04



「ルフィー! どこにいるのー?」
「おーい! ルフィー!」

島の人達はみんな突然現れた海賊のルフィさんの存在に驚いて家に引き籠っているはずなのに、外からはそんな二つの声がした。聞き覚えのない女の人と男の人のその声は、明らかにわたしの目の前にいる人物を探している。当の本人であるルフィさんは、突然「ナミとサンジの声だ!」と飛び上がるような声で言ったかと思いきや、すぐに玄関の方へ走り、そのまま外へと飛び出して行ってしまった。
洗わなくてはならない食器も、身に着けたエプロンもそのままに、わたしはルフィさんの後を追い、玄関の扉を少しだけ開けて外の様子をこっそりと覗き見た。
家の前、と言うには少しだけ遠い気もするけれど、然程遠いとも言えない場所に、ルフィさんの後姿があった。
そして彼の前にはオレンジ髪の女の人と、金髪の男の人が立っており、どうやらルフィさんは二人に叱られている様子だった。話の内容は聞こえないものの、なんとなく聞こえてくる声の雰囲気と、決定的だったのはルフィさんが女の人に頭を殴られたこと。
痛そうだな、と思いつつ、先程彼に聞いた話を思い出した。確か彼は、仲間分の食料を全部ひとりで食べてしまったと、そう言っていた。あぁそれで怒られているのかな、なんてひとりで納得しているうちに、外の三人の話は進んでいたようで、ルフィさんが突然振り返ってこっちを見た。


「おーい! エマー!!」
「わっ、」


ルフィさんが大声でわたしを呼んだ。こっそりと覗いていたつもりだったのに、その目は真っ直ぐにわたしを捉えているようで、驚いたわたしは思わず少しだけ開けていた扉から手を放してしまった。当然の如く、開いていた扉はバタン、と音を立てて閉まる。彼らの様子も声も何も見えなくなった家の中で、ひとり深呼吸する。

ルフィさんが海賊ということは、あの女の人と男の人もきっと海賊の仲間の方々。でも、きっと大丈夫。ルフィさんは、何もしないって言ってくれた。彼らは悪い海賊・・・・
じゃない。きっと、大丈夫。


「……よしっ」


心を落ち着け、いざルフィさんのところへ行こうという決意のもと、玄関の扉に再び手をかけようとしたその時。わたしが掴むはずだったドアノブが一瞬でわたしから遠ざかり、行き場を失ったわたしの手はそのまま宙に残された。視界の端々には見慣れた外の景色が映り、わたしの視界のほとんどには扉の向こうから現れたルフィさんが映る。こんなにも近い距離で改めて見てみたけれど、やっぱり真っ直ぐにわたしを見ている。
わたしは驚き入ってしまって、まだ、何も声を出せずにいた。目の前でわたしを見下ろすルフィさんの表情は、心なしかムッとしているように見える。


「なんで隠れるんだ! おれ呼んだのに!」
「ご、ごごごめんなさい〜! びっくりしちゃってつい……!」
「なんだそうか。ならいいぞ」
「え!? あっさり!?」


大変だ、怒らせてしまったと、慌てて謝れば一瞬にしてわたしのとった失礼な対応を許してくれるルフィさんに呆気にとられる。けれどそれも束の間のことで、次の瞬間には目の前にいたルフィさんは誰かに勢いよく体当たりをされて、そのまま地面にごろごろと転げ回っていくのが見えた。ルフィさんの心配をする間もなく、代わりにわたしの前に現れたのは、金髪の男の人だった。先程まで扉越しに、遠くから見ていたあの人だろう。どうやら、ルフィさんに体当たりして突き飛ばしたのもこの人のようだ。少し離れたところから、「いきなり何すんだサンジー!」と怒るルフィさんの声がしたけれど、男の人はそれを完全に無視して何故かすぐさまわたしの前に跪いた。微かに香る、タバコの匂いが鼻の奥に残る。


「初めまして、麗しきレディ。」


跪いた状態の男の人の口から発せられたそれはあまりに聞き慣れない言葉で、なんだか気恥ずかしくて、体中の熱という熱が顔に集中していくのを感じた。言葉を失ってしまったわたしから、なんの応答もないことが気になったのか、男の人は跪いたまま顔だけを上げた。
初めて、視線が交わる。すごく、すごく、綺麗なお顔をした人で、そんな人にわたしは今、人生で初めて、レディ、なんて呼ばれてしまって。恥ずかしいけど、嬉しくて、心臓がバクバクと音を立てていた。
わたしと目を合わせた男の人は、すごく驚いた表情を見せて、またゆっくりと口を開いた。


