05



結局、今はサンジさんがキッチンにて食器を洗ってくれている。当然のことながらルフィさんに出した料理が乗っていたお皿以外にも、フライパンやその他諸々の料理道具もあるので、なんだか本当に申し訳なくてそわそわと落ち着かない。そんなわたしはナミさんに呼ばれて、今さっきやっとエプロンを外し、ナミさんの向かいの席に遠慮気味に着席した。ナミさんの左隣の席では、ルフィさんが「腹減った……」と呟いていたけれど、今は聞かなかったことにした。
早速だけど、とナミさんに本題に入られ、なんとなく改めて姿勢を正した。


「まずね……」


妙に間を溜められて、ごくり、と唾を飲む。気のせいかもしれないけれど、ルフィさんまで同じような行動をとっていたような気がした。


「あんたってお金持ちでしょ!」
「え」
「エエエーッ!?!? そんなことォ〜!??!」

きっと今、わたしの目は点になっている。絶対にそうだと確信できた。それほどまでに、この流れでのナミさんの発言には呆気にとられた。
ルフィさんでさえ予想外すぎたようで、椅子ごと後ろに大きな音を立てながら倒れてしまったし、後ろのキッチンの方では食器が雑にガシャガシャ、と擦れ合うような音も聞こえた。

「なによルフィそんなことって! 一番大事なことでしょーが!!」

そう声を荒げるナミさんを見て、それまですっかり呆然としてしまっていたわたしだったけど、なんだか一気に気が緩んで、自然と口元が綻ぶ。何やら言い合いを続けるナミさんとルフィさんとは別に、サンジさんは「そんなナミさんも好きだー!」などと言いつつも手はしっかりと動いていた。クスクスと笑いながら、ナミさんが落ち着くのを待った。わたしの声が届きそうなくらいになった頃、わたしはやっと口を開く。


「ええっと……わたしがお金持ちかどうかの答えとしては、少なくともこの島では、イエスです」
「ほーら見なさい!」
「だからなんだよ! またとんでもないこと考えてんだろお前ェ! 目が金になってるぞ!」

ルフィさんに“また”と言われているところを見るに、これまでにもこういうことが何度かあったのかと思う。

「ただ、あくまでもこの島では、ですし、ほんとに小さな島ですから、お金持ちと言ってもたかが知れてるかと」
「なるほどねぇ。……ま、その話はまた後で詳しく聞かせてもらうとして。本題に入るわよ」
「え!?」
「なによ」
「い、いえ別に……」

い、今までの流れは一体何だったんだろう……なんて思うわたしの気持ちを代弁するかの如くルフィさんがナミさんに突っ込む。また軽く言い合うお二人を前に戸惑っていると、わたしの右隣から気配を感じた。パッとそちらを見てみると、食器を洗い終えたらしいサンジさんが来ていた。椅子をガタッと鳴らして立ち上がり、彼に頭を下げる。

「あっ、サンジさんありがとうございました本当に……!」
「いやいや、おれのやりたいことをやらせてもらっただけだから。エマちゃんの綺麗な手を汚さずに済んで何よりだ」

ぴしっと体が硬直するのを自分で感じた。
お願いだから、そんなに綺麗な顔で、そんなに優しい目で、そんなに優しいことを言わないでほしい。耐性がないわたしには刺激が強くて、ひどく調子が狂わされてしまう。決して不快ではないけれど、自分にそのようなことを言われても違和感しかなくて、ひたすらに戸惑う。とりあえずお礼を言って、わたしはまた席に着いた。サンジさんはわたしの右の席、ルフィさんの向かい側の席に座る許可を、わざわざわたしにとってから座った。真面目だなぁ、なんて思いつつ、わたしはほとんど顔を右に向けられなくなった。

いつの間にかナミさんとルフィさんもじっとこっちを見ていて、「本当に本題に入るけどいいかしら?」と言われたので、浮き気味だった意識を戻して頷く。


「私達ちょっと前に食料を買い込みにこの島に上陸したんだけど、ここであんたとルフィに会うまでの間、誰一人見なかったの」
「おれ達が来るほんの少し前まで、外に人がいた形跡はあったんだけどな」
「そうなの。まぁ、騒ぎが起きる前にルフィが見つかったのは良かったんだけど。これじゃあ食料買えないし、盗むことになっちゃうわ」
「ぬ、盗っ……」

あまりにもサラッと、平然とした顔でとんでもないこと言うナミさんに驚く。心の中では、流石海賊……なんて思っちゃったり。
ナミさんとサンジさんの話を受けて、わたしはルフィさんに説明した時と同じようにお答えした。

「結論から申し上げますと、村長さんを除いた島の人達は今、みんな家の中に籠っています」
「籠ってる?」
「はい。この島、ビビリ島って言うんですけど、」
「何回聞いても弱そうな名前だなァ!」
「うるっさい黙ってて」

