「うっ...一本も取れなかった...」
自主練も終わり、珍しく日向と影山と並んで帰る。
少し前には先輩達が楽しそうに談笑しながら歩いている。
澤村さんが皆に肉まんを奢ってくれるらしい。
「凪のサーブは、いい練習になる。」
「まぁ... お兄ちゃんと似てるから、青城と戦う時に絶対役に立つと思うよ。日向は今日初めてなんだし、毎日受けてればその内上手く行くよ」
私のジャンプサーブを一本も上手く上げることが出来なくて、見るからにしょげている日向。
悔しいけど、私のジャンプサーブは本当にお兄ちゃんに似ているから、上手く上げれる様になったら役に立つと思う。
「うぅ〜...凪が本気じゃないっていうのがまた...」
今日は影山のブカブカジャージを腕まくりしていて、ちょっと動き辛かった。
日向の言う通り100%の力だったか聞かれたら、多分80%くらいしか出せていなかったと思う。
「やっぱり明日からジャージ脱ぎたい。」
そう影山の視線を送る。
「...せめてハーフパンツなら許す。」
「えぇ...バレーパンツの方が絶対に動きやすいのに!」
ブーブー文句を言っていればとある店の前についた。
“坂下商店”
そう書かれた少し古いお店。
さっき先輩達に聞いたけど、ここは烏養監督がやってるお店で、バレー部御用達のお店らしい。
「いらっしゃ....て、お前らか。」
部活が終わってすぐお店に戻ったのか、タバコを咥えカウンターの中にいるのは確かに烏養監督だった。
「「ちわーっす!」」
さっきまで一緒にバレーをしていたと言うのに、大人って凄いなと思ってしまった。
ゾロゾロと大人数で入るわけにもいかず、とりあえず外で待っていると澤村さんがやってきた。
「ほら凪、お前も食え。」
「わ、有難うございます!」
そう渡されたのはホクホクの肉まん。
まだ少し肌寒いこの季節には熱いぐらいだった。
パカっと真ん中で割ってみれば、更に湯気が立ち上がった。
少しフーフーしてから頬張れば、いたって何処にでもある肉まんの味が口いっぱいに広がった。
そう。
何処でもある味だと言うのに、何故かジンっと心に沁みた。
「凪、小動物みたいだな」
「はは、確かに!」
そうケラケラ笑う先輩達に私はムッとした。
「それ、いい意味ですか?」
バレー部の皆はいい人達ばかりだった。
北川第一の時の男子バレー部は何と言うか少し殺伐としていた感じだったから余計にそう思ってしまった。
女子バレー部もそれほど仲がいいわけじゃ無かったし、烏野は本当に良いチームなんだろうな。
チラッと影山を見れば、私に気付き「なんだ?」と首を傾げていた。
最近影山のバレーを近くで見ていて、やっぱり変わったなぁと思う。
伸び伸びプレーできている感じ。
彼にはこちらの方が合っているという事だろう。
そんな事を考えながら、私は残りの肉まんを大事に食べた。
その後は皆で少し談笑し、解散となった。
帰り道が皆ばらけ、日向は自転車で今から山を越えるらしい。
ずいぶん遠くまで通っているんだなと思い、その背中を手を振って見送る。
「行くぞ。」
そう手を引くのは影山。
やっぱり最後は彼と2人になるのがお決まりになっていた。
私は特にその手を拒むことはせず、小さく頷いて帰路についた。
「なんで、急にバレー部入ること決めたんだ?」
歩き始めてすぐ、影山からそんな質問が飛んできた。
「...影山は、私がなんでバレー辞めたか知ってるっけ?」
「...知らねぇ。」
私は少し空間を見つめ、あの時のことを思い出した。
ぽつりぽつりと話し出せば、影山は黙って話を聞いてくれた。
中学2年に上がってすぐの事だ。
ちょうど影山とお付き合いを始めたぐらいだろうか。
青葉城西高校に入学したばかりの兄が、練習試合があると言うので母と見に行った。
入学したばかりだというのに、兄は中学時代の活躍もありレギュラーメンバーに入っていた。
部に入ったばかりだし、チームナンバーだって出会って間もなかったはず。
それでも兄のトスは誰が見ても完璧なものだった。
正直私のジャンプサーブは兄より上手いと思っていた。
けどセッターとしては?
私はチームメンバーの癖とか、その子の好みの位置とか、それを理解するのに最低でも半年は掛かっていた。
それなのに兄は数日でスパイカー達の100%の力を出せるトスを出せていた。
勝てない。
そう思ってしまった。
気付いたら、その試合を途中で見るのを辞めていた。
私は小さい時からずっと兄の後ろばかり追いかけていて、いつか絶対に追い越してやりたいって。
そう思ってたのに、あの試合を見てからそれが無理ってことに突然現実を突きつけられた...。
それからは全部やる気を無くしてしまった。
「....これが...私のバレーを辞めた理由。」
初めて人に話したバレーを辞めた理由。
影山は黙って前を向いたまま何も言わなかった。
こんな理由で辞めたのかって、呆れてしまっただろうか。
そう目を伏せれば、ピタッと影山が歩みを止めた。
「悪い...。俺、お前がそんな事考えてたとか何も知らないでいた。...聞こうともしなかった。」
「別に影山が謝る事じゃ...。」
「そん時、俺はお前と付き合ってたんだろ。一番支えてやらないといけない立場じゃねえか。」
サラッと少し冷たい風が彼の髪を靡かせた。
その隙間から見える瞳は、とても悲しそうで、私はなんて言おうか言葉に迷ってしまった。
「ちゅ、中学生だったしさ。そんな事考える歳でもなかったじゃん?」
そうヘラっと笑えば影山は繋いでいない反対の腕を私の背に回した。
ギュッと彼の優しい香りに包まれ、私は目を見開く。
「凪がそう思ってても...俺は今すごく後悔しかねえよ。」
「影山...。」
そうじゃないよ。
影山が気にする事なんてこれっぽっちもないのに...。
彼のドクドクと早い鼓動。
その音から、私はそっと耳を離す。
「この前、烏野と青城の試合を見てさ...私感動したって言ったでしょ?あれ本当なの。ずっと忘れてた、バレーが好きって気持ち...影山と日向の化け物速攻見て思い出したの。」
「...あれでか?」
「うん。あの後、色んな人に色んな言葉を貰って...それで、たくさん考えたの。1人でお兄ちゃんを追い越すんじゃなくて、私は烏野の皆とお兄ちゃんを...青葉城西を倒したいって!...だから。」
影山から一歩後ろへ下がり、真っ直ぐ彼を見つめる。
「影山...飛雄くん。私をそこまで連れて行って。」
今度は影山の目が大きく開かれた。
月明かりに照らされる綺麗なその青い瞳。
彼の目には、私は今どう映っているだろうか。
私が言っていることは、悪く捉えれば自分の欲望のために烏野バレー部を利用しようとしているだけだ。
こんなお願い、第三者かられば良い話ではないだろう。
けど、きっと影山は...。
「当たり前だ。」
そう口角を上げ笑った影山。
欲しかったその答えに、私は嘘偽りない笑顔で返事する。
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「なぁ、もっかい名前呼んでくれねぇか?」
「...だめ。」