02



少し時間が経ち、所変わってここは船の上。海賊・麦わらの一味を乗せた海賊船ゴーイング・メリー号の上である。
“偉大なる航路”前半に存在するサンディ島、更にその中に属する砂の王国――アラバスタ王国を出発し、3日ほど経った今現在の彼らの船では、問題が発生していた。アラバスタ王国で1週間分はあるだろうと大量に渡された、軽く7人分はあったはずの食料が、たったの3日ですべてなくなったのである。消えた食料はというと、ほぼすべて麦わらの一味船長モンキー・D・ルフィの胃の中で溶かされた。当然のことながら、ルフィは船員達に怒りの鉄槌達と共に大ブーイングを食らい、泣きながら謝る羽目となった。

とはいえ、起こってしまったことに対してぐずぐず言ってもしょうがないと、呆れながらもこの場を仕切るのは麦わらの一味航海士ナミだ。彼女の指示通りに船を動かし、現在地から確認できる一番近くにあった島に一度停泊し、新たな食料を調達することになった。


「じゃあいーい? 私とサンジ君で食料調達してくるから、他のみんなは船で大人しく待ってること! いいわね?」
「はーい」


異論は認めないと言わんばかりに圧のかかった口調で話すナミ。彼女の指示にその場にいるほぼ全員が納得の姿勢を見せたが、ただ一人、「でも」と声を上げる者がいた。全員の視線がその人物に向けられる。
その人物とは、つい最近麦わらの一味に入った考古学者ニコ・ロビンだった。


「どうかしたのか? ロビン」


麦わらの一味狙撃手ウソップがロビンに問いかけると、彼女は淡々と答えた。


「船長さん、もういないわよ」
「何ィ?!!?!」


あまりにもあっさりとロビンの口から零される信じ難い言葉に、ロビン以外の全員が思わず周りを見渡す。驚き、呆れ、怒り……彼らのリアクションは様々だった。


「嘘でしょう?! いつの間に!?」
「錨を下ろしてる時点で既に一人で上陸してたわ。誰も気が付いてなかったの?」
「気付いてたら止めるわよ!! っサンジ君! 急ぐわよ! あいつが騒ぎを起こす前に!」
「は〜〜い! ナミさんっ!」


ナミに呼ばれ、現在の状況には似つかわしくないほどに心躍らせている様子のサンジという男は、麦わらの一味で料理人を務めている。
この船で金銭面を主に管理するのはナミであり、生きる上で必要不可欠な「食」を管理するのがサンジである。それ故に、食料調達のみを目的として島に上陸するにあたって、二人で十分だと考えていたにも関わらず、島に上陸するたびに何かしら騒ぎを起こす――最早特技と言っても過言ではないだろう――この船の船長が、もう島に上陸している。ナミは慌ててサンジを連れ、急ぎ足で島へと上陸していった。

一気にドタバタと騒がしくなり、そしてまた一瞬で静かになった船上。留守番組の4人は、小さくなっていくナミとサンジの後姿を見守りつつ話す。


「ったく……次から次へと問題ばっか起こしやがって。ろくに昼寝もできやしねェ」
「いやゾロお前ついさっきまでも寝てたよな??」
「さっきまではまだ朝だった。だから昼寝はこれからだ」
「無茶苦茶言うなお前……」


どんだけ寝る気だ、と呆れ気味のウソップの目の先には、船にもたれて胡座をかき、腕を組んで目を閉じる男がいる。ゾロと呼ばれた彼のすぐ横には、彼の大切にしている刀が三本立てかけてある。そんな彼を見て、ウソップはやれやれ、というふうに小さく息を吐き、彼の側を離れた。近くで未だ島の方を見ながら話しているロビンと、自身の腹をデッキの手摺に乗せ、両手両足をぷらぷらと脱力させている人間のような動きをするトナカイのもとへと歩いた。


「どうしたんだよチョッパー。お前までだらけきっちまって」
「ウソップ〜〜おれ、腹が減ってさ〜……」
「朝から何も食べてないものね」

人型をしたその青い鼻のトナカイの名は、トニー・トニー・チョッパー。麦わらの一味で船医を務めている。彼の空腹を訴える声に、ロビンは微かに笑って答える。ぎゅるるる、と鳴るチョッパーの腹の音に続き、ウソップの腹まで鳴き始め、ウソップとチョッパーは同時に大きくため息をついた。その様子を見たロビンはまた、くすり、と微笑を見せる。


「航海士さん達、早く帰って来てくれるといいけど」


静かにそう呟いたロビンは、ウソップとチョッパーの二人に向けていた視線を再び島へと向ける。名前も知らない小さな島。彼女はこの島に、“何か”を感じていた。それが何なのかは分からない。ただ漠然と、所謂、何かありそうな予感。安っぽい表現ではあるが、彼女の中でざわめくものを言葉にすると、一番これが近しい気がする。海から上がって来た風が、彼女の漆黒の髪をさらさらと揺らしては島へと進んでいく。それはまるで、犬がここを掘れと宝の位置を示すかのようで。海が、風が、この島にある“何か”に気付いてほしいと言っているかのようにさえ思えた。


「……考えすぎかしら」
「ん? どうしたんだロビン、島ばっか見て」
「あ! もしかして誰か帰って来たのか!?」

がばっとだらけさせていた体を起こし、目を輝かせるチョッパーを、流石にまだだと宥めるウソップ。

「そっかァ〜〜……」
「まァ、幸いそんなにでけェ島じゃねェし、ルフィもすぐに見つかるさ! もう少し頑張ろうぜチョッパー」

そうウソップに励まされたチョッパーは、先程より幾分か元気を取り戻した。それからウソップが試してみたい実験がある、と言うとチョッパーはそれを手伝うと意気込み、二人は大砲がある船尾側の甲板へと歩いて行った。その後姿を見届けたロビンは、少し離れたところで昼寝をしているゾロを一瞥した後、自分も読書をするべくラウンジへと入ったのだった。




海は気まぐれに囁くの
(偶然か、はたまた、必然か)


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