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ナミに自分が能力者である可能性を示されたエマは、一度目を見開き、そしてすぐに首を横に振った。


「で、でもわたし、そんな実を食べた覚えは……」
「んーそうよねー。能力って言うにしちゃ地味だし」
「じ……地味っ……」
「あんたが泳げないのももしかしたらそのせいかと思ったんだけど」


地味と言われたことにショックを受けるエマを気にすることもなく、ナミは顎を触りながら思考を巡らせている。ずーん、という効果音が聞こえてきそうなほどに落ち込んでいるエマを見たルフィ達は、わたわたと彼女に何かしらの励ましの言葉を投げかけている。必死な彼らのその様子を横目に見ながら、ナミの意見を聞いて何かをおもんみたらしいロビンが、その知恵を頼りに話し始めた。


「……そういえば、思い当たる実がひとつだけあるわ」
「えっ本当? ロビン」
「ええ。すごく印象的だったから、それだけ覚えているの。……でも、幻中の幻と言われるくらいで、実の存在すら疑われているものよ。どの本にも、その実について詳しいことは書かれていない。おそらく、希少価値が高すぎて情報を得られないのでしょうね」
「ってどんだけ珍しいんだよ。まァでもよ、そんなに珍しい実ならエマが食った可能性はかなり低いんじゃねェか?」

そうウソップが言うと、その場にいるロビン以外の全員がうんうん、と頷いた。
悪魔の実自体、ある海では伝説と呼ばれるほど希少なもの。“偉大なる航路”では悪魔の実の能力者に何人も会ったにせよ、現にこの“偉大なる航路”に属するビビリ島に住むエマでさえ、悪魔の実そのものを知らなかった。そんな悪魔の実の中で、更に“幻中の幻”と呼ばれる実が、こんな小さな影の薄い島にそう簡単にあるはずがない。しかもそれをこの至って普通の少女が食べたなどと、そんなことがあるはずがない。
と、エマも含めた全員が、そう思っていた。


「一応聞いてはみるんだが、ロビンちゃん。それはなんていう実なんだ?」
「“ジェムジェムの実”よ」


ロビンの口から発せられた幻の悪魔の実の名前は――“ジェムジェムの実”。
如何にも宝石が関係していそうな名前である。

実の名前を聞いたルフィ達は、それぞれ思い思いのリアクションを見せた。


「ジャムジャムゥ?? うわっ、甘そうだなそりゃ」
「あ、甘いのかッ!? ジャムジャム!」
「違うぞルフィ、ジャムじゃねェ。ジェムジェムっつったろ、宝石だ! チョッパーも騙されんなよ!」
「なに!? なになに!? なんなのそのすごく素敵な響きっ!! ヤダ欲しいっ!」
「ナ、ナミさんの目の輝きようがすごいです! キラッキラです! まるで宝石のように輝いてます!!」


はしゃぐルフィ達とは別に、年上の三人は落ち着いた様子でそれを見ていた。クスクスと笑うロビンと、馬鹿っばかりだなと呆れるゾロ。そしてナミとエマのやり取りのみ・・
を見て「か〜わい〜いなァ〜〜」と鼻の下を伸ばすサンジ。
ふと、「で!」と声を上げたウソップがロビンにまた問いかける。


「その“ジェムジェムの実”の能力って一体どんなんだ? それすらわかってねェのか?」
「いいえ。一応、書かれてはいたわ。圧倒的に情報不足の実だからそれだけとは限らないけれど、一般的に認識されているのは、“体から宝石を生み出すことができる”能力ね」
「えー!? そんな実、食べたら宝石生み出し放題じゃねーか! 一瞬で億万長者になれそうだな!」
「キャー! 素敵〜っ! 億万長者っ!」


再びはしゃぎ始める彼らだったが、それはこのままでは何一つ話が進まない、と進展のなさにやきもきしたゾロによって鎮められる。


「幻の実だかなんだか知らねェが、結局そいつはそんな実食ってねェんだろ。だったら関係ねェじゃねーか」
「そうだった……幻なんだった……」
「甘い、甘い幻だったわ……」
「なんで落ち込んでんだよ……」

自分の言葉で一瞬で一気に落ち込む仲間を見て、驚きつつも呆れるゾロ。
その様子を見ていたエマは、ここでもう一つの告白をすることを決意した。その告白をしたところで、エマが“ジェムジェムの実”の能力者である確率がかなり低いことに変わりはないが、可能性が0でもないことを伝えることにしたのだ。


「あの……」
「ん?」
「わたしさっき、昔からこの体質で、ってお話したと思うんですけど」
「そうね。そう聞いた」
「えと、実は、わたしの言う“昔”っていうのは、わたしが7歳の頃からのお話でして、」


少し緊張気味に話すエマの言葉に、首を傾げる一同。何を言っているんだ、とでも言われてしまいそうな雰囲気に、エマはもっと分かりやすく説明しなければと、言葉をストレートにした。


