09



ナミさんの手にあるものは、わたしの肌から離れるまでは、きちんと涙だった・・・
それだ。
実際にわたしの目からそれが零れ落ちる瞬間を間近で見ていたのはナミさんだけだったから、他の皆さんはまだあまりピンときていないようで。ゾロさんが怪訝そうに問う。


「おいナミ、そりゃなんだ? ガラスか?」
「違うわよ! よく見なさいこれを!」

そう言いながら、ナミさんはそれを手のひらの上に乗せて、皆さんに見せびらかすようにした。ナミさんの周りに人が集中する。手のひらで光るそれを、わたし以外の全員が凝視している。


「なんだァ? 透明な石ィ?」
「やっぱりガラスじゃねェか」
「まァ待てお前ら! おれ様にもっとよく見せてみろ! すぐ当ててやるぜ〜? あーこれはだなー」
「いやクイズかよ。アホか」
「なんだこの石! きれーだな〜〜!」
「ダイヤモンドね」
「そうそうおれもそう言おうと……って何ィ〜!?!? ダ、ダイヤモンド〜!??」


結局、それの正体がダイヤモンドだと見抜いていたのはナミさんとロビンさんだけだった。サンジさんはもしかして、と思いはしたらしいけれど、まさか本当にそうだとは思わなかったみたい。
“ダイヤモンド”。その名前を聞けば、ウソップさんを筆頭に、女性二人以外の皆さんが大声で驚きを表現していた。誰しもが知ってる宝石。それが今、ナミさんの手の上にある。


「なんでお前ダイヤなんて持ってんだ?!」
「だーかーら! この子の目から出てきたのよ! 涙の代わりみたいに! 今それについて説明してもらおうとしてんのよ分かった!?」

ビシッとわたしを指差して言うナミさん。一気に視線がわたしに集中する。

「目から宝石〜?! なんだそれすんげェな〜!!」
「目ェどうなってんだ……?」

なんだかわからないけれど、突然褒められて(?)少し照れ臭かった。でもどうやら照れてる場合なんかじゃなかったようで、若干興奮気味のナミさんに早く説明をするようにと迫られた。
ただ、わたしは少し困ってしまった。説明したい気持ちは山々だけれど、わたし自身、これについては本当によくわかっていないのだ。わたしはその旨を伝えようと、ゆっくりと口を開いた。


「期待を裏切るようで、すごく申し訳ないんですけど……正直、わたしもよくわかってないんです。体質、としか……」
「体質?」
「はい……昔から何かあって泣くと、わたしの涙は肌から離れた瞬間に宝石になりました。今回はダイヤモンドでしたが、その時々で変わるみたいで。どういう時に何の宝石になるのかは、分からないんですけど……」


うーん、と考え込むナミさん。その様子を見ながら黙って座っていると、わたしのいる方にチョッパーさんが歩いてきた。なんだか不安そうな顔をしているように見えて、チョッパーさんにどうかしたのかと聞くと、目を見せてくれと言われた。少し屈んで、チョッパーさんにわたしの目がよく見えるようにした。
すると、チョッパーさんは「ちょっとごめんな」と言ったかと思いきや、その蹄を器用に使ってわたしの目を強制的に少し開かせたりして、じっくりと見始めた。内心、すごく戸惑ったけど、チョッパーさんがあまりにも真剣な顔をしていたから、何も言わずにいた。
ほんの少しわたしの目を観察して、しばらくしてチョッパーさんはわたしから離れる。そのままわたしを見上げながら言った。


「目に異常はなさそうだな」
「へ?」

チョッパーさんの言葉に、呆けた声を出してしまう。そんなわたしの様子を気にすることもなく言葉を続けるチョッパーさんに、わたしの頭にははてなマークがいっぱい浮かび上がった。だってチョッパーさん、まるで――


「涙が宝石になるなんて、おれ聞いたことなかったから。もしかしたら目の病気かもしれないと思って診せてもらったんだ」
「えっ、あの、」
「いきなりびっくりさせてゴメンな!」
「ちょ、チョッパーさん、え、? そんな、まるで、お医者さんみたいな……」
「うん。医者だぞおれは」
「えええ!?!」


あまりの衝撃にとても大きい声を上げてしまった。ウソップさんの「まー当然のリアクションだな」と言う声がどこかで聞こえた気がした。こんなに可愛いぬいぐるみみたいなトナカイが、喋って、しかも、お医者さん!?えっなんっ……何、え!?!

