第9話「善逸の実力」

善逸と行動を共にし始めて数時間後。小羽は早くも彼と行動を共にすると言った自分の申し出を少しだけ後悔し始めていた。

「ギャァァァアーーー!!イヤァァァアーー!!」
ザシュ、ズバッ!
「うわぁぁあーー!ひぃいーー!」
ザシュ!
「……」
「イヤァァァアーー!ギャァァァアーーー!」
ザシュ!ザシュ!
「……あの……善逸くん……」
「うぉおおおーー!」
「お願いだからちょっと静かにして!」

夜になり、再び鬼が活動し始めた。
だから小羽は襲ってくる鬼たちを倒していったのだが、鬼が現れる度に善逸が怯えて悲鳴を上げるので、その叫び声を聞きつけた鬼たちが集まってくるのだ。
善逸の叫び声に引き寄せられて集まってくる鬼が現れる度に、斬り伏せていく小羽。
何度も何度もそれを繰り返していくうちに、流石に小羽にも疲れが見え始めてきた。
それでも善逸がやかましいので、段々と小羽も苛立ってきてしまう。
疲労と焦りで冷静な判断力がかけていく中で、善逸は怯えて戦えず、それ処か鬼を誘き寄せて小羽の足を引っ張っていた。
技の連続で腕も痺れてきて、感覚が無くなってきた。

(――これは本格的にまずいな……仕方ない。)
「善逸くん、こっち!」
「――へ?こ、小羽ちゃん!?」

小羽は善逸の手を取ると、駆け出した。
戦うことが厳しくなってきた小羽は、一時撤退を決めた。
幸いにも善逸はすんなりと小羽のあとに続いてくれたので、二人はなんとか逃げ出せたのであった。

*******

「――はあ、はあ……だ、大丈夫?小羽ちゃん。」
「はあ、はあ……な、なんとか……」

ひたすら必死に走り続けてきた二人は、息も絶え絶えであった。
膝に手をついて、肩で息をしている。
呼吸法を使って息を整えるが、かなり走ったせいでとても息が乱れてしまっていた。

「――ふう。」
「ご、ごめんね。小羽ちゃん。俺が足を引っ張っちゃって……」
「いや、もういいよ。できれば次からは少しでいいから善逸くんも戦ってくれない?」
「えっ!?俺が!?無理無理!だって俺すごく弱いし!」
「……ねぇ。善逸くんはどうして鬼殺隊に入ろうなんて思ったの?そりゃあ鬼が怖いのは分かるけど、そんなに怯えていたら、厳しいことを言うけれど、この先やっていけないよ?」
「う、そ、それは……」
「それは?」

気まずそうに小羽から目を逸らす善逸。
冷や汗がダラダラと垂れており、目も泳いでいる。
余程小羽には言い出しにくいことらしい。
けれど、じっと小羽が辛抱強く善逸とにらめっこをし続けていると、彼は諦めたように語り出した。

「……お、女に騙されて、借金したんだ。」
「……は?」

予想だにしなかった理由に、小羽は目が点になる。
善逸が言うには、今まで付き合ってきた女の子に貢がされ、挙げ句、別の男との駆け落ちの資金にされたのだという。
借金してまで尽くしたのに、女に裏切られ、万事休すのところを彼の師である人に助けてもらったのだとか。

「じいちゃんは"育手"なんだ。だから俺の借金を肩代わりしてくれた代わりに、俺は弟子として育てられたの。毎日毎日地獄の日々で、どんなに努力しても俺……全然強くなれなかったんだ。」

善逸は話しているうちに辛いことを思い出したのか、涙目になっていた。
彼の鼻を啜る音が静かな山の中に響く。

「そ、そう……」

小羽は正直、とても呆れてしまった。
何故彼はそこまでして女性に拘るのだろう。
女に騙されて酷い目にあったというのに、出会ってすぐに小羽に求婚してきたあたり、懲りてはいなさそうだ。

