「凪ちゃん。本当に大丈夫?」
キッチンで洗い物を済ませたタイミングで、清子さんに声をかけられた。心配そうな清子さんの顔に、私は微笑む。
「大丈夫ですよ。細かい事は私の方でやっておきますので、任せてください!」
「そう?じゃぁ、また明日。部屋の戸締りは気をつけてね。」
そう清子さんの背に小さく手を振り見送った。静かになった食堂を何となく見渡し、大きく息を吐く。
バレー部に入って数日。
チームメンバーともだいぶ馴染めただろうかと思った時、急に烏養監督から合宿をしようという提案が上がった。
てっきり皆泊まると思って準備してきたけど、清子さんは通いにするらしい。
確かに、女子って泊まりになると準備が色々必要だから通いの方が楽なんだけどね...。
私はこういうの経験した事ないから、好奇心の方が勝ってしまった。
昨日の夜は合宿と知ったお兄ちゃんもギリギリまで「絶対行かないで!!」って駄々こねてたけど、そんな心配するような事もないでしょう。
「もう皆お風呂済ませたかな?」
キッチンを片付け、暗い廊下に出ればヒヤッとした空気を肌に感じた。
正直ちょっと怖い。
皆は大部屋で一緒に寝るみたいだけど、私は鍵付きの個室を使わせて貰えることになったので、その部屋へ少し早歩きで向かった。
小さい頃はよく心霊番組とか見た後に、1人でお風呂も入れないし寝る事も出来なくて、お兄ちゃんに全部付き合ってもらったなぁ。
なんていうか、今その時と似たような...
ちょっと心がザワザワと騒がしい感じだった。
ピカピカっと切れかかっている蛍光灯が廊下の奥の方で見える。
すぐ横には窓が並んでいるが、外が真っ暗なせいでガラスは鏡となり私の不安げな顔を映している。
こういう時、絶対に振り返っちゃいけないよね。
というか瞬きする事すら怖いかも。
バクバクと心臓が段々早く動くのを感じながら、私はさらに足を早めた。
いっその事走って戻ろうか。
そう思った時だった...。
「凪?」
「きゃあぁ!!!」
突然後ろからの声に思わずしゃがみ込む。
「だ、大丈夫か?」
そう声の主はパタパタと私に駆け寄り、目の前にスッと手を差し伸べてくれた。
恐る恐るその手を辿りながら顔を上げれば、泣きぼくろが第一印象強めだった菅原さんがいた。
ほらっと手を掴まれ、私を立たせてくれる。
「悪い、急に声かけたから驚いたべ」
そうはにかむ菅原さんは、とても人懐っこい笑顔で謝ってくれた。
けど私の心臓はバクバクと今日一番の速さで鼓動を打っており、多分今ひどい顔をしているはず。
「い、いえ...私こそ驚きすぎてすみません。....ちょっと、廊下が怖かったもので。」
「ん?あー...確かに、女の子1人じゃ怖いか。」
そう言いながら私をじっと見つめる菅原さん。私は何だろうと不思議に思って首を傾げた。
「....あの、菅原さん。手...」
「え、あ、ごめんごめん!」
ずっと握られていた手をパッと離し、部屋まで送っていくよ。と優しい言葉を掛けてくれた。
正直まだ心臓がうるさいし、本当に怖いから、私は彼の提案を有り難く頂戴する事にした。
「部屋、こっち?」
「はい。皆さんの大部屋の入り口がある突き当たりですね。」
そう横に並んで部屋へ向かう事になった。
チラッと隣を見れば、影山や一君。それからお兄ちゃん以外の男の人とこうやって隣に歩くのは久しぶりの感じがした。
いつも皆背が高すぎて、ほぼ見上げている形になってたけど、なんというか菅原さんの背丈はちょうど良いって思ってしまった。
「凪はさ、バレー部だと影山と仲良いべ?」
「え?まぁ...同中でクラスも一緒ですし...それなりですかね。」
突然の質問に一瞬戸惑うも、取り敢えず当たり障りのない返答をしてみた。
「ふーん。なるほどなぁ。」
何か含みのある言い方に、私は怪訝な顔をした。
「あぁ、いや悪い!さっき皆で恋バナになってさ、凪にも聞いてみたいなーって思って...」
「恋愛、話ですか...。私、今恋愛とかする気ないんですよね。」
私の回答が意外だったのか、菅原さんは声を出して驚いていた。
「さっき1年達に聞いたけど、凪って学年で超モテるって、、告白とか多いんじゃないのか?」
「まぁ、結構モテますね。告白もつい一昨日ありましたけど、基本全部断ってます。」
「モテるって事否定しないんだな」
そうケラケラ笑う菅原さん。どこかおかしな事を言ったかな?
「そういう菅原さんは、誰かとお付き合いしたいとかあるんですか?」
「え、俺?まぁ、彼女欲しいとは思うけど...今はバレーに集中したいかな。」
受験もあるしな。と付け加えた菅原さん。
”今はバレーに集中したい“
何処かで聞いた事ある話だなと思った。
やはりバレーに恋愛に、2つ本気でやるってなると難しいのかもしれない。
それとも、恋愛に関してはバレーも合わせて本気で出来るって言い切れる相手が見つかっていないからなのか...
脳裏に影山と一君の顔が一瞬チラついた。
...私には答えがはわからないな。
菅原さんとそんな他愛もない話をしていれば、部屋の前についた。私はお礼を言って、大部屋に戻る菅原さんの後ろ姿に手を振った。
彼は部屋に戻ったら、人がいるっていう事が少しだけ羨ましく思えた。