今現在、わたしの頭の中は大混乱を起こしている。だって、トナカイのお医者さんだなんて聞いたことがない。いや、そもそもあまりの可愛さに流されつつあったけれど、トナカイと“名乗る”トナカイってどう考えてもおかしいのでは。この海に出て、もっと広い世界を知れば、チョッパーさんのような不思議な生き物がたくさんいるのだろうか。

そんな考えが頭の中をぐるぐるとしているわたしは、周りから見るとぼーっとしているように見えたらしくて、少し離れたところにいるルフィさんが「おーい、エマー?」と、わたしの顔の前で手を振る。
…………少し、離れたところにいるルフィさんの手が、どうしてわたしの目の前に?届くはずがないのに。
一度頭の中をリセットするべく、ぎゅっと目を瞑り、ぱちりと目を開けて見えた光景にわたしは言葉を失った。


「っ!?」
「どうしたんだよエマー」
「手、が……伸びた……!?」


そう。ルフィさんがいる位置から、わたしのいる位置に、ルフィさんの手が届くはずはない。それなのにルフィさんの手が今実際にわたしの目の前にあるのは、彼の手が伸びていたからだった。びよーん、と。そう、言わばゴムのように。わたしが驚きを呟くと、ルフィさんは伸ばしていた手を引っ込めて、無邪気に言った。


「あァ、おれはゴム人間だからな! もっと伸びるぞ!」
「ゴム、人間……!?」
「あ、そうそうエマ。言い忘れてたけど、ルフィはゴムゴムの実を食べたゴム人間なの」
「いやっ、えーっと……まず、ゴムゴムの実ってなんなんですか……?」


ナミさんの言い忘れがどうとかの問題ではなく、さっきから見たこともない聞いたこともないものがたくさん出てきて、頭の中がパンクしそうだ。ゆっくりと、一つずつ、整理していこうと、一旦深呼吸をして心を落ち着ける。
聞くに、ルフィさんは“ゴムゴムの実を食べたゴム人間”ということだそうで。まずゴムゴムの実、という実を初めて聞いたわたしがナミさんに問うと、ナミさんは「悪魔の実よ」と答えた。悪魔の実……それは、色んな種類があって、更にこの世界にいくつも存在していて、一口でもかじると特殊な能力を手に入れることができる果実だと、教えてもらった。


「ええっと、つまりルフィさんは、その“悪魔の実”を食べて体がゴムになる能力を手に入れた……ってことであってますか……?」
「そういうことだ!」
「は〜〜……! 世の中にはそんな、悪魔の実の能力者、なる方々がいるんですね……!」

知らなかった世界のことをまた一つ学んで、感動する。未だに戸惑いは大きいけれど、それよりも今まで以上に世界に対する興味が湧いた。

「悪魔の実のこと自体知らなかったんじゃ、驚いて当然よね。混乱させて悪かったわ。ちなみにチョッパーとロビンも能力者よ」
「えー!? お二人も!?」
「チョッパーはどう見てもそうだろ」

ゾロさんにそう言われて、ハッとする。チョッパーさんは別に、不思議な生き物なわけじゃなかったんだ。至って普通のトナカイが、二足で立って言語を使って、お医者さんになることができるような、悪魔の実を食べたんだ。わたしが好奇心から、なんという実なのかと聞いてみると、チョッパーさんは“ヒトヒトの実”。ロビンさんは“ハナハナの実”の能力者であると、教えてもらえた。
混乱してぐちゃぐちゃに絡まり合っていた情報達が、やっとすっきりと一本につながった。


「すごいですね……! 能力者、なんて……なんか、かっこいいです!」
「あ、あんたねェ……」
「なにッ……!? オオ……オオ……! おれは今ほど能力者を羨ましいと思ったこたァねェ……!! おれも……おれもエマちゃんに……かっこいいって言われたいー!!」
「……アホ」
「あァ!? ンだとクソマリモやんのか!?」
「上等だコラ!!」


かっこいい、と本心を言うと、ルフィさんとチョッパーさんが嬉しそうに照れ笑い、ロビンさんはクスクスと笑っている。ナミさんとウソップさんには呆れられてしまって、サンジさんとゾロさんは、何故かケンカをしている。サンジさん達の会話をあまり聞いていなくて、詳細は分からないけれど、このお二人は仲があまり良くないのだろうか。サンジさん、すごく優しいのに。こういう風になることもあるんだ……あ、仲が良くないんじゃなくて、逆に気を許し合ってる仲だからこそなのかも!と、ひとり頭の中でそんなことを考えていると、ナミさんが突然「あっ!」と大声を上げた。


「どうしたんだ? ナミ」
「今、ふと思ったんだけどね……チョッパー、涙が宝石になる病気なんてないのよね?」
「う、うん。少なくともおれは聞いたことなかったけど、ハッキリないとは言い切れないよ」


チョッパーさんの言葉を受けて、ナミさんはそういう病気が存在しなかったとしたら、と仮定の形で、こう言った。



――エマ。あんた、悪魔の実の能力者なんじゃない?




不思議、それは無知ゆえに
(わたしの世界はあまりにも狭すぎたのです)


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