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>岩泉Side

「「「ありがとうございました!!」」」

今出せるベストメンバーだったとはいえ、烏野に負けた。

ダラダラと流れる汗をタオルで適当に拭い、熱く乾いた喉をスポドリで満たす。

隣では後半ちょっとしか参加できなかったクソ及川が、何やら涼しく真剣な顔をしていた。



「どうしたクソ及川。」


「......ねぇ岩ちゃん。さっきお母ちゃんと病院行ってた時にさ、俺の“可愛い可愛い妹”が今日の試合来るって聞いたんだよね。」


そう言い終わったと同時にクソ及川は、ニンマリとムカつく笑顔を俺に向けてきた。


「っ!!クソボゲェ!!早く言えや!!!」

「いっだー!!」


クソ及川の頭に拳を入れ込む。

俺はバッとギャラリーを見渡したが、試合中より遥かに人が減っていた。

というかほぼいない。


「さっき出ていくのが見えたから、多分まだ間に合うと思うよ...。」

「っ...お前、マジで覚えとけよ!!」


手に持っていたボトルを及川に投げつけ、片付け途中だった烏野の横を通り抜け俺は全力で走った。


「岩泉さん?」


廊下へ出てすぐ、トイレの前で影山とすれ違った。

名前を呼ばれたが、振り返ってる暇なんてない。


「クソッ...未読無視しといて、結局来たのかよ。」


外に出て、俺は真っ先に校門へ向かった。

放課後というだけあって、ほとんど帰路につく生徒はおらず、ジャージにフードを被った小柄な女っぽい後ろ姿をすぐに見つけた。


「凪!!」


そう名前を呼べば、その肩はビクッと跳ね上がった。

一瞬立ち止まったものの、こちらに振り返る事はなく、すぐさま駆け出した。


「あ!?おいこら、待ちやがれ!!」


運動部舐めんなよ!

そう思いながら、どんどん距離を詰め、俺はその腕を掴むことが出来た。



「キャッ!」

「っ!!」


勢いよく引っ張ったせいで、その体は思いっきり俺の方に体制を崩してきた。

一瞬釣られて俺も倒れそうになるが、踏ん張ってその両肩を抱いた。


「あっぶねぇ...」

「っ...あ、危ないのはどっちよ!急に引っ張らないで!」


そう顔を上げたのは、やっぱり凪だった。



「悪い...。お前が来てるって思わなくて、その...」

すげぇ至近距離にある凪の顔に、先ほどまでクソ及川に抱いていた怒りの感情が鎮まっていくのを感じた。


「...一君、その..周りの視線が痛いから、ちょっと離してほしいかも..」

そういう凪の声にハッとして周りを見れば、皆興味津々な眼差しをコチラに向けながら歩いていた。


側から見れば抱き合ってるようにも見える体制。

冷静になった頭で考え、顔が一気に熱くなった。



けど、俺は凪を離すつもりはなかった。


「ちょっとこっち来い。」

そう腕を引っ張って、第3体育館の裏手へ連れていく。

凪は文句も言わず、俺に腕を引かれ歩いた。




.




「試合、見に来たんだな。」


錆びれたベンチに凪と並んで座る。



「...一君のあのメッセージは、観に来てって捉えたんだけど?」

「まぁ、そうだけど。...お前返事よこさねぇから、来ないと思った。」


そう言い返せば、凪は目を大きく開き、パチパチと瞬きをした。


「え?わかったって返したじゃん!」

「は?いつだよ!」

「え!?さっき家出る時!!」


ほら!っと目の前に突き出された俺とのトーク画面。

思わず眉間に皺が寄った。


「お前な、俺は先週メッセージ送ってるんだぞ!?んなもん、試合始まってから送られたって見れねえだろ!!」


凪は再び瞼をパチクリさせた。


「確かに...それもそうか!」


そうケラケラ笑う凪に、俺は怒れもしなかった。

ここ数日、凪に嫌われたんじゃないかって不安になってた時間を返してほしい。


「はぁ...。それで、試合どうだったよ。」


そう試合の話題を変えれば、凪の表情が一変した。



「うん...凄かった。」

「...それだけか?」

「......。」


膝の上に置かれた小さな手が、ぎゅっと握らてるの見逃さなかった。

酷く悲しそうな顔をする凪に、俺は再度眉をひそめた。

なんで凪がバレーを辞めたのかは知らねえ。

怪我ではなさそうだし、チームでなんか問題があったか...?



