第15話「日輪刀の色」

日輪刀ができるまで十日から十五日掛かる。
だからそれまでの間、小羽たちは休息も兼ねて鱗滝の元で共に過ごすことになった。

「禰豆子ちゃん。良かったらこれどうぞ。」
「う?」

にこにこととても上機嫌に微笑みながら、清隆が禰豆子に渡したのは、色とりどりの金平糖だった。
透明な小瓶に入ったそれを禰豆子に渡すと、禰豆子は不思議そうに小瓶を覗き込む。

「炭治郎に禰豆子ちゃんは金平糖が好きだって聞いたから、任務の帰りに買ってきたんだぁ〜」
「でもお兄ちゃん。今の禰豆子ちゃんは鬼だから食べられないんじゃ……」
「人間に戻ってから食べればいいだろ?それに金平糖は見た目が綺麗だから見るだけでも楽しめるし。」
「まあ、そうだけど……」
(それはいつになるか分からないし、そもそも本当に人間に戻れるのかも分からないのに……)

とか小羽は思ったが、それを言葉にするのは禰豆子が人間に戻れると信じて疑わない兄や炭治郎に悪いと思うので、小羽はその言葉をぐっと飲み込んだ。
禰豆子は金平糖が気に入ったのか、小瓶をかざして嬉しそうに眺めている。
それを見ていた炭治郎が優しく禰豆子の頭を撫でた。

「良かったな禰豆子。清隆ありがとうな。」
「いいって。あとさ、これも拾ってきたんだ。」

そう言って清隆が懐から取り出してきた包みを開くと、そこには小さな貝殻があった。

「この前任務の時に海の近くに寄ったから、拾ってきたんだ。禰豆子ちゃんの為に特に綺麗な貝殻を探したんだよ。」
「う〜!」
「そっかそっか!気に入ってくれた?」
「う〜!う〜!」
「うんうん。嬉しいなぁ!」
「……お兄ちゃん、鼻の下伸びてるよ。」
「おっと!」

貝殻を禰豆子の掌に乗せてやれば、禰豆子は嬉しそうににこりと目元を細めたので、清隆はでれ〜と鼻の下を伸ばしてそれはそれは嬉しそうに笑った。
すっかり頬の緩みきった兄を見て、小羽はやれやれとため息をつく。
禰豆子が起きてからと言うものの、任務の度に彼女の為に何かしらお土産を持って帰ってくるので、ここ数日はすっかり見慣れた光景になりつつある。

(……なんだかお兄ちゃんが善逸くんの様になってしまった。)

小羽は最終選別以来会っていない自分の相棒を思い浮かべては困ったようにため息をつく。

「――そういえば、小羽の刀は今日届くんだろ?思ったよりも早かったな。」
「そうだね。十日から十五日掛かるって聞いてたけど、今日で十二日目だから、少し早かったね。てっきり炭治郎くんみたいに十五日ぎりぎりまで掛かると思ってたから……」

そう。今日は小羽の刀が届けられる日であった。
小羽は刀を受け取り次第、鎹雀として善逸の元に指令を届けることになっていた。

「小羽の刀はいつ頃届くんだ?」
「う〜ん、お昼前には来るって聞いたけど……」
「……もう来てるみたいだぞ?」
「「え?」」

炭治郎の言葉に小羽と清隆はきょとりと目を丸くする。
すると炭治郎はクンクンと匂いを嗅ぎながら言った。

「誰かこっちに近付いてきてる。もしかしたら、例の鍛冶師かもしれない。」
「……解るの?」
「ああ、俺は鼻がいいからな!」
「動物並みだな。」

呆れるやら感心するやら、話に聞いていた以上にすごい嗅覚の持ち主だった炭治郎に驚きつつ、外に出てみれば、本当にこちらに向かってくる人物がいた。

「――滝野上紋次郎と申す。信濃小羽はお前か?」
「え?あっ、はい。そうです。」
(……ひょっとこ?)

