に戻されるミルクを目で追いかける。
ミルクが沈んでいくのをじっと見ている彼は、なかなか口を開こうとしない。
もしかして言いにくい話なのだろうか。
でも今更呼んでおいて話せません、は流石に無いよね。
グラスの中の氷がカランっと綺麗な音を立てる。
会話のない私達の空間には、その音が嫌に響いて聞こえてくる。
『......ね。そういえば轟くんって、中学の時何組だったの?同じクラスになった事ないよね?』
この無言の空気に少し耐えられなくなった私は適当な話題を振る事にした。
「.........。」
『え、っと…』
返答がない。
流石に今のは聞こえていただろうに…。
まるで轟くんだけ時が止まっているのかと錯覚しそうな程に動かない。
『おーい、轟くん聞いてる?』
下から顔を覗き込みながら、右手を彼の前でパタパタとしてみる。
「っ…...悪い、考え事してた。」
やっとコチラを向いたと思えば、その表情は少し固くて、私はそれに眉を潜めた。
なんとなくだけど、実は彼が何を言い出そうとしているのか察している。
中学校が一緒で、言い難い話でって…
正直思い浮かぶのは“あの話”しかない。
嫌だな。
けど、いつまでも終わらないこの空間も嫌だ。
彼の口から”あの話”を切り出されるよりは自分で言い出した方がマシなのかもしれない。
私は少し考え、自ら話を切り出す事を決めた。
『轟くん、もしかしてだけど、…………個性婚の話だったりする?』
自分が発したものだが、なんでか個性婚という言葉だけが脳までしっかり響いてくる。
切り出された話に彼は驚きを隠せないと言ったような感じだった。
その顔を見るに、当たりだったのかもしれない。
『中学一緒だしね、なんとなく…その話かなって思ったけど…。合ってるみたいだね』
少し目蓋を伏せた轟くんは、一度も口を付けていなかったグラスを一口飲むと小さく息を吐いた。
「…あぁ、その事で聞きてえ事があるんだ、……周正は、自分が個性婚で産まれた事を、嫌だと思った事あるか。」
『......。』
グラスに添えていた手がピクッと反応し、無意識に下唇を噛む。
そして2人の間に再び長い沈黙が流れ始めた。
嫌だと思った事ね、彼はなんて返して欲しいんだろうか。
個性婚なんて、今時流行らないし、世間的にもこの言葉はタブーな類に含まれている。
自分の親が、その言葉なるものなんて…。
私は先日綺麗に切りそろえた爪を撫でながら、ゆっくり口を開く。
『その質問に一言で答えるならYESだよ。......私ね、小さい時は個性婚の事なんて何も知らなかったの。中学で、私が個性婚で産まれた子っていう噂が出回った時に、色々知り始めた。正直、一生知りたくなかったし、ましてや周りに知られるなんて私には耐えられなかった。……個性婚で産まれる子供は親の夢を形にできる”もの”。私はそう思ってる。だから私は父の夢のために産まれた。その事に、嫌って気持ち意外…私には抱けなかったんだよね』
そう自重気味に笑う。
あの日…。
中学1年生の時、どこで知られ、誰から始まったのか分からないけど、私の親が個性婚だと噂がたった。
個性婚という単語は、中学生にとっては無意識に興味を引くものだったらしく噂話はあっという間に広がった。
当時は、私自身もその噂をきっかけに両親が個性婚という事を知り、家族に問い詰めて色んな事情を知った。
精神的に辛くて、家にも学校にも居たくなくて、何もかも嫌になっていた。
そんな時だ——。
『…轟くん、誘拐事件は、もちろん知ってるよね。』
「っ…あぁ、解決後も二週間くらい集団で下校させられた事覚えてる」
『あぁ、そうそう。』
精神的に酷く疲労しきっていた時、重ねて一つ大きな事件が起こった。
私が周正病院委員長の娘と知った上での、身代金目的の誘拐事件だ。
あの時のことは、今思い出してもゾっとする。
『あの、事件ね。私、多分一生トラウマなんだよね。……捕まってる時に、尻尾をハサミで切られたり、思いっきり引っ張られて毛を毟られたりしたの…。尻尾は閉まっちゃえば良かったんだけど、あの時、痛みとかでパニックでそんな事を考える余裕なんて無かった。……その時の傷は一度仕舞って出し直せば元に戻ってたから、外傷なしの無傷で救出っていう扱いになったけど、心の傷は大きくてね…、男の人と2人きりの個室とか、男の人に尻尾を触られる事が少し怖くなっちゃった。』
太腿に挟んでいた尻尾を胸元まで上げ、軽く撫でる。
あの時ボロボロにされた尻尾は、怖くて見れなかったけど、こうして元に戻ってくれた事を泣いて喜んだのを覚えている。
『それでね、事件のあとに病院で診察受けたり、警察に事情聴取されたりして、家に帰れるってなった時に、父と兄が迎えにきたの。あの時、父に会うのは”個性婚”の事を知った後初めてでね。今思うと一番会いたくない時に会ったなって思うよ。でも、あの日は私も恐怖とか不安とか、色んな感情があってそんな事忘れてた。…全然父親らしい事なんてしてくれた事無いのに、私は父の顔を見て酷く安心して…、周りに人がいるのに私は父に泣きついたの。……でも父は私を抱きしめ返す事はしなかった、それ以前に…』
—— ”ヒーローになる奴が、そんな事で泣くんじゃない”
『って。私は突き飛ばされた。それで、すぐ個性婚の事を思い出してね。…父にとって私は”夢を形にできるもの”でしかないんだって。それ以降、ずっとそう思ってる。父の夢はオールマイトになる事。それは小さい頃から知ってたし、私も純粋だったから、私がオールマイトになるね、なんて言ったりしてたよ。でももう、そんな事一ミリも思ってない。…私はヒーローになるつもりはない。父の夢は、絶対に叶えない。…そう、あの突き飛ばされた時に、誓ったの』
ギュッと尻尾を胸に抱き寄せ、顔をあげれば、轟くんと目が合った。
『個性婚で産まれた事を嫌って気持ち、伝わったかな?それとも、余計な事も喋っちゃったかな?』
あの日の色んな記憶や感情が蘇り、私は少しイラついていた。
こんな事しちゃダメって分かってるけど、轟くんに対して少し当たりが強くなってしまう。
だめだ、もう帰ろう。
このまま一緒にいたら、多分私は凄く嫌な女になってしまう。
『ごめん、轟くん私今日は帰るね』
口早にそう言うと、鞄から財布を取り出し、千円札を机に置いて私はそのまま席を立った。
過去話したら文字数えぐくなりました。
一応過去の2/3に触れたかな。
次回は轟sideでお話です。