あれから何度かオレンジの子の速攻が繰り出された。
私はあの子から目が離せないでいた。
そして24-22で烏野がマットポイントになった時、またあの速攻が炸裂して、烏野は第2セットを取れた。
私と一日一言は話すようにしているらしい影山は、どこか人が変わったように穏やかな顔をすることが多くなったのは、だいぶ前から気付いていた。
それはこのバレーの、このチームのお陰だろうか。
チームメンバーと喜ぶ影山を見て、私は静かにそう思った。
このまま最終セットを取れるだろうか。
それともーーーー。
「「「キャー!!」」」
突然体育館に女子の黄色い声が響いた。
あぁ、彼が来たみたい。
私は烏野に向けていた視線を、そっと青城側に向けた。
澄ました顔でチームメンバーと話す彼は、及川徹。
まるでヒーローの登場みたいだ。
「ふふ、皆お待たせ〜」
ふにゃけた顔でギャラリーの女の子達に手を振っている姿は、何度か中学時代にも見かけた事があった。
その流れでコチラにも視線を寄越した彼は、ピタッと手を振る動作をやめた。
けど、それはほんの一瞬だったので、私はバレてないだろうと思いつつも、またフードを深く被った。
「......みっけ。」
.
最終セットが始まってから、両チーム一歩も譲らずと言う感じだったが、先に20点代に乗ってから烏野がすごい追い上げでマッチポイントになった。
20-24。
このままだと烏野が勝つ勢いなのは確か。
けど...。
体育館の端でアップを終わらせたあの人が監督と何やら話していた。
ピンチサーバーか...。
よりによって良い流れの時に出てきたなぁ。
「「きゃー!及川さーん!!」」
今の烏野のポジションからして...
「...メガネくん狙いかな。」
ピッ
笛の音と共に綺麗にボールが高く上がった。
そしてそれに合わせた助走と踏み込みの高いジャンプ。
無駄のない一連の流れ。
何度も見慣れた動きのはずなのに、私は目が離せなかった。
バシッ!
綺麗に手のひらにあったジャンプサーブは、予想通りメガネくんの元へ飛んでいった。
「うっ..!」
一応タッチは出来たものの、位置が悪すぎる。
ボールは勢いよく弾かれ、ギャラリーの手すりにぶつかった。
私が最後に見たサーブより格段の威力が上がっている。
やっぱり、凄いや。
私はグッと無意識に手すりを強く握りしめていた。
それからは、ひたすらにサーブでメガネ君が狙われまくって3点持って行かれてしまった。
「...帰ろう」
私は握っていた手すりからそっと手を離した。
見ているのが辛くなってきた。
やっぱり、あの人には私は愚か、誰も敵わないんだ。
そう一歩下がろうとした時だった。
「最後まで!!」
「っ!」
「最後まで、逃げるんじゃない!」
突然あの人の声が体育館中に響き渡った。
視線はこちらに向いていないとはいえ、まるで私が帰ろうとしたのを察したかのようなセリフ。
「あ?クソ及川、お前なに言ってんだ?」
「.......。」
スッと姿勢を正し、ゆっくり彼は私の方へ顔を向けた。
「っ...」
遠くてわかりにくいが、その瞳には不安と心配。
それから怒りが含まれているように感じた。
その視線に釣られたのか、隣にいた一君もコチラへ視線を寄越した。
私は咄嗟に一歩下がり、後ろ側にいたギャラリーに紛れ込んだ。
「...?おいクソ及川、ちんたらしてねぇで早くもう一本取ってこい!」
「いでっ!殴らないでよ岩ちゃん!!」
「うるせぇ、俺が殴るのはお前だけだ!!」
よかった、一君には多分バレてない。
あの人には完全にバレているみたいだったけど、、、
先程向けられた目の色に、私はとてもじゃないけど帰る事が出来なかった。
もし、ここで帰ってしまったら、
私はーーー。
心に空けてしまった穴を一生塞げない。
そんな気がした。
試合が再開し、烏野は防御方法を変えたみたいだった。
けど、あの人の意地悪なサーブは、変わらずメガネ君を狙っていた。
それでもコントロール重視だったせいか、先ほどの強力なサーブよりは断然取れる。
バシッ
「上がった!!」
「ナイスツッキー!!」
「青城のチャンスボールだ...。」
ここで青城に一点持って行かれたらデュース。
もう烏野の勝ちは見えなくなってしまうだろう。
やっぱりここまでか、それとも...
「っ...!」
完全にブロックを振り切った金田一。
私が金田一だったら、絶対にスパイクが決まるって思っただろう。
けど、試合を外から見ているからこそ分かる。
この試合で何度も目で追ったオレンジの子が、止めにくる。
バシッ
「ワンタッチ!!」
「チャンスボールだ!!」
「...。」
まるでオレンジの子は2人いるんじゃないかって。
そう錯覚してしまうほどの速さで、コートの端から端へ移動した彼は、誰よりも高く飛び上がった。
そしてさっきまでは目を閉じた状態でスパイクを打っていたのに、カッとも開かれた目に思わず身震いした。
バシッーーー!
綺麗なスパイクの音。
ビュンと音が出そうなぐらい速いボールは、あの人の顔横を通過し、そのまま地面へ叩きつけられた。
驚いているあの人の顔を見て、あんな顔もできるのか。と冷静に考えてしまった。
ピッピー!
何の言葉も出てこなかった。
最初からあの人が居なかったとはいえ、勝ちは勝ちだ。
あの人は一撃喰らった顔をしているのに、そっと口角をあげ凄くワクワクしているようだった。
変わらずドクドクと激しく脈打つ鼓動に、私は不思議と満たされていくのを感じた。
けど、それと同時に心の穴が侵されていくかのように、黒くドロドロした感情が渦巻き始めた。