>影山Side
「よし。」
キュッと体育館履きの靴紐を結び終わった凪は、俺からボールを受け取る。
「大丈夫か?」
つい出てしまったその問いかけに、凪は真剣な眼差しだった。
月島の野郎に勝負を挑んだ凪は、急いで体育館履きを取りに行き、体操服が無いからという理由で取り敢えずサイズが一番近い日向のTシャツと短パンを借りていた。
着替えが終わった凪は「下はちょっとデカいくらいかな」なんて言いながらズボンの紐をギュッと結んでいた。
俺以外の男の服を着るなんて、流石にちょっとだけムカついた。
つい思わず口に出してしまいそうになったが、凪の真剣な眼差しに俺はその言葉をグッと飲み込むしかなかった。
ボールを手に月島と反対側のコートへ移動し、サーブ位置に着いた彼女はジッと月島を見ていた。
凪が挑んだ勝負は、「私のサーブを一度でも綺麗に上げる事が出来たら、月島くんの勝ち。3本勝負ね。」という内容だ。
「なぁ、凪ちゃん大丈夫かよ」
田中さんが心配そうにしていた。
いや、田中さんだけじゃない。
皆が皆、心配そうな眼差しで凪を見ていた。
「さっき、あいつのサーブ見ましたよね?」
「そりゃぁ、すげえサーブだったけど、流石に取られちまうだろ。」
「...いえ、あいつのサーブは...」
そう言いかけたところで、凪ボールを高く上げた。
さっき見た時より、少し高めボールに、それに合わせた助走にジャンプ。
凪は先ほどより大きく体を逸らし、右手を大きく振り下ろした。
バシッ!!
凄まじい音と共に、ボールは月島の真横を通過した。
後ろのアウトラインギリギリに入ったボールは、ポンポン..と音を鳴らして転がった。
「う...うおぉぉ!?何だ!?」
「スッゲー!!」
誰もが取られるボールだと思っただろうか、どっと皆が沸いた。
月島はメガネを掛け直し、後ろに転がったボールを目で追った。
「ゴリラかなんかですか?」
その一言に、俺はまた眉間に皺が寄った。
あいつは本当に口が悪いし一言多いんだよな。
「2本目ー!」
凪の声が体育館に響く。
楽しそうに揺れるポニーテールにされた髪。
久しぶりに外ではしゃぐ子供のような笑顔。
思わず胸がトクンと跳ねた。
続けて凪のジャンプサーブが炸裂する。
月島はボールがどこに飛んでくるのかも予測がしにくいようで、1回目よりは動けていたがボールは腕に掠って飛んでいった。
「おぉぉ、影山!凪って何者!?すっげええ!!大王様みたいなサーブだな!!」
「大王様って...そりゃぁ、凪は及川さんの妹だからな。」
「え?」
「は?」
突然皆が静かになり、どうした?と顔を見れば皆目が点になっていた。
「「ええぇぇぇ!?!?」」
学校中に響き渡ったんじゃ無いかと思うほどデカい声が重なり合っていた。
「影山お前、マジ!?」
「おっおっ及川の妹!?」
三年の先輩達が驚きすぎて俺にズイッと詰め寄ってきた。
そんなに驚くことか?
2年生なんて驚きすぎて皆固まっちまってる..。
もしかして言わない方が良かったか?
そう思っていると、突然後頭部に強い衝撃が走った。
「イダっ!!?」
反射的に振り向けばボールが俺の足元に転がっていたのに気付く。
「静かにして。」
そうニンマリ笑う凪に俺含め皆が黙るしかなかった。
隣にいる日向はずっとソワソワした感じで凪を見ていた。
何で俺の後頭部なんだよっと文句をこぼしつつも、最初と同じように静かに見守った。
「月島くん。次、あなたの腕目掛けてサーブ打ってあげる。」
ビシッと指差す凪に、一瞬及川さんが重なった。
ほんっと、あのポーズって昔から及川さんと一緒なんだよな。
いつだか言った時凄い嫌そうにして、封印する。なんて言ってたけど、癖っていうのは簡単に治せるもんじゃねぇんだな。
「っ...そんなサービスしてくれて良いわけ?それとも何、お兄さんよりコントロール重視しても威力がすごいって自慢したいわけ?」
既に二本も取られているのに、月島は謎に挑発をする。
余裕がないって顔に書いてあるのに、あいつも中々な奴だな。
「はは、そうだね〜」
ポンポンと凪はボールを地面に打ちながら何か考えていた。
「...もしこれで月島くんが成功したら、私はバレーから完全に離れると思う。」
「は?そんな事で?ちょっと君、自分の方が正々堂々バレーに向き合ってないんじゃない?」
「まぁそうだね。でも、取られたらの話じゃん?...ラスト、行くよ..!」
月島の挑発に乗らず、凪は変わらず自分のペースで再びボールを高く上げた。
月島の腕目掛けてサーブを打つ為か、先ほどより低め。
それでも合わせた助走も、ジャンプも、変わらず最高のタイミング。
「そーっれ!!!」
バシッ!