小さい頃からずっと一緒にやっていて、中学の時も女子バレーで月刊雑誌に取材されるくらいには天才だって言われてきたのに...。


これは今、問いただしても良いのだろうか。



何か人に言えない悩みを抱えていて、バレーを嫌いになってしまったのか。

それとも単に飽きてしまったのか。




「...悪い。」


悩んだ末に、俺は何も聞けなかった。

俺は凪にはただ笑っていてほしいと思った。

バレーの話をして、そんな悲しい顔をさせちまうくらいなら、もうこんな話はしねぇ。


そっと凪の被っていたフードを外し、をのまま肩を抱き寄せた。


フードの中で収まっていた凪の髪の甘い匂いが香った。

何時間だって匂っていられるその香りに、思わず目を細めた。

そのまま凪の頭をポンポンと撫でると、その弾みでポタッと何かが落ちた。


「ゎ..わた、し...っ...う...っ..」


そう声を絞り出す凪は俯いたままだった。

けど、先ほどから握られていた拳には雨のようにポタポタと水滴が降っていた。



俺は何も言わず、更に凪を抱き寄せた。


「わた、しっ...バレーが...ヒック..うっ...好きって...思っちゃっ..ヒック...たの...っ」

「...あぁ。」

「でも..ヒック...もう..追い、つけないっ..うぅっ...」

「......。」



凪が何に追いつきたかったのか。


俺は薄っすら答えがわかっている。



きっとムカつく顔して女にチヤホヤされて、いつもヘラヘラしてるボゲ野郎の事だろう。



「...お前が、小さい時からずっとあいつの背中を追いかけてたのは良く知ってる。成長につれて背もパワーも男と女じゃ差がつくのは当たり前だろ。」


「っ..そ、それ..ヒック...でもっ..」


顔を横に振りながらグリグリ俺の胸に顔を埋める凪。

まるで小さい子供みたいだ。



「......なぁ、どうしてアイツがお前に最後まで見ていけって言ったか分かるか?」




あぁ、悔しいーー。


今になってアイツが試合中に言ってた事を理解するなんてな。



「...アイツは、お前にバレーを続けてほしいんだよ。それは...、例えばどんな形であれな?」

「っ...」

「いいか凪」



俺は凪から少し離れ、下を向いている顔にそっと手を回した。

両手で頬を包み、顔を上げさせれば鼻は赤くなって目もちょっと充血している。

その目からとめどもなく溢れる涙をグイグイと親指で握ってやる。



「はぁ...泣き虫は相変わらずか?」


そう小さく笑えば、凪がムッとした顔をした。

まだ目は潤んでいるが、多少涙は止まったようだ。


「俺が、お前の代わりにアイツを追い越してやるよ。...なんて、俺はアイツとチームで仲間だから言えない。けどな、お前は今烏野にいるんだ。アイツとやり合える武器を、味方を手に入れられる。」


言ってる意味わかるか?と聞けば、凪は首を傾げた。


「お前が烏野を強くして、クソ兄貴の事倒せば良いんだよ。それがお前のいう追い越すっていうのになるかは分からねえけど...バレーはチームでやるもんだ。お前が1人でアイツを含めた俺たちを追い越すなんて無理なんだよ。」


凪の目が大きく開かれた。


「ぇ...」

「...あとは自分で考えろ。」


困惑したその顔を崩すように、俺はぐにぐにと頬を揉んだ。


「うぅっ...一君、やめてよぉ」

「うるせぇ。ひっでぇ顔しやがって...考えすぎなんだよバカ」


俺の言ってることが凪にとって正解かは分からない。


もしかしたら全然的外れな事を言ったかもしれない。



そう思っていたが、次第に凪の暗かった顔が晴れていくのを見て、多少なりとも間違いではなかったのかと思た。




「一君、もっかいギュッてしていい?」

「っ!な、何言ってっ...」


ガバッと勢いよく凪が俺の胸に飛び込んできた。

さっきより強めにグリグリと小さい頭が俺の胸に埋もれる。

人がいないとは言え、学校でこんな事しているのに急に恥ずかしくなってきた。

けど、この状況に嬉しさを抱いているのも確か。



俺はガシガシと頭を掻いた。

行き場を失った自身の手をどうしようか悩んだ末、片方はふわふわと淡いミルクティーブラウンの髪へ。

もう片方の手は凪の背中へ回した。


これ、マジでただのハグだな。



自分でやっといてバカみたいに恥ずかしい。

けど、すげぇ心地良い。

ずっとこのままでいれたら、どんなに良いんだろうな。



そう思っていれば、凪がうめき出した。


「一君...」


そうトーンの低い声で顔をあげれば、その顔は何故か苦しい表情を浮かべていた。




「汗、臭い」

「っ..お、おまっ..今それ言うか!?」


バッと凪から離れ、臭くて悪かったな!と伝えた。

そういえば試合が終わって着替える間もなく飛んできたからな。



「ふ..ふふ、冗談だよ。本当は一君のいい匂いがして、ちょっと恥ずかしくなっちゃった」


そうモジモジ恥ずかしそうに頬を染める凪を見て、俺も顔が熱くなるのを感じた。

この兄妹は本当に、こういうところがそっくりだ。

相手を虜にする様な言葉を平気でポンポン言いやがる。


「...ボゲが」


ビシッとデコピンを喰らわせる。


イダ〜と額を抑える凪。

俺は凪の頭に手を置き、目線を合わせるように少し屈んだ。


「...また何かあったら、俺に言え。」

「っ...ぅん。ありがと、一君...」


はにかんだ凪の頭をガシガシ撫で、そのまま手を引いた。

「校門まで、送ってやるよ。」


だいぶ陽が落ち、辺りはかなり暗くなった。

まだ凪と過ごしていたい気持ちもあるが、そうもいかない。


一方的に繋いでいた手がキュッと握り返された。

俺は再び熱を持ち始めた顔を凪に見られたくなく、振り返ることはなかった。




「一君、ありがとう。」


そう後ろから聞こえた声に、今度は俺が手をギュッと握り返した。







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