やって来た人物は何故かひょっとこのお面をつけていた。
鱗滝先生といい、この人といい、お面をつける知り合いが多いなと思いつつ、小羽は彼を中へと通した。

「俺が丹精込めて打った刀だ。大切に扱うように。」
「あ、ありがとうございます。」

小羽は滝野上から刀を受け取ると、それをまじまじと見つめた。

(……私の……私だけの日輪刀。)

なんだかじんわりと嬉しい気持ちが湧いてくる。
これでやっと、鬼殺隊の一員になれたのだ。
色は変わってくれるだろうか?
どんな色になるのだろうか。
小羽はドキドキと高鳴る鼓動を落ち着かせるように、深く深呼吸すると、藍色の鞘に収められている刀を抜いた。
日の光を受けて、きらりと刀身が輝く。

「あっ……」

すると次の瞬間には、みるみるうちにその刀の色が変わっていった。
それは美しい藍色の刀身であった。鞘と同じく藍色に変わった刀身は、日の光にかざすときらきらと七色にも輝く。
それを見て、滝野上はほうっと感心したように息を吐き出した。

「こいつは珍しい色になったな。ただの藍色って訳じゃねぇ。光を受けて色を変えるのか……」
「……変なんでしょうか?」
「俺が知る限りでは初めて見る色だな。」
「へえ」

小羽が自分の刀をじっくりと眺めていると、色が変わって満足したのか、滝野上は立ち上がった。

「んじゃ、俺はこれで失礼する。いいか。くれぐれも無茶な使い方はするなよ!」
「は、はい。大切にします!」
「ん!」

小羽の返事に満足したように頷くと、滝野上は去っていった。
それから小羽たちは改めて彼女の刀身を見た。

「――小羽の刀は綺麗だなぁ。」
「だな。俺の刀とはまた色が違うし。」
「清隆のは蒼色だったな。」
「ああ。」
「う〜」
「あっ、禰豆子ちゃん。危ないからあまり刀に近づいちゃダメだよ。」
「う〜?」
「そうそう。眺めるだけにしようね。」
「う!」

刀に触れようとその手を伸ばしてきた禰豆子に、やんわりと注意する小羽。
まるで姉妹のようなその微笑ましいやり取りに、清隆と炭治郎はなんだかほっこりとしてしまうのであった。

*******

「――それじゃあ、私はもう行くね。」
「え?小羽はもう任務なのか?」
「うん。」

それから少しして、小羽は隊服に着替えると、腰に刀を差し、身支度を整えて外に出てきた。

「刀が届いたから、もう行かないと。」
(――といっても、任務は鬼殺隊としてじゃなくて、鎹雀としての任務なんだよね。)

いくらお館様の命令とはいえ、折角鬼殺隊に入れたのにと、若干の不満はありつつも、仕事はしっかりとやるつもりだ。
このところは鬼殺隊として活躍していた清隆も、あと三日後に炭治郎の刀が届き、彼が鬼殺隊として任務をこなすようになれば、炭治郎の鎹鴉として動くことになる。
暫くの間は刀を使う機会はないだろう。
少しだけ残念に思いつつ、小羽は仕事の為に気持ちを切り替えることにした。

「――小羽が行くなら、俺ももう出るよ。」
「――えっ、清隆もいなくなるのか?」
「まあな。」

もっとも、清隆の場合は炭治郎の指令を受け次第、すぐに鴉の姿で戻ってくるのだが……
まさかそれを炭治郎に教える訳にもいかないので、適当に誤魔化す。

「……そうか。寂しくなるな。」

しゅんと俯く炭治郎に、清隆は後ろ頭を掻きながら言った。

「まあ、また何処かの任務で会えるさ。」

まさかこれから一緒に行動を共にしますとも言えない清隆は、そう答えるのが精一杯であった。

「そうか。そうだな!」

何も知らない炭治郎は、無邪気にも嬉しそうに笑っていた。
本当のことが言えない二人は、ちょっとだけ罪悪感に心が痛んだ。
そうして炭治郎と別れた小羽たちは、それぞれの目的地に向かって飛び立っていったのである。

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