ルフィさんはこの島の名前が面白いらしくて唐突に声をあげて笑った。会話が止まってしまったことが煩わしかったのか、ナミさんが眉を吊り上げてルフィさんを黙らせる。ナミさんに続きを話すように促されて、わたしはこの島の人達は島の名前の通りの人間であることを伝えた。心優しい人ばかりだけれど、遺伝なのか何なのか、本当にみんながみんな非常に怖がりで、人見知りで、知らない人が島に来ると家の中に逃げ込みがちなのだ。


「だから、島の人達にとってルフィさんは、“見知らぬ人”というだけでも十分怯える対象ではあったんですけど」
「けど?」
「ルフィさんが海賊を名乗ったことで完全に怯え切っちゃって」
「……え???」
「小さな島ですから、海賊が来たという事実はあっという間に広まったと思います。こういう時の報告の速さはほんとにすごくって――」
「ごめん、エマ。ちょっと待ってくれる?」


突然話を遮られて、どうしたのだろうとナミさんの表情を見てみると、その綺麗な顔には青筋が立っていた。それは、わたしの隣にいるサンジさんも同様だった。お二人ともゆらりと立ち上がると、椅子に座るルフィさんを見下ろす。ルフィさんもどうしてお二人が急に立ち上がって自分の側に来たのか分かっていないようで、どうしたんだ、と首を傾げた。

ルフィさんのその様子に、何かがブチッと切れるような音が聞こえた気がしたかと思いきや、お二人が一斉に怒鳴り始めて、わたしは体をびくりと揺らした。


「あんたのせいじゃないのよ!!!」
「オロすぞクソゴム!! 十分騒ぎ起こしてやがったんじゃねェかァ!!!」
「す、すびばせんッ!!」
「え?! ル、ルフィさんっ!!」


ナミさんに殴られ、サンジさんに蹴られるルフィさん。その衝撃的な光景を見て、わたしも思わず立ち上がる。物凄く痛そうで見るに堪えなかった。勇気を出して声を上げるとなんとかお二人を止めることができたけれど、わたしの体は、震えたくない意識とは裏腹にガタガタと震えていた。
そんな様子を見てか、お二人は落ち着きを取り戻し、サンジさんに至っては一瞬でわたしの隣に戻ってくると、すぐに謝ってくれた。


「すまねェエマちゃん。怖がらせちまった」
「はぁ……驚かせて悪かったわ。でも大丈夫よあいつなら。こういうの全然効かないから」


ほら、と呆れ果てた様子のナミさんがルフィさんに目を向ける。その視線を追うと、「あーびっくりした」とケロッと言いのけるルフィさんがいて、わたしは目を疑った。
本当に傷一つない。どうして、とぼんやりと思いはしたけれど、元気そうなルフィさんを見てとにかく安心したわたしは、ずるずると引き込まれるようにまた椅子に腰掛けた。ナミさんとサンジさんも再び着席して、再び落ち着いた空気が取り戻された。


「――にしても、自分で海賊を名乗るルフィも大概だけど……海賊と分かったうえで私達を家の中に入れてるあんたも相当ね」
「う……で、でも一応、ルフィさんが変なことはしないって約束してくれたので大丈夫かなって」
「甘すぎ。私達海賊なのよ? 裏切りだってあって当然。海賊の約束なんてあってないようなものなんだから」
「えっ……そ、それじゃあ――」
「しないわよ何も。私達は。……ただ、世の中の海賊がみんな私達みたいな奴とは限らないんだから、もっと慎重になんなさいって言ってんの」


呆れた声色で、でも真剣な眼差しで、ナミさんの言葉の真意には、わたしの身を案じてくれていることがおおもとにあるのが分かった。ナミさんの言うとおりだ、とサンジさんも激しく同意をしている。


やっぱり、すごく優しいんだなぁ、この人達は。海賊、だけど。


そんなことを思いながら、わたしは心配してくれたことに感謝の意を述べた。ナミさんには「変な子ね」と笑われてしまったけれど。


「でも困ったわね。そういうことならやっぱり食料は盗むしか……」
「あっ、いや、それは……! とりあえずうちにある分を差し上げますから、それでなんとか……!」
「ほんとかエマ! お前ほんっとにいい奴だなァ!!」


わたしの言葉に真っ先に喜びの声を上げるのはやっぱりルフィさんで、その後にサンジさんとナミさんが驚いたように声を上げた。


「いいのか? エマちゃん。そんなことしたら君の家の食料が……」
「そうよエマ。そりゃあ貰えたらすごく助かるけど……盗むってのは冗談だから、別に無理しなくたって……」
「あ、いえ、わたし達なら大丈夫です! 皆さんが出航したらすぐに買いに行けばいいだけのことなので。……あの、その代わり、と言ってはなんなんですけど――」



――わたしに、海で生きる方法を教えてください。




碧海に引き寄せられて
(わたしと世界の境界線を、越えてみたいの)


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