03



「メシ〜〜!! メシ屋〜〜!!!」


仲間達の気も知らず、真っ先に船を降り真っ先に島の食事処を見つけたルフィは、店に飛び込むとすぐさま料理長が目の前にいるカウンター席に着いた。

「あー腹減った! おっさんメシ! 肉あるか肉!」
「あ、ああ……あります、けど……」
「おれ肉食えりゃなんでもいいからよ! なるべく早くくれ! 腹減ってんだー」
「はっ、はい……!」

おどおどと動揺しながらもルフィの言う通りに動く料理長。そんな様子を特に気にすることもないルフィは、ふと周りを見渡した。他にも何人も客はいるのに、誰も何も話をしておらず、俯いてばかりいた。店内に響き渡るのは料理の音だけ。そんな光景に違和感を覚えたルフィは首を傾げ、料理長に声をかけた。

「なァ、おっさん」
「ヒッ……な、なんでしょうか」
「なんで誰もしゃべんねェんだ? しゃべるなって言われてんのか?」
「いっ、いえ、特に、そのようなことは……」
「ふーん」

変なやつらだ、と自分で聞いておきながらやはりそこまで気にする様子もないルフィ。彼はとにかく自分の料理が早く出来上がるのを、食器を鳴らして今か今かと待っていた。すると今度は料理長から彼へと、恐る恐る声が掛かった。

「あ、あああの……お客さん、あんまり見ない、お顔ですけど、その……旅の、方とか、ですか……?」
「ん? あァ。おれ海賊なんだけどよ。船の食料無くなっちまってよー」
「!!」

ルフィが何気なく放ったその一言で、その場の空気が一瞬にして凍てついた。そして――


「きゃああああ!!!」
「海賊だああっ!!」


それまで緘黙していた周りの客は全員盛大に悲鳴を上げながら店を出て行き、ルフィがその様子になんだなんだと驚いているうちに、数秒前まですぐ近くにいたはずの料理長も姿を消しており、店内にはルフィのみが取り残された。ぎゅるるる、と彼の腹の音が虚しく響く。


「ありゃ? おっさん! おーい! メシは?! おーーい!!」


あまりに突然の出来事に、ルフィがほんの少しの間呆然と立ち尽くしていると、そのタイミングで店に顔を出し現れたのは騒ぎを聞いて駆け付けたらしいひとりの少女だった。首からはカメラを提げ、丸眼鏡をかけた少女は、驚きを隠す様子もないままにルフィに声を掛けた。


「あっ、あの! お兄さん、海賊なんですか!?」
「ん? あァ、そうだ。誰だお前」
「あ、わたし、 エマと申します! お兄さんは……?」
「おれはモンキー・D・ルフィ。それよりよーコックのおっさん知らねェか? おれのメシ作ってる途中でいなくなっちまって」


腹減って死にそうなのに、とルフィがキョロキョロと料理長がいないか見渡しながら言うと、エマと名乗った少女は残念だが料理長はしばらくの間この店には戻ってこないと思われると話す。


「えー?! どうすんだメシは!」


顎が外れそうな勢いで大きく口を開けてショックを受けるルフィを前に、エマは自身の顎を触り、少しだけ考えた。ほんの少しだけ考えた結果、彼女はゆっくりと口を開く。


「……ほんとにご飯が食べたいだけなんですよね? 他に何か……変なこととかしないですよね……?」
「なんだよ変なことって」
「えっと例えば、誘拐とか、襲いかかってきたりとか……」
「しねェよ!! おれはメシ食いたいだけだ!」

意味があるのかないのかは分からない質問であったが、ルフィにそう確認を取ることで妄信したエマはホッと安堵の息を漏らし、ひとつ提案をした。

「じゃあっ、わたしでよければ作りましょうか? ご飯」
「え! いいのかァ?!」
「はい! 味の保証はできませんが、それでもよければ!」
「いい! 食えればなんでも! お前いい奴だなァ!」
「ふふ、じゃあ家まで案内するのでついて来てください! わりとすぐそこなんで!」


ご飯を食べることができるとわかったルフィは、こちらも何を疑うこともなく元気にエマについて行く。店を出て大通りの道を歩くふたり。広い道幅の両端にはいくつもの家が建っている。小さな島だからか、いわゆる食事処は先ほどの店しかなく、生きるために必要な最低限の店が一つずつあるぐらいだった。あとは全てが住宅のようだ。

もうすぐエマの家に着くという頃に、ルフィはやっと彼女と自分以外に外を出歩いている人がいなくなっていることに気付く。島に着いてあの店に入る時までは確かに人は歩いていたのに、どおりで静かなわけだ、とひとり納得するルフィ。


そうこうしているうちに目的地であるエマの家に着いた。海からの大きな一本道を真っ直ぐに、船から真反対の、島の一番奥まで進んだその先に、エマの家はあった。歩いている時に見た家の中で、最も大きな家だった。

