07
靴を履き替え昇降口へ向かう。
分かりやすい位置で壁を背もたれにし、轟くんはスマホを弄りながら待っていた。
ただ立っているだけでも様になるその姿に、周りの人達はチラチラと彼を見ている。
何とも声を掛け辛かったが、そうも言ってられないので小声で彼に声を掛けることにした。
「轟くん、お待たせ。」
彼は私に気付くと手にあったそれをポッケにしまい、色違いの瞳に私を映した。
「……行くか。」
「あ、うん。」
歩き出す彼の横に並んで歩く。
チラッとその横顔を見れば、サラッと風で揺れる髪がとっても綺麗で少しだけ見惚れてしまう。
綺麗な髪に整った横顔。
うん。
これは世に言うイケメンというやつだ。
「……なんだ?」
「い、いや、何でもないよ。…そういえば、どこでお話しするの?」
やば、流石にちょっと見過ぎてたかも。
気付かれた事に内心焦りながらも、何でもなかったかの様に平然を装う。
「あぁ…、駅前に小さいカフェがあるみてえなんだが、そこでいいか?」
駅前のカフェ。という単語に、昨日私が彼に言った事を思い出す。
そっか、ちゃんと考えてくれたんだなぁ。
別に、”人目のある場所”って密室とかじゃなきゃ何処でも良かったんだけどね。
気を遣って考えてくれた事にお礼を言おうと再度横に目をやれば、何でか轟くんは私の少し後ろを歩いていた。
驚いて振り返れば、彼は何でかじっと私の背中を見ている。
ゴミでもついてる?
そう尋ねれば背中に向いていた視線がゆっくり持ち上がった。
「いや。……背中、悪かったな。」
「え?」
「訓練の時、思いっきり壁に打ちつけただろ。」
「あー…。そういえばそうだね、でも少し赤いだけだと思うよ?」
「そうか…。でも、痛かっただろ。」
明らかにしゅんっとした彼は、また一言謝ってきた。
何故そんなに謝ってくるのだろう。
これからあぁいう訓練ばっかりしていくのだから、こんなものは怪我にすら入らないし、本当になんて事ない。
それに今日の訓練は私のこの背中より、緑谷くんの怪我の方がよっぽど心配だよ。
でもそれは口にしなかった。
「心配してくれて有難う。ほんとに大丈夫だから気にしないでね。」
「…あぁ、わかった。」
そのあとは、目的地まで特に会話はなかった。
けどその沈黙は特に気不味いとかはなく、だからと言って心地がいいとかでもなく...ただ何も思う事は無かった。と言うのが正しいだろう。
..
「お待たせしました、アイスミルクティーをお二つです。」
店員さんがグラスをそれぞれ私と轟くんの前に置き、真ん中にミルクとガムシロの入った可愛らしい入れ物を置いた。
「ごゆっくりどうぞ。」
軽くお辞儀をしてカウンターの中に戻って行った店員さん。
私はそれを合図に改めて店内を見渡す。
なんというかチェーンのカフェじゃなくて個人でやっている所みたいだ。
壁紙から店内のインテリアまで、レトロな雰囲気がとてもお洒落である。
お客さんもチラホラといるだけで、大変落ち着きがある空間だった。
「思ったより、人いなかったな…」
何となくそわそわしながらこちらの反応を気にしている轟くん。
ふふっと笑いながら、私は真ん中に置かれたミルクに手を伸ばした。
「気にしてくれて有難う。人目のある場所って条件出したけど、このぐらいの方が落ち着いてて好きだよ。」
「そうか、なら...良かった。」
表情はあまり変わらないが、どこか安心したような彼を確認して目の前の紅茶へ視線を落とす。
手に持った入れ物を傾けてミルクを自分のグラスに注ぐ。
上から注がれた白い液体はグラスの底に向かってどんどん落ちていく。
それをまじまじと見る彼の視線は、どこか子供っぽい。
珍しい、のかな?