「7歳より前の記憶がないんです」
「!!?」
「だから、その“悪魔の実”なるものを食べたことがないとハッキリ言えるのは、7歳の頃からのことで……それ以前の、わたしの知らない記憶の中では食べたのかもしれないっていう、その、可能性は0ではないですよっていう、あのっ……」


彼らの表情が驚いた顔のまま固まってしまっている状況に気まずくなったエマは、どんどん口を籠らせた。もごもごとまだ何か話そうとしているエマに、最初に声をかけたのはチョッパーだった。また彼女の近くまでちょこちょこと行くと、見上げるように彼女と目を合わせる。


「お前、記憶喪失なのか?」
「あ……はい、そうみたいです」
「……なんで記憶喪失になったのか、聞いても大丈夫か?」
「え、はい、全然……えっと、階段から落ちて頭を打って、それで目が覚めたら何も覚えていなかった……って、村長さんに教えてもらいました」


エマの回答に少し考え込むようにして、チョッパーは真剣な目でまた彼女を見つめた。


「本当か? ……その、村長が言う話は、真実なのか?」
「……え?」
「……階段から落ちて頭を打ったってことは、たぶんだけど、エマはその時脳震盪になったんだ。脳震盪の症状の中に記憶障害は確かにあるけど、生まれてから7歳までの記憶丸ごと、今でもずっと喪失してるなんて……流石に変だぞ」


チョッパーは船医であるが故、医学の知識に長けている。そのために、エマの話に誰よりも違和感を感じたのだ。当然のことながら、記憶喪失になっている彼女自身が、記憶喪失になってしまった原因を知っているはずはない。彼女が記憶喪失になった原因を、誰かに――この場合は村長に――聞いたというのはごく普通のことだ。しかし、その内容に違和感を感じざるを得なかった。チョッパーには、エマの言う村長の話が、まるで、医学の知識のない者が咄嗟についた嘘・・・・・・・・・・・・・・・・・のようにしか聞こえなかったのだ。
チョッパーの言葉に自分でも不思議なほどに不安感を覚えているエマが、つまりどういうことなのか、と遠慮気味にチョッパーに問うと、チョッパーは何かに気付いたようにハッとすると、突然その表情を明るくした。


「なっ、なんてな! これはたぶんおれが知らなかっただけだ! お、おれもまだまだだな〜もっと勉強しなきゃな!」
「チョッパー、さん?」
「ごめんなエマ。不安にさせて。でも、なんでもないんだ! もう気にしないでくれ!」


チョッパーの様子がおかしいのは、誰の目にも明らかだった。なんでもない、そう言うチョッパー本人の、嘘をつくのが下手なこと下手なこと。エマは未だ戸惑いと不安の表情を隠せずにいるが、仲間であるチョッパーの異変に、何かあったのだろうと察した周りの船員達は、チョッパーに合わせて口調を明るくし、話し始めた。


「にしてもよ、エマ! お前、味覚の次は記憶もないって大変だなァ」
「ほんと、さっきからとんでもないことサラッと言ってるけど、それ、普通じゃないわよ?」
「えっ、 あ、はいっ……まぁ、でも……もう慣れちゃいました」

慣れた、とそう言って笑って見せる彼女の笑顔は、まだ先程の話を引き摺っているのか、どこかぎこちなく見えた。その顔をちらりと見たチョッパーは、申し訳なさそうに肩を竦め、そんなチョッパーを励ますようにサンジは、ぽんっ、と彼の肩を優しく叩いた。そんな様子を知ってか知らずか、ウソップはまた明るい口調で話を続けた。


「ん? 待てよ……ってことは、だ。エマが7歳より前に“ジェムジェムの実”を食べた可能性が0じゃなくなったってことだろう……!?」
「それさっきエマが言ってたぞウソップ」
「確認してみようぜ!」

ルフィのツッコミを完全無視して、ウソップが提案したのはエマが“ジェムジェムの実”の能力者なのか否かの検証をすることだった。
彼女の体から宝石が生み出されるという事実は確認できたが、それは本当に生まれつきの体質なのか、もしくは幻の悪魔の実を知らぬ間に食べたのか。ハッキリさせようと言うウソップ。
彼の提案に対して、どうやって検証するのかという話し合いが行われ始め、真っ先に言葉を発したのは意外にもゾロだった。


「なんだ、簡単じゃねェか。」
「お、なんだゾロくん、いい案でもあるのかね??」
「あァ。名案がある」

そう言いながらニヤリ、と片方の口角を吊り上げる彼は、まるで極悪人のように見えた。これは後々、仲間達の中であの時のゾロの顔はとんでもなく悪い顔をしていた、あれは悪魔が乗り移った顔だ、などという後日談がなされるほどだった。

エマは、恐怖で体を強張らせ、彼の“名案”とやらを聞く覚悟をする。
開かれた彼の口は、こう告げた。



「海に落とせば一発だ」



エマは、また宝石を生み出しかけることとなった。




悪魔の存在を信じますか?
(わたしはこれから、信じようと思います)


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