-1年生の時の話
神崎、天音──。
今、この名前知らん生徒は、学校にはおらんやろな。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
物心ついた頃からずっと一緒におる私ですら、彼女のことを表すには、まさにこの言葉がピッタリやと思う。
けど、見た目だけやない。中身も、ほんまに綺麗なんや。
そんな彼女と幼馴染でおれるなんて、私にとっては何よりの誇りで、自慢で、宝物みたいなもんや。
いつも一緒におって、どんな話も分かち合ってきた。
そう思ってたんやけどな。
ほんの数日前、私と天音はこの事でちょっと事件があった。
「はぁ。…まだ部室か?」
部活終わり、自主練も済ませて、今はもう誰もおらん女子更衣室。
着替える前に手に取ったスマホに映るそのトーク画面は、数日前にぎこちない感じのやりとりから一切動きがなかった。
今日、美術部は休みのはずやけど……
朝、「描きたい絵があるから部活行くわ」って言うてたし。
普段やったら、部活終わる頃には「帰ろ〜」って連絡くるのにな……
ないってことは、夢中になって時間忘れてんねんな、きっと。
「迎えに行こかぁ……」
小さくため息ついて、さっさと着替え終わらせた。
更衣室から美術室へ向かう途中の廊下には、先日のコンクールに出された作品が、ズラッと並んでた。
そういや、今日から展示って朝会で担任が言うてたな。
歩く足を自然とゆるめて、名前を一つひとつ追っていく。
「あ……これや。」
記憶に残ってた作品名と、何度も見てきた大切な名前が並んでる。
そのプレートの後ろにある絵。
天音の描いたもんをじーっと立ち止まって、見入る。
絵のことなんて正直よう分からへん。
せやから、なんでこれが賞に選ばれへんかったんか、私には全然わからん。
贔屓目やない。めっちゃ綺麗やし、部屋に飾って毎日眺めてたいくらいやと思ってん。
でも……。
選ばれへんかったんやな。
「……。」
なんか、モヤッとして、心に引っかかったまま、私は踵返して美術室へ向かった。
あの絵が選ばれんかった事で、つい先日までかなり落ち込んどった天音。
数日、学校を休んでた。
ずっと絵と向き合ってたらしいけど、久々に顔見た時にはケロッとしてて……
なんか……ちゃんと目を見れへんかった。
あんな元気のない天音見たんは初めてやったし、どう声を掛ければいいか迷って..結局なんも出来んかったからや。
私ら、どんなちっちゃい悩みでも打ち明け合ってきたはずやのに……
今回だけは、何にも言ってくれへんかった。
私に相談せんかったこと、寂しいと思ってもうてん。
だから元気に戻ってきた天音を見た時は、少し複雑な気持ちになった。
でも、悪いんは私かもしれへん。
”天音はきっと私に話してくれる”
そう思い込んで、なんも行動出来へん…いや、行動せえへんかった自分が悪いんや。
せやから、「なんで相談してくれへんかったん?」なんて言葉、言えるわけない。
でも……
また筆を取って、絵を描いてるって、それだけはほんまに嬉しかってん。
ーガラッ
「天音、帰るで?」
扉を開けた瞬間にツンっと香る美術室独特の香り。
部屋を見渡せば、キャンバスが1つだけどーんと真ん中にあって、そのそばに天音の鞄。
けど本人はおらへん。
……トイレか?
描きかけのキャンバスの前まで近づいて、じーっと見た。
まだラフやな。全体像はようわからん。
でもな、不思議と……
絶対ええ絵になる、って思ったんよ。
無意識にキャンパスへ伸びたかけたその手を、風がふわっと遮った。
自然と視線を窓の方へ向ければ、オレンジ色の光が差し込んでて、色とりどりに汚れたカーテンをキラキラと光らしとった。
ーーその向こうに、天音の影が見えた。
あぁ、外おったんやな。
「……天音!」
「きゃっ!?りょ、凌ちゃ!?びっくりした〜!」
なんか考え事してたんやろか、私の声にめっちゃ跳ね上がってた。
びっくり顔が可愛すぎて、つい笑うてもうた。
「も〜!心臓飛び出るかと思ったやんか!」
「はは、ごめんごめん。何してんの?帰ろ?」
ぷくっと膨れた頬をツンと突いたら、キョトンと見上げてきて…。
「え、もうそんな時間なん?」
「うん、もうすぐ6時やで。」
「そっかぁ……。」
その瞬間や。
天音の顔にふっと影がさした。
私もそれにつられて、思わず顔がこわばった。
何かに、悩んでいる。そう瞬時に察したからや。
天音は何も言わず、静かに手すりに手置いて、遠くを見つめてる。
また、何も言わへんのやろか。
いや……違う。
「……天音」
自分から行かな...。
「……私じゃ、あかん?」
あぁもう、なんて聞き方やろ。