凪の手にボールが当たった瞬間、皆が息を呑んだ。
すごい勢いで飛んでいくボールは、まるでスローモーションの様に、月島の腕、良い位置に飛んでいった。
「くっ......!!!」
ボールは触れたものの、勢いを殺すことが出来ず、そのまま後ろの方へ飛んでいった。
ワンタッチしたくせに、壁に思いっきり当たったボールは当たったら気絶するんじゃないかと思うぐらい激しい音を立てぶつかった。
そのまま月島の方に転がったボール。
あいつはそれを手に取り、ジッとボールを眺めていた。
凪も何も言わない。
そして観客である俺たちも、誰も何も口を開かなかった。
それもそうだ。
こんな重たい空気の中、誰でも良いから先陣を切ってなんか一言発してくれって皆が思っているはずだ。
1人を除いて。
「凪!!!!俺にもそのサーブ打ってくれー!!!」
俺の隣で子供の様に飛び上がる日向。
こいつの空気も読めなさに、今ほど救われたことはないだろう。
凪もポカンと日向を見ている。
「ぶっ...あははは、僕が取れないんだよ、日向が取れるわけないでしょ」
皆ギョッとした。
「ツ、ツッキー...?」
「おい、月島、どっかぶつかったか?」
いつもあんな風に笑うことがない月島だが、どこか吹っ切れた様にケラケラと笑っていた。
皆が心配する中、月島は凪の元へ歩み寄り、目の前でその歩みを止めた。
側から見れば、身長差が凄すぎて凪が虐められてるみたいに見えた。
「...大王様の妹で、王様のお気に入り?て言うことは君は女王様かお姫様なわけね。」
「...変な言い方しないで。何が言いたいわけ。」
あからさまに嫌な顔をした凪は目の前の月島に怯むことなく、ギロッと視線を返した。
「...僕の負けを認めるよ。それで、お姫様は僕に何をご所望な訳?」
「...え?」
「ツッキー?」
思いがけない月島の言葉に凪は戸惑った。
それは何人か同じだった様だ。
俺も月島があっさり負けを認めた事に正直驚いた。
「ねぇ、早く決めてよ。それとも、1発君の相手でもすればいい?」
「っ...」
「あらら、顔真っ赤にしちゃって。もしかして意外と初ですか?」
やっぱり。
月島があっさり負けを認めるなんて可笑しな話だったんだ。
嫌味タラタラじゃねぇか。
月島に言葉で詰められる凪は何も言い返さない。
ただ少し俯いて拳を握っていた。
その拳が少し震えているのを見て、流石に俺は見逃せなかった。
良い加減にしろと止めに入ろうとした時、凪がガバッと顔を上げた。
「私、初めては好きな人とって決めてるの!だからバレーが下手くそなテメェと1発なんてごめんだし、嫌味タラタラ言う暇があるならレシーブの練習しろっつーの!顔面にサーブ決め込むぞゴラァ!?」
今日は凪に何度も驚かされているが、今のが一番だと思った。
てっきり泣き出すんじゃねぇかと思ったら、その逆でめちゃくちゃ怒ってやがる。
「凪ちゃん、思ったより姉御肌...カッコいいかよ」
「怒ると口調変わるとか最高か...俺も怒られたいっ!」
なぜか横で2年の先輩たちは興奮してるし、何だこの状況。
月島も面食らった顔して動かねえし。
どう収集つけるんだよ..。
そうため息をついた時、パンパンっと音が聞こえた。
「ほら、2人の勝負が終わったんだ、俺たちも練習するぞ!」
澤村さんの一声が一瞬で場の空気を正すように、皆の意識が部活に戻っていった。
凪も何も無かった様にベンチへ向かい、月島は駆け寄ってきた山口となにか話していた。
それからは徐々にだけど、いつもの空気に戻りつつあった。
流石主将だ。