「…私と同じものでよかったの?」
彼は注文の時に、私がアイスミルクティーと言ったら「俺も同じので」っと言った。
今思えばメニューも全然見ていなかったけど、最初から私と同じのを頼むつもりで居たのかな。
「轟くんって、あんまりこういうの飲まなそうだよね。」
「あぁ。1人だと絶対頼まねえな。」
「え、じゃぁ何で…?」
きょとんっと首を傾げれば、轟くんも同じように首を傾げてきた。
「周正と同じもん飲みてえって思ったから、そうしただけだ。」
「あぁ、そういう事ね。……いや、え、、、どういう事?」
一瞬納得しかけたけど、意味がわからなかった。
気になった。的なあれだろうか?
けど未だに首を傾げたままの轟くんを見て、本人もよくわかってないみたいだと判断したのでこの会話は強制終了となった。
「まぁ……それで。お話ってなにかな?」
私と同じようにミルクをグラスに注ぐ彼に、早速ではあるが本題をぶつける事にした。
実は結構気になっていたりする。
「あぁ…。」
彼は元の位置にミルクを戻し、私ではなく自身のグラスに入れたミルクが沈んでいくのをじっと見ていた。
そしてなかなか口を開こうとしない。
もしかして言いにくい話なのだろうか。
でも今更呼んでおいて話せません。は流石に無いよね。
グラスの中の氷がカランっと綺麗な音を立てる。
一向に口を開こうとしない彼を待ち続けたが、タイミングよくお店のBGMが切り替わった所で私は別の話題を振る事にした。
少しだけ無言の空間に耐えられなかったのだ。
「…ね、そういえば轟くんって、中学の時何組だったの?同じクラスになった事ないよね?」
「.........。」
「え、っと…」
返答がない。
流石に今のは聞こえていただろうに…。
まるで轟くんだけ時が止まっているのかと錯覚しそうな程に動かないので、正直困惑する。
「おーい、轟くん聞いてる?」
下から顔を覗き込みながら、右手を彼の前でパタパタとしてみる。
「っ…...悪い、考え事してた。」
やっと視線が交わったかと思えば、その表情は少し固くて私はそれに眉を潜めた。
なんとなくだけど、実は彼が何を言い出そうとしているのか察している。
“周正”の名を知る同中の人間。
言い難い話といえば、思い浮かぶのは“あの話”しかない。
――嗚呼。嫌だな。
けど、いつまでも終わらないこの空間も嫌だ。
他人から”あの話”を切り出されるくらいなら、自分で言い出した方がまだマシなのかもしれない。
私は少し考え、自ら話を切り出す事を決めた。
「轟くん。もしかしてだけど、………“個性婚”の話だったりする?」
自分が発したものだが、なんでか“個性婚”という言葉だけが脳の奥までしっかり響いてくる。
恐る恐る彼の表情を伺えば、先程より表情は固く、それでいて驚きを含んでいる様に見えた。
あぁ、やっぱりね。
「まぁ、中学一緒だしね。なんとなく…その話かなって思った。」
少し目蓋を伏せた轟くんは、一度も口を付けていなかったグラスを一口飲むと小さく息を吐いた。
「…その事で聞きてえ事があるんだ。……周正は、自分が個性婚で産まれた事を知ってどう思った。」
「……。」
グラスに添えていた手がピクッと反応し、無意識に下唇を噛む。
そして2人の間に長い沈黙が流れ始めた。
どう、思った?
彼はなんて返して欲しいんだろうか。
個性婚なんて今時流行らないし、世間的にもこの言葉はタブーな類に含まれている。
自分がそんなもので産まれたなんて知った時は酷く悲しくて、絶望した。
それ以外に、あるだろうか?