「でっけェー家だな〜〜!」
「さっ、どうぞお入りください」
「おう! おじゃまします」

ぺこりと軽く一礼してルフィは家の中に入る。そのままキッチン近くの大きなテーブルの前に座らされた。カメラを置き、水色のエプロンを身につける途中のエマに何を食べたいか問われ、即答で「肉!」と返すと、あまりに大雑把な返答にエマはまた笑い、それでも、わかりましたと了承し料理を始めた。どうやら彼女は、素早くできる特大スペアリブを作ることにしたらしい。

手は動かしながら、エマは楽しげにルフィと話をする。


「びっくりしましたよね、急にみんないなくなっちゃって」
「あァ、した! なんでいきなりああなったんだ?」

腕を組んで首を傾げるルフィ。

「この島の名前はご存知です?」
「いーや、知らねェ」
「この島は、ビビリ島という島なんです」
「ビビリ島ァ??」

はい、と答えるエマは、後にスペアリブにかける用のソースを作り、温めておいたフライパンにスペアリブを入れ、焼き始めた。エマはそのまま話を続ける。

「本当に名前の通りで、この島の人達はみーんなビビリなんです! すごく人見知りだし、知らない人を見ただけでも隠れちゃうくらい。だから、いきなり現れたお兄さんに皆びっくりしちゃったみたいで……」

そのうえ海賊だって言いますし、と小さく付け加えると、ルフィは一応納得するものの、「なんか弱そうな島だな!」と笑った。エマはルフィにつられるように笑い、そしてすぐに肩をすくめた。


「人は悪くないんです。むしろみんな優しくて……ただ、びっくりしちゃっただけで……だから、どうか怒らないであげてほしいんです」
「おう、別に気にしてねェよ! メシは食えるしな!」


ルフィの言葉にホッとする様子を見せるエマ。ルフィは、そんなことより、と彼女の名を呼んだ。彼女の料理をする手が止まり、顔が上がる。彼女と目を合わせると、ルフィは白い歯並びを見せびらかすような笑顔を向けた。


「ルフィでいいよ。“お兄さん”なんて、なんか気持ち悪ィしよ!」


そう言われたエマは、笑顔で了承し、再び手を動かした。フライパンで肉を焼いている間に、盛り付けに使う野菜をトントンと切る。
すぐ近くのキッチンから香ばしい匂いが漂い、ルフィの腹が何度も何度も、大きく鳴った。まるで急かされているように感じるそれに、もうすぐできますからとエマはルフィを励ました。料理が出来上がるまで、少しでもルフィの空腹を紛らわせられれば、とエマはまた話し出す。


「ルフィさんはどうしてこの島に? やっぱりご飯を食べるために?」
「そうだ! あと食料買いに来た!」
「足りないんですか?」
「あァ、船の食料仲間の分までおれひとりで全部食っちまってよー! アッハッハッハ!」
「ひ、ひとりで全部!?」


“特大”スペアリブにしておいて良かったと思うと同時に、顔も知らない彼の仲間にほんの少しだが同情をしたくなったエマであった。
そんなふうに話をしているうちになんとか肉も焼け、ソースをかけて盛り付ける。エマはすぐに料理の完成を知らせた。


「お待たせしました! お肉完成です!」
「ほんとかァ?! メーシ! メーシ!」


あまりにも嬉しそうに食器を鳴らすルフィに、またエマはくすくすと笑いながら、ルフィの前に料理を出した。大皿に乗ったとてもボリュームのあるスペアリブに、綺麗に切られた野菜が盛り付けてあるものだった。美味しそうな盛り付けに美味しそうな香り。ルフィがよだれを垂らすには十分だった。


「うんまそーだなァ〜〜!!」
「どうぞ、召し上がれ!」
「ありがとう!!」


エマはルフィの座っている席の向かいの席に腰掛け、ガツガツとものすごい勢いで料理に食らいつくルフィをじっと見ていた。貪り食う、という言葉は、今の彼にピッタリだろう。口に合うだろうかと、少しの不安に胸を鳴らしていたエマと突然目を合わせたルフィは、口の中に物を入れた状態で何かを彼女に伝えようとした。


「ぼばべぼぼびぶべーんばば!」
「の、飲み込んでから話してください。何言ってるか全然分かりません」
「ゴクッ。お前料理うめェんだな〜! めちゃくちゃうめェよこの肉!」
「ほっ……本当ですか?! わ〜良かった〜〜」


ルフィの素直な褒め言葉にはしゃぐように笑ったエマは、心底安心したようで再びホッと胸をなでおろした。テーブルに頬杖をつき、ルフィが食べ終わるのを温かく見守る。
結構な量があったはずの料理も一瞬で平らげてしまい、ゲップをしながらもルフィはまだまだ食えるな、とまで言っていた。ルフィが食べ終わったのを確認し、エマが食器を下げるために立ち上がると、ルフィは姿勢を正して頭を下げた。


「エマ! ほんっとにありがとう! うまかった!」
「あっ、いえ、どういたしまして! こちらこそあんなに美味しそうに食べてもらえて嬉しかったです」


突然頭を下げられたことに一瞬驚き、勢いで彼女も頭を下げる。こちらこそ、いやいやこちらこそ、などという謎の頭の下げ合いが複数回行われた頃、二人は家の外から聞こえる声に気付いた。




こんにちは、海賊さん。
(ちょっとだけ、待っていました)


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