「君こそが地上に舞い降りた天使……! その瞳も、髪も……いや、もはや君という存在そのものが、まるで宝石のように美しく輝いている……!!」
「ええっ?!?」


どうしてそんなに恥ずかしいことをこんなにも平気で言えるのだろうこの人は……!
天使だなんて、この人の目に映るわたしは一体どれだけ美化されているのだろう。これ以上熱くはなれないのではないかというくらい顔が熱いような気がして、自分の両手を両頬に添える。手が、すごくヒンヤリと冷たく感じた。

真っ直ぐにこちらを見てるその人をわたしはほとんど直視出来なかったけれど、ちらちらと盗み見た表情はとても優しく温かくて、これまた心臓に悪かったので、もう盗み見るのもやめようと思った。
結果、目のやり場に困って硬直状態になったわたしを呼び戻してくれたのは、もう一人の女の人の言葉だった。


「早速口説いてるところ悪いけど、ちょっとどいててサンジ君。私その子に聞きたいことがあるの」
「はーい!んナミすわぁん!」


ナミさん、と呼ばれたオレンジ色の髪をした女の人にそう言われれば、目をハートにさせてくるくると回りながらわたしの前からいなくなる男の人。彼は、サンジさん、と言うらしい。
次にわたしの前にサンジさんに代わるようにして現れたナミさんは、同性のわたしから見ても、思わず息を呑んで呼吸を忘れてしまいそうになる程、綺麗な女の人だった。


「私はナミ。あなたにいくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかしら。確か……エマ、だったわよね? あなたの名前」


ナミさんにそう確認され、ドキドキしながら肯定する。
次々と現れる人達が皆さん顔が良いこともそうだけれど、それとは別に、相手が海賊であることへの緊張と、やっぱり完全には拭いきれない不安がどんどん募る。
そんな中で、わたしは精一杯平然を装いながら、聞きたいことがあると言うナミさんに、まずは家の中に入らないかと提案をした。この提案はすんなりと受け入れられ、わたしはいつの間にか起き上がっていたルフィさん――彼は二回目だけれど――と、ナミさんとサンジさんを案内する。


「それにしても、ほんと大きな家ね! お屋敷と言っても過言じゃないわ!」


案内の途中、そう呟いたナミさんの声色がなんだか嬉々としていたように聞こえた。
しばらく進んで、最初にルフィさんを通した大きなテーブルのある食堂へと皆さんを案内したわたしは、先程ルフィさんに出した料理の食器をそのままにしてしまっていたのをやっと思い出した。


「あ、ごめんなさい! すぐ片付けますので、適当に座ってお待ちください」
「いや、手伝うよ。エマちゃん」


サンジさんはそう言いながら、テーブルの上の食器を運ぼうと手を伸ばしたわたしの手が届くよりも先に、ひょいと食器を持ち上げてしまった。
仮にも自分が家に招き入れたお客様に手伝わせるなんて、そんなことはできない。
なんとかサンジさんから食器を預かろうと上に手を伸ばしても、サンジさんとわたしの身長差ではどうしても届きそうもなくて。


「だめですサンジさん! わたしがやりますからっ、どうか席でお待ちください!」
「この皿に乗ってた料理、ルフィの為に作ってくれたんだろ?」
「えっ? それは、はい……」
「だったらやらせてくれねェかな? なんの礼にもなりゃしねェが……あいつの船の料理人コック
として、一時でもあいつの空腹を埋めてくれた君に、おれは感謝してるんだ」


あいつ、とサンジさんは食器を持っていない方の手で立てた親指で、ルフィさんを指した。視線をそちらに向けると、当のルフィさんはわたし達の会話をまるで聞いていないようで、キョロキョロと家の中を見渡したり、足をテーブルの上に上げそうになってナミさんに叱られたりしている。

本当は、そんなの大袈裟だと伝えたかったけど、サンジさんへと視線を戻せば、彼はとてもとても優しく微笑んでいて。あぁ、これは勝てそうもない、と確信をしてしまったので、項垂れながらもお願いしてしまった。


「う、……それなら、お願いします……」

そう答えれば、サンジさんは満足そうに笑った。


「許可をありがとう、マドモアゼル」




痛くはないのに死んじゃいそうよ
(季節外れの紅葉が顔に散ってばかり)


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