私は先日綺麗に切りそろえた爪を撫でながら、ゆっくり口を開く。
「……私、あの噂が出回った時に初めて個性婚ってものを知ったの。正直、一生知りたくなかったし、ましてや周りに知られるなんて結構キツかったよ。……個性婚で産まれる子供は親の夢を形にできる”もの”。色々調べた結果、そういう結論に至ったんだよね。詰まるところ、私は父の夢のために作られた人間。いや、道具か……。そんなのさ、悲しい意外何も無いと思わない?」
そう自重気味に笑う。
あの日…。
中学1年生の時。どこで知られ、誰から始まったのか分からないけど私の親が個性婚だと噂がたった。
個性婚という単語は、中学生にとっては無意識に興味を引くものだったらしく噂話はあっという間に広がり、すぐ私の元へ届いた。
そしてそれを家族に…。
アイツに問い詰めたけど何も返答が無かったので私はそれを肯定だと受け取った。
それからは自分なりに個性婚について調べて、調べて……。
知れば知るほど肥大化していった真っ黒な感情。
そして何もかもがどうでも良くなって、次第に家も学校も嫌になった私はフラフラと出歩く事が自然と増え、その結果――。
「…誘拐事件は勿論知ってるよね。」
「っ…あぁ」
心がかなり憔悴していた時、重ねて大きな事件が起こった。
私が周正病院委員長の娘と知った上での、身代金目的の誘拐事件だ。
もう3年も立つというのに、今思い出してもゾっとする。
あの事件は私に一生のトラウマを植え付けた。
「……捕まってる時ね、尻尾をハサミで切られたり、思いっきり引っ張られて毛を毟られたりしたの。しまっちゃえば良かったんだけど、あの時は痛みとパニックでそんな事を考える余裕なんて無かったんだよね。……その時の傷は一度仕舞って出し直せば元に戻ってたから外傷なしの無傷で救出っていう扱いになったけど、心の傷はどうしても大きくてね。……男の人に尻尾を触られる事と密室とかで2人にされるのが怖くなっちゃった。」
太腿に挟んでいた尻尾を胸元まで上げ、軽く撫でる。
あの時ボロボロにされた尻尾は怖くて見れなかったけど、こうして元に戻ってくれた事を泣いて喜んだのを覚えている。
「それでね、事件のあとに病院で診察受けたり警察に事情聴取されたりして、やっと家に帰れるってなった時に父と兄が迎えにきたの。あの時、父に1番会いたく無い時だったけど私は恐怖とか不安とか、色んな感情があってそんな事忘れてた。……全然父親らしい事なんてしてくれた事無いのに、私は何でかアイツの顔を見て酷く安心しちゃったんだよね。だから周りに人がいるのに私は迷わず泣きついた。……でもっ……でもアイツは私を抱きしめ返す事はしなかった、それ以前に…!!」
フラッシュバックするあの日の出来事に感情が大きく揺れ、少しだけ声が大きくなってしまう。
私の脳裏には“使えない道具”を見る冷ややかな目のアイツ。
そしてその口はゆっくり開かれた。
――”ヒーローになる奴が、そんな事で泣くんじゃない”
「私は突き飛ばされた。それで、すぐ個性婚の事を思い出してね。…改めてアイツにとって私は”夢を形にできる道具”でしかないんだって。そう強く自覚させられたよ。アイツの夢はオールマイトになる事だから、小さい頃は私がオールマイトになるね、なんて言ったりしてたよ?でももう、そんな事1ミリも思ってない。…私はヒーローになるつもりはない。アイツの夢は絶対に叶えない。…そう、誓ったの。」
ギュッと尻尾を胸に抱き寄せ、顔をあげる。
そこには悲しそうな瞳の轟くんがいて、その瞳に映る私は酷い顔をしていた。
彼は同情しているのだろうか。
こんな理由でヒーロー科にいる私を……。
個性婚で産まれてきた“道具”である私を……。
可哀想だと思っているのだろうか。
中学の時に周りに居た人間は皆して私を腫れ物扱いしていた。
轟くんも、きっとそうなってしまうのね。
「……はっ。結局こうなるのね。」
ボソリと小さな独り言を溢す。
高校でリセット出来ると思っていた人間関係。
またあんな態度や視線をたった1人からでも向けられるかもと想像しただけで吐き気がした。
だめだ、もう帰ろう。
これ以上、そんな目で私を見ないでほしい。
「ごめん、余計なこと喋り過ぎちゃったね。私、帰るね。」
口早にそう言うと鞄から財布を取り出し、千円札を机に置いて私はそのまま席を立った。
過去話したら文字数えぐくなりました。
一応過去の2/3に触れたかな。
次回は轟sideでお話です。
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