意味分からんわ、自分でも。
けど、これが精一杯やった。
私は唇をキュッと結んで、足元に視線を落とした。
「凌ちゃん」
落ち着きのある声に、ハッとして顔上げた。
天音は遠くの空を見たまま言葉を続けた。
「廊下の絵、見た?」
「……うん」
「どう思った?」
その手にグッと力が入ったのが分かった。
私は、なんて答えたらええんやろ。
なかなか口開けへん私に、天音が先に言うてきた。
「もう元気なった、なんて言うたけど…戻ってきたあの絵見たらな……なんか、やっぱり…やっぱり悔しいって、そう思ってもうて…」
だんだん震え出す天音の言葉。
ひゅっと息を呑んだ。
横顔しか見えへんけど、確かに天音の目からはポタポタと大きな涙が溢れ落ちとった。
その姿見た瞬間、胸の奥がギュッとなって、息するんもしんどなった。
「そ、そんなん当たり前やんか!!私かて天音の絵が選ばれんかったの、めっちゃ悔しい!!あんなに頑張ってたんやで!?」
「っ...凌ち──」
「悔しがってええんやって!!落ち込んでええ!!せやけどな……1人で抱えんといてや…その悔しさ、私にもちょっと分けてや…!」
叫ぶように言った私も、肩で息して、涙が止まらんかった。
「ぅっ……ごめ…ごめん、凌ちゃんっ」
大きな瞳と、目が合う。
変わらずポロポロと涙をこぼしながら、そっと手を伸ばしてきた天音。
私は迷う事なく、その手を引いてぎゅうって抱きしめた。
「私っ…こんな…こんな嫌な私、凌ちゃんに知られたくなかって…。嫌われたら、どないしよってっ…だから、凌ちゃんに、言われへんくてっ…。」
「アホか、嫌いになんかなるわけないやろ!!」
「……うっ……」
「私もな、なんて声かけたらええか分からんで……結局なんもできへんかった。ほんま、ごめんな」
「うぅっ..ごめん、凌ちゃん…ごめんなさぃ」
タガが外れた様に私の肩で泣きじゃくる天音。私もつられてワンワン泣いた。
もうすぐ日が沈む。
でも、オレンジ色の光は、優しく、暖かく、私達が泣き止むまで照らしてくれていた。
「……ほんま、天音も私も、アホやな」
この15年、初めて努力が報われず、欲しいもんを手に入れられへんかった彼女。
その悔しさ。妬ましさ。嫉みさなど..皆が抱いて当たり前の負の感情を知ってしもたんや。
よくぞここまで捻くれずに生きてこれたな、なんて思ってまう節もあるけど…。
今まさにちゃんと向き合うて、乗り越えようとしてる。
…それが彼女を真っ直ぐ成長させたんかもしれへんな。
.
「凌ちゃん……ありがとうな。」
暗くなった帰り道。
自然と繋がれた手を緩やかに前後に揺らしながら、不意に天音が発した感謝の言葉。
横見たら、シュンってしてしおらしゅうなってた。
「なんや〜、また泣きそうなん?」
「ち、ちゃうわ…。でも、凌ちゃんおらんかったら、一生あのベランダに居座ってたかもって…」
「なに言うてんねん。まったく天音は……よう学校で女神様やれてるわ。あんなうわぁん言うて泣いて、みんな聞いたらびっくりして腰抜かすで?」
「むっ!凌ちゃんかて、えーんって泣いてたやん!」
「あ、うそや!それは誇張やって!!」
ヒートアップしていく言い合い。
ついには手を離して向かい合う。
お互い怖い顔をしたまま顔を睨み合わせたが....
「ぷっ」
「ぷふっ」
それが本当におかしくって、2人同時に吹き出した。
「あはは!なにその顔、めっちゃウケる!!」
「ふふっ、凌ちゃんかて、眉毛タテなっとったで!」
暗い道ばたでふたりして腹かかえて笑ってたら、通りすがりのおっちゃんにめっちゃ変な目で見られた。
けど、もはやそれすらおもろくて、しばらく私らは笑いが止まらんかった。
「あー、お腹痛っ。ほな、帰ろ!」
差し出された手をまた握り返す。
「天音、もう相談事はちゃんと話すって、約束やで?」
「はいはい、わかったわかった〜!」
めっちゃ機嫌よく腕を振って歩く天音見て、私も口角がゆるんだ。
そして家が近くなった所で、天音は突然何かを思い出した様に声を上げた。
「なぁ、早速やけど、相談したいことあるんやった」
「ん?なに?」
「私さ、好きな人できたかも!」
「…………は?」
この出来事から約2年。
私は約束通り、“北信介”の事について全て相談を受けた。
複雑極まりないわ!!
せやけど、恋する天音はほんまに可愛いねん。
せやから、その話もまたどこかで聞いてほしい。
……でも最後にもう一回だけ言わせて。
めっちゃ複雑な気持ちやねん!!!
-fin-
香雪蘭 (フリージア)
花言葉: 「親愛の情」「友情」「感謝」
幼馴染の凌ちゃんが夢主へ抱く想いを描きたかった、笑