「信介、おはようさん。」
朝練終わり、教室までの道のちでそんな甘えた可愛い声が、俺の脳ん中をふわっと揺らした。
声と同時に、自然と絡め取られた指先がじわじわと熱を帯びていって、それがゆっくり顔まで伝染していく。
「…おはよう。」
そう返したら、天音はちょっと頬を赤くして、にこっと笑い返してくれた。
……あぁ、ほんま今日も可愛すぎる。
ただな、周りの視線が、正直めっちゃ痛いんや…。
.
天音と付き合って、もうそろそろ3ヶ月。
気ぃついたことが何個かあるんやけど、まずひとつ目。
天音は、意外と――
いや、だいぶ積極的やねんな。
付き合った初日から人目なんてあんまり気にせんと、結構べったりしてくる。
今もこうして、俺の手を当たり前みたいに恋人繋ぎで握ってくれてて、なんちゅうか…嬉しい反面…心臓が持たん。ほんまに。
ふたつ目。
天音に送られてたラブレターとか、呼び出しとか、そういうんが前よりは減ったみたいやった。
「彼氏います」って事実が、抑止力になっとるんやろな。
…でも、なくなったわけちゃうねん。
時々、手紙の返事書いとる姿とか、昼休みや放課後に呼び出されとる事を知っとる。
みっつ目はな――
一つ目とちょっと繋がる話やけど、天音は、手を繋ぐ以上のことは自分からしてけえへん。
こう言うと、なんや俺が完全に受け身みたいに聞こえるかもしれんけどな……俺も、一応男やし。
当たり前やけど、天音と一緒におれば、手ぇ繋ぐだけで済むような気持ちじゃ済まん時もある。
ハグとか、キスとか……その先のことも、そりゃ、したいって思う時はあるんや。
……ほんの数日前やったか。
なんとなくやけど、「あ、今キスできるかもしれへん」ってタイミングがあってな。
俺はそっと、天音の顔に近づいたんやが…
何でか避けられてもうた。
「あ、ご、ごめん…びっくりしてしもて……!」って、天音は可愛く笑ってたけど。
その後、何か言うわけでもなく、そのままバイバイしてもうたんや。
俺としては……正直、落ち込んだな。
避けられたって思うと、何があかんかったんやろとか、ぐるぐる考えてもうて、何日かちょっとだけしんどかった。
けどな、天音は次の日も、またその次の日も、いつもと変わらん笑顔で俺に接してくれて。
……ほんまに、ただびっくりしただけやったんかもしれへんな、って思うて。
ただ、それを確かめようにも、お互い部活が忙しくなってしもて時間が合わん。
せやから、ちゃんと2人きりで話せる時間っちゅうもんが、取れてへん。
「信介、どうしたの?なんか、怖い顔してる……」
「っ……悪い、なんでもないわ。」
……ほんまは、なんでもないことないんやけどな。
「ふーん、変な信介〜!」
そう言うて、くすくすと笑う天音は、相変わらず上品で。
今日も、まるで椿の花みたいに――凛として、華やかな空気を纏ってた。
……ほんま、可愛すぎるねん。
.
ヴヴッ。
朝練の疲れがまだ体に残ってて、1限目はどうにも眠気が勝っとる。
決して授業中に寝たりはせぇへんけど、ポケットの中でスマホが震えた瞬間、思わず小さく体が跳ねてもうた。
それくらい、意識がちょっと遠のいてたっちゅうことや。
前の黒板で、先生がせっせと板書しとる。
バレへんように気ぃつけながら、机の下でそっとスマホを開いた。
[土日って、部活?」]
メッセージと一緒に、狐がハテナ浮かべた可愛いスタンプが届いてた。
勿論こんなメッセージを送ってくるのは天音だ。
……明日と明後日か。
隣をそっと見れば、天音がニコニコ笑いながら、こっち見とった。
その笑顔、ほんま、何回見ても見飽きへん。
見とれてまいそうになるけど、返事せんとな……。
土曜は確か、午前だけ練習が入ってたはず。
日曜は休みやったな。
頭の片隅でスケジュールを確認しながら、慣れた手つきでメッセージを打って、送信する。
[土曜の午前だけあるわ。日曜は休みや。」]
送ってから、また天音の方見てみたら、今度はちょっと嬉しそうに頷いてた。
……なんやろな。
ただそれだけのやり取りやのに、胸の奥がふわっとあったかくなった。
逸らしていた視線を再度天音に向ければ、スマホの画面を見てニヤニヤしてる横顔があった。
……あかん、また見惚れてまう。
ヴヴッ
[明日、うちにお泊まり来ん?親が旅行で1人寂しいねん]
ゴンッ。
「お?…北、どうしたんや?」
「っ…いえ、すんません。なんでもないです。」
思わず机の角に額をぶつけてもうて、ジンジンと痛むこめかみを押さえる。
その間にも、スマホを握る手に自然と力がこもってもうた。
怖々と、再び隣を見れば──
天音は少しだけ頬を赤くしながら、チラチラとこちらの様子を伺っていた。
……その顔見てたら、こっちまで顔が熱うなってきた。
──そう、いうことやんな…?
俺が思ってる意味で、合ってるんか…?
……落ち着け、俺。
冷静や。
冷静…。
[いく。]
少し迷った末に、たったそれだけを返した。
けどその直後、待ってましたと言わんばかりに、狐の「OK」スタンプが届いた。
……くそ、可愛えぇな。
いや、ちゃう。
今はそれどころやない。
部活終わったら、薬局寄らなあかんな…。
べつに、そうなるって決まった訳やないけど。
もしも、もしもの時のために備えとかな。
ただ、いざ買うとなると、未経験の身からするとどれ選んだらええんか全然分からん。
サイズとか、種類とか、色々あるらしいって話は聞いたことある。
誰かに聞く訳にもいかんし……。
……しゃあない、調べるしかないな。
スマホ片手にそんなこと考えてたら、また通知が来た。
[信介が好きな、豆腐ハンバーグ作るね]
……やられた。
なんやろう、この一言で一気に肩の力が抜けた。
ほんま、天音って、こういうタイミングで心をふわっと掴んでくる。
一緒に食卓を囲んで、笑って、そんな時間を過ごせるだけでも十分幸せやのにな。
せやけど、やっぱりどこかで天音と、そういう関係になれることを期待してる自分がおる。
もちろん無理強いなんかする気はない。
けど、もしも天音も同じ気持ちでいてくれてるなら……
ちゃんと、大切に、その気持ちを受け止めたい。
……頼むぞ、冷静な俺。
二章始まりました。
ガンガンR18入れたいので、苦手な方は一章で完結として頂ければと思います!