「……小羽ちゃん、呆れたでしょ?そんな音がする。」
「音?」
「俺……すごく耳がいいんだ。」
「??」

耳が良いからと、何故小羽の心が分かるのかは謎であるが、彼は多分、自分自身が好きではないのだろうなと、小羽の勘が告げていた。
きっと善逸自身が一番、弱い自分を嫌っている。
変わりたいと思っている……そんな気がした。

「――ねぇ善逸くん。善逸くんは気付いてないみたいだけど、善逸くんは本当に……」
「――待って!」

小羽の言葉を遮るように、善逸が突然手を小羽の顔の前にかざして、静かにするように合図してきた。
途端に何かを察して黙り込む小羽。
すると、突然小羽たちの近くの草むらがガサガサと揺れ出した。

「ひひひ、こっちから人間の匂いがするぞ……」
「旨そうな人間のガキだ。一人は女だな。」
「ひい!」
「鬼!?」

草むらから出てきたのは、二人の男の鬼だった。
しかも運の悪いことに、二人ともそれなりに体格も良く、大柄な鬼であった。

「……っ、こんな時に……」
「キィヤァァァーー!!」

小羽は今、技の連撃のせいで腕が痺れていた。
まだその感覚は戻りきっていない。
状況は最悪である。
そんな小羽たちの事情など関係ない鬼たちは、舌舐めずりをして小羽と善逸を値踏み見る。

「俺はあっちの女の方を相手にする。邪魔すんなよ!」
ダッ!
(――来る!)

一人の鬼が小羽目掛けて突進してくる。
小羽は痺れた手を無理に動かし、刀を抜いた。

ガンっ!!
「〜〜っ!!」

鬼の鋭い爪の一撃を刀で受け止めると、腕にビリビリと衝撃が伝わってくる。
思わず刀を落としそうになるが、グッと握り締めて耐えた。

「小羽ちゃん!?」
「お前の相手は俺だぁー!!!」
「ひぇ!?ギャァァァアーーー!お助けぇーー!」
「――っ!?善逸くん!」

小羽が一人の鬼と対峙している間、もう一人の鬼が善逸を狙って襲い掛かっていた。
善逸の絶叫を聞いて、小羽は焦る。

(やばい!善逸くんは戦えないのに!)
「――っ、退きなさい!星の呼吸、壱ノ型・流星!」
ザンッ!
「ギャアァ!」
「善逸くん!逃げて!」

小羽がなんとか相手にしていた鬼を倒し、善逸の方を振り返ると、鬼はもう善逸の目の前にまで迫っていた。
逃げろと叫んだ小羽の言葉に、青ざめて震えている善逸は動くことができず、恐怖が限界にきていた。そして…… 

「ヒィィィーー!んがっ!」
「――なっ!?」
(寝たーー!?)

あろうことか善逸は鬼を前に気絶……いや、眠ったのである。

(うそうそうそ!有り得ない!鬼が目の前に迫ってるのに普通寝る!?いや、それよりも……もう間に合わない!喰われる!)

小羽は善逸が鬼に食い殺される最悪の未来を予想した。

「――雷の呼吸、壱ノ型・霹靂一閃!」
ザシュっ!!
「――え……」

次の瞬間、血が飛び散った。
それは善逸の血……ではなく、今さっき善逸を襲おうとしていた鬼の血であった。
一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
善逸が眠った瞬間、突然彼が素早い動作で起き上がり、一瞬にして鬼の頸を刎ねたのである。
彼の周囲にはバチバチと稲妻の名残が迸っていた。

「……あれは……雷の呼吸?」
(じゃあ……善逸くんは雷の使い手なんだ。それにしても……どういうこと?何で眠った瞬間に鬼を倒せたの?まさか……眠っている間だけ強くなるの?いや、多分違う気がする……)

小羽の勘だが、善逸は普段から実力が発揮できないだけで、強いのだと思う。
しかし、どういう訳か眠っている間だけしか戦えないらしい。

パタリ
「んごー!んがー!」
「……変な人。」

小羽は地面に倒れ込み、グースカと眠りこけている善逸を呆気にとられた目で見つめながら、ふとそんな言葉を呟いたのであった。

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