07 "いつ"は突然に
「少ねえだろ」
『え、まぁ、一人分のつもりだったし…』
キッチンで私が買ってきたお弁当の具セットみたいなのを手に、じとっと私を見てくる実弥さん。
仕舞う時に見ていなかったようで、その少なさに文句を言われる。
「いつもこんなもんなのかァ?」
『んっと、まぁ、あれば食べるし基本適当かな』
そう言うと何でか彼は額にビキっと青筋を立てた。
「いいかァ、良く聞け。だからお前はそんなガリガリなんだァ、今日から三食きっちり食えやァ」
『うぇ、が、ガリガリではない…』
「あァ!?」
びくっと思わず肩が跳ねる。
何故私はこんなに怒られているのだろうか。
まるで好き嫌いして食べない子を叱るお母さんだよ実弥さん。
彼の迫力に私は「はい」って返事する以外選択はなかった。
偶に学校でこういう怒った彼を見たことはあったけど、その怒りを私に向けられたのは初めてだ。
しかも、目の前で。
しかも、こんな食のことで。
しかも、同い年の異性(雄)にだ。
なんだか、ちょっとだけ情けなくなってきた。
「…はぁ。もうちょっと、体の事とかしっかり考えろよなァ」
一応保健医だろ。
なんて言いながら、ぽんっと頭に手を置かれる。
自分の食には特に関心がない保健医なんです。
…とは怖いので言い返せない。
「今日は栄養たっぷりなもん作ってやるから、座って待ってろォ」
『え、いやいや、手伝っ……はい、待ってます』
顔をあげれば、青筋立ててるくせに口角を上げて私を見下ろす実弥さんがいて、思わず背筋が震えた。
その顔は怖すぎると思います。
私は渋々キッチンを後にし、大人しく部屋の掃除を始めた。
ふと見た窓の外は、もうすっかり日が沈んで暗くなり始めていた。
なんだか今日はあっという間だったな。
ぼんやりとそう思いながら、シャッとカーテンを閉めた。
…
『す、すごい……』
この家の机にこんな豪華な食事が並ぶのは恐らく母が家にやって来た日以来だろうか。
ホクホクの白米。
おかずにハンバーグとミネストローネ、あとサラダって…。
この短時間で完璧すぎる。
おかんレベルMAXか何かかな。
そう驚愕していると、キッチンから彼が出てきた。
「悪いなァ、冷食のハンバーグ使ったぞ」
『あ、え、これ冷食なんだ』
言われてみれば、買ったかもしれないっと記憶を漁る。
適当に買い物してるって言ったら、また怒られるんだろうなぁ。
実弥さんが席に着き、私も釣られるように向かい側の席に座る。
あまりお腹が空いてないと思ってたけど、なんだかんだ美味しそうな匂いにお腹が小さく鳴った。
『いただきます』
「いただきます」
何から食べようか思わず迷い箸しそうになる。
実弥さんは何から食べるのかなっと視線を向ければ、箸を握りつつもこちらをガン見していた。
『ぇ、なん、なんでしょう…』
またなにか怒られるのか、っと思ったが、そういう顔じゃなかった。
なんというか、とても穏やかな表情だった。
「いや、何でもねェ」
『ん?』
よく分からなかったが、再びお腹の虫が鳴いた事によりそれ以上深く追求する事はしなかった。
結局、迷った末に私はミネストローネから頂く事にし、これまた昼同様に美味しさのあまり頬が緩みまくった。
おいしいものを食べると幸せなのに、いつも適当に済ませる私はかなりの大馬鹿ものだと思う。
そんな事、今初めて知ったわけじゃないけど、改めて思う。
『毎日、こうして実弥さんがご飯作ってくれればいいのになぁ』
それは深い意味のない、ただそうだったらいいなっとぼんやり思いついただけの事だった。
それでも、この言葉で実弥さんは酷く動揺した。
「はっ、あ?おま、それって...」
彼の箸に挟まれていた白米がポロッと落ち、再びお茶碗の中に戻っていった。
ほんのりだが頬が赤い気もする。
急にどうしたのだろうっと不思議に思ったが、私は自分が言った言葉をやっと理解する。
『ちっちちち違う!!そういう意味じゃないからね!?ただ、毎日こうやって美味しいご飯出てきたら幸せだなーなんて思っただけで、だから!』
「一緒に暮らすか。」
『ひゃぇ!?』
25歳らしからぬ甲高い変な声が出た。
この人、今なんて言った!?
何も言葉が出てこず、ただじわじわと顔が熱くなるのを感じた。
『わ、私たちそういう関係じゃないし、流石に一緒に暮らすとか、そういうのは、ちょっと...』
正論だと思う。
付き合うわけでもない、ただ体の関係を持ってる同僚だ。
私の軽はずみな発言を実行するなんて良くない。
でももしかして、彼も冗談で返したのかもしれない。
そう俯かせていた顔をあげれば、とても真剣な顔でこちらを見ていた。
思わず息を飲む。
この顔は、冗談っていう顔ではない。
人間は本当に真剣な時、こういう顔になる。
お婆ちゃんとかからしたら、まだまだ若いと言われるが25年間生きて来て、何となく学んだ事だ。
「...はぁ。」
実弥さんは。箸を机に置き小さくため息を吐いた。
少しだけそれに体を縮こまらせる。
何を言われるのか、全く検討が付かないのだ。
じっと言葉を待っていれば。ポリポリと頬をかき、口を開き始めた。
「...あー、そのなんだァ。いつ言おうかとは思ってたが。......なまえ。」
その瞳が私を写す。
あぁ、ちょっと待って欲しい。
今あなたが言おうとしている事って...。
「好きだ。」
部屋が怖いほどシンッと静まり返った。
顔が熱い。
湯気が出ちゃうんじゃないかってくらい熱い。
きっと今、すごい顔してると思う。
でも、彼と交わる視線を逸らす事が出来ない。
告白される事って、こんなに恥ずかしいものだったっけ。
胸がドクドクと煩い。
上手く息が吸えず、少し口を開けば唇が微かに震えた。
ガタッと音を立てて椅子から立ち上がった彼に私はビクッと肩を弾ませる。
そのまま私の横まで移動して来たと思えば、いきなり腕を掴まれそのまま彼の胸の中へ収められた。
理解が追い付かずにいるとクイッと大きな手が私の顎を上に上げる。
『実弥さっ...っっ...』
やっと絞り出た声は彼に飲み込まれてしまった。
柔らかいその感触に、目蓋を閉じる。
鼓動が彼に聞こえてしまうんじゃないかってくらい騒ぎ出した。
「はっ...なまえ、好きだ。」
唇が離れ、私をギュッと抱きしめながら肩に顔を埋める彼は再び好きと言った。
顔は見えないが、視界の端に映る耳はかなり赤い。
実弥さんも、こういう風になったりするんだ。
きゅんっと胸が高鳴り、私はそっと彼の背に手を回した。
『私も、好き、です。』