第8話「求婚されました」(善逸視点)

善逸視点(※フィルターかかってます)

今日はもう、本当に最悪な日だった。
最終選別が嫌で逃げ出したら、じいちゃんに頬が腫れるまでぶっ叩かれるし、それで嫌々最終選別を受けたら受けたで、初日に四人もの鬼に囲まれて、さっそく食い殺されそうになった。
もう本当に最悪だよ!
俺はもう駄目だ。きっとここで鬼に食われて死ぬ。死んじゃうんだ。
俺の人生最悪だったな。女に騙されて、借金抱えて。
じいちゃんに出会えたのは嬉しかったけど、修業の日々は辛くて辛くて。いいことなんて全然なかったな。
うう、もう本当に最悪な人生だったよ。
――そう……思ってたんだ。

「――星の呼吸、肆ノ型・星影!」

鈴を転がしたみたいな、きれいな澄んだ音が俺の耳に響いたんだ。
声も小鳥がさえずるみたいで可愛らしかったけど、彼女から聴こえる心の音はとても澄んでいた。
鬼に囲まれて絶望でいっぱいだった俺を助けてくれたのは、そんな心地よい音を持った女の子だった。
その子は流れるような動きであっという間に四人の鬼の頸を刎ねると、怯えて木にしがみついていた俺に優しく微笑んで声を掛けてくれた。
うう、今の俺にはその優しさがとても身に染みる。
俺がお礼を言うと、その子は安心したように微笑んでくれた。

「いいよ。無事で良かったね。」

ふわりと花が咲くみたいに可愛らしく微笑んでくれて、これって俺のこと好きだよね!?……なんて思い込んだ。
好きになってくれたから助けてくれたんだよね!?結婚しよう!今しよう!
そう思ったらもう口に出していた。
女の子の膝にしがみついて、「結婚してくれ」と涙を流しながらみっともないくらいにすがりついたら、その子からとても困ったような、戸惑ったような音がした。

「ねえ落ち着いて。私は君とは結婚なんてできないよ。会ったばかりだし……」
「うわーん!そこをなんとか!俺と結婚してくれーー!!」
「困ったなぁ〜……」

女の子は本当に困った声音でそう呟いていた。
分かってる。本当は分かってるんだ。
俺なんかが女の子と結婚できる訳ないって。
こんな可愛くて優しい上に強い女の子が、俺みたいな情けない奴を好きになる訳ないってことくらい。
嫌になるくらい、分かってるんだ。
でも、でもさ……一度くらい夢を見たっていいじゃないか。
死ぬ前に一度でいいから結婚して、家族を持って、幸せになってみたい。
たったそれだけの願いすら俺は抱いちゃいけないのかよ!?
わんわん泣く俺に、その女の子は優しくしてくれた。
いつもだったら嫌がった女の子に引っ叩かれてる頃なのに、その子は絶対に俺に手をあげなかった。
ひたすら俺とは結婚できないって諭すように説得されたけど……
でも、グズグズ泣く俺の涙を拭ってくれたり、死ぬ死ぬと騒ぎまくる俺を励ましてくれた。
そうやって話しているうちになんとか落ち着いて、その子は喋りすぎて喉が渇いてカラカラになっていた俺のために、わざわざ川から水を汲んできてくれた。
信濃小羽ちゃんというその女の子は、不思議な音のする子だった。
その音はとても優しいのに、何だか人とは違う妙な音がするのだ。
でも鬼じゃない。初めて聴くその不思議な音は、決して不快とかじゃなくて、でも不思議で、変な感じだった。
そんな彼女から一緒に行動しようとお誘いされた。
俺があまりにも死ぬ死ぬと泣いて騒ぐから、きっと同情してそう言ってくれたのだろう。
彼女からは俺への困惑と、心配と、同情的な感情の音がする。
女の子にすがりつくなんて最高に情けないし、カッコ悪いけれど、それでもこの申し出は俺にとっては嬉しかった。
だから、彼女からの申し出を受け入れた。
小羽ちゃんは俺の手を優しくぎゅっと握り締めて、笑ってくれた。
うわぁ、柔らかい。
女の子と手を繋ぐなんて初めてだった。とても緊張する。
今まで付き合ってくれた女の子たちは、手を握らせてはくれなかったから……
都合よく利用されて、お金だけ搾り取られた。
この子はどういう子なんだろう。
鬼に襲われていた俺を見捨てずに助けてくれた優しい子。音だってとても柔らかくて優しい音だ。
きっと俺みたいな情けない奴を見捨てておけない子なんだろう。
うう、結婚するならこういう優しい子としたい。
……また求婚したら駄目かな。
そう思ったら、俺はまた口走っていて、そしてまたフラれた。
あと数日、この子と行動を共にできるなんて夢みたいだ。
だけど、俺がいつまでも足を引っ張ってたら駄目だ。
俺も……小羽ちゃんを守らなきゃ。俺だって……そうだろう?じいちゃん。

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