とても真剣やった。
4限目の自習時間、教室がざわざわしてる中で、きちんとペンを動かしてる生徒なんて数えるほどしかおらん。
けどその数少ない中に、女神様は含まれとった。
ただ、ふと目に入って気になったんは、そのペン先が走ってる先がノートやのうて、ひとまわり、いや、ふたまわりくらい小さな紙やったことや。
「天音、…何書いとるんや?」
そう声かけると、顔を上げずにあっさり言う。
「んー、ラブレターのお返事。」
……ラブレターの、お返事?
「……ぁ、い、いや違う!こ、これは、その、凌ちゃんと文通しててな!!」
声が裏返るほど慌てとる。
なんでやろな。
そないに焦らんでもええやん。
考えてみたら当たり前の話やんか。
天音は、皆が恋焦がれる存在や。
ラブレターのひとつやふたつ、もらってても何も不思議やない。
むしろ、ない方が不自然やろ。
せやから、俺が驚いてるんは、そないなことやない。
「……ちゃんと返事、書いとるんやな。」
「えっ……あー、まあ、仲良しやからっていうか——」
「ラブレターやろ。いつもちゃんと返事しとるんか?」
ちょっと食い気味に訊いてもうた。
自分でも声が硬かったんに気づく。
「うっ……うん。」
天音は小さく頷いて、ちょっとだけ視線を逸らした。
そんな姿に、胸ん中がなんや妙な音立てた気がした。
俺は、ラブレターなんて貰ったことあらへん。
書いたこともない。
せやから、渡す側の気持ちも、受け取る側の気持ちも、どっちも知らんねん。
けど、もし自分が渡す側の立場でそんな返事をもらえたら、それだけで報われる気がする。
「……大変やないんか?その、量も……結構多いやろ?」
正直、心配なんか、嫉妬なんか、自分でもよう分からんかった。
ただ、天音が誰かの言葉にちゃんと向き合ってるってことが、誇らしくもあって、ちょっとだけ苦しかった。
「せやなぁ…。正直、ちょっと大変やし、めんどくさいなぁって思う時もあるんよ?でもな、この文字書いてるときの気持ちとか、下駄箱に手紙入れるときのドキドキとか…そういうの考えたら、な。“勇気出してくれてありがとう”って、その気持ち、私もちゃんと返したいなって思うねん。」
彼女はあくまで自然体で、けれどしっかりと芯のある声でそう言った。
……なんやろな。
俺が手紙出したわけやないのに、話聞いてるうちに、何でか気持ちが重なってもうた。
送った誰かの気持ちに想いを馳せとったら、知らん間に目頭が熱うなった。
じわっと視界がにじんで、気ぃついたら俯いてたわ。
ああ……
なんや、改めてわかった気がするわ。
天音が何で「女神様」って呼ばれとるんか。
天音はな、人への思いやりが深い。
それも、ただ優しいだけやない。
言葉の奥までちゃんと拾って、見えへん気持ちまで受け止めようとしてくれる。
そんな気遣いの一つ一つが、まっすぐで、あたたかくて……。
それになんや、周りまで自然と笑わせる明るさもあって。
誰かが落ち込んでると、そっと寄り添える包容力もある。
おまけに、自分の意志をちゃんと持っとる芯の強さまであって、でも決してそれを押し付けたりせぇへん。
——ほんま、完璧やろ。
惚れ直してまうわ。
「し、しんす、け?」
か細く震えた声が、俺の名前を呼んだ。
俯いていた顔を上げると、女神様——。
顔は真っ赤で、両手で口元を覆ってる。
けど、目はまっすぐ俺を見てて、その目尻が、ほんの少し潤んどる気ぃした。
……なんやこれ。
俺、なんかやらかしたか?
「北、まさかの公開告白か?」
「いや、流石にすごい勇気すぎる。」
「てか、やっとかよ。」
なんで皆、そんなにざわざわしとるんや。
「信介、全部口に出てたで。」
……は?
何を言ってんねん、大耳。
いや、そんなはずない。
俺はただ、自分の中で、心の中で思っただけのはずや。
頭の中で言葉を反芻して、気持ちを整理しようとしてただけで……って、まさか。
まさか、ほんまに……?
「……全部、って、どこからや。」
声がうわずる。
俺にしては珍しく、完全に動揺してる。
「天音は人への思いやりが深い。..あたりか?」
俺は言葉を失った。
ほぼ最初からやん。
……やってもうた。
ザワザワとした空気が、教室全体に広がっていく。
誰かが声を潜めて笑い、誰かがこそこそ話し、誰かが「マジで…?」と信じられないという顔でこっちを見ていた。
俺は……完全にフリーズしてた。
何が起きたのか、頭では分かってるのに、身体も声も動かへん。
その時、先に動いたのは天音やった。
「わ、私トイレ!!」
バタバタッと音を立てて席を立ち、逃げるように教室を出ていくその背中。
その後すぐに、授業終了の鐘が鳴った。
教室中が、今の出来事の余韻に支配されていた。
「...やってしもた。」
思わず口から漏れた言葉に、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。
バカか俺は。
いや、自分の中だけに留めておくつもりやったんや。
「北、お前マジでカッコよかったぞ」
「惚れた」
「てか、女神様の顔ヤバかったなぁ……赤すぎてトマトかと思ったわ」
周囲の奴らが勝手に盛り上がってるが、正直今の俺には耳に入らへん。
天音は……大丈夫やったやろか。
嫌な気持ちになってへんかったやろか。
気になって仕方ない。