第16話「託された雀」

小羽が鱗滝の元を発ってから、半刻ほどかけて漸く善逸のいる山へと到着した。
何分小さな雀の体なもので、鴉や鷹に比べて速く飛ぶこともできない分、山一つ越えるのに苦労してしまった。

(――さて、善逸くんは何処にいるのかな?)

パタパタと小さな翼を羽ばたかせて、目的の彼を探す。
確か山で彼の育手と修業をしていた筈だ。
人の気配を探して山の中を飛んでいると、ここ最近ですっかり聞き慣れてしまった叫び声が聞こえてきた。

「ギィヤァァァアーーー!!死ぬぅーー!!」
「チュン!(あっ、あっちだ。)」

声を頼りに、小羽は叫び声のする方へと飛んでいった。

「もう嫌だぁーー!何で鬼殺隊になったのにまた修業させられるんだよぉーー!!」
「馬鹿たれ!最終選別を終えたからこそ、余計に修業をしとるんだろうが!刀は届いた。後は任務の伝令が来れば、お前はもうすぐ旅立つことになる!それはこれまでの修業とは比べ物にならない厳しい戦いの日々となるだろう。だからこそ、最後に修業をつけてやろうというのに、毎日毎日懲りもせずに逃げおって!」
「だって〜!じいちゃんの修業はきつすぎるんだよぉーー!」
「修業が甘かったら身にならんだろう!」
「…………」

――なんだろう。これは……
善逸くんは木にしがみついて泣きわめいているし、おそらく彼の育手だろう老人はまるで鬼のような形相で彼の首に縄を掛け、木から引きずり下ろそうとしている。
見た感じと先程の会話から、おそらくは育手の老人が善逸くんに最後の修業をつけてやろうとしているのを、善逸くんが逃げ出して、それを連れ戻そうとしている……といったところだろうか?
情けない……と思ってしまう。
申し訳ないけれど、本当に本当に申し訳ないけれど、彼も必死に頑張っているんだろうけれど……情けないぞ善逸くん。
小羽は善逸のあまりにも情けない姿に思わずため息をつきそうになって……我慢した。
これから先、彼とは長い付き合いになるのだろうから、これくらいでため息をついていてはやっていけないと本能で察したからだ。
修業ですらこんなに嫌がっているのなら、私が任務を持ってきたことを伝えたら、彼はまた逃げ出してしまうんじゃないだろうか……

(――何はともあれ、任務には行ってもらわないと……)

小羽はこれから先のことに思いやられながらも、育手であろう老人の肩へと降り立った。
突然雀が肩に止まり、老人は怪訝そうに眉をひそめる。

「――何だ?……雀?」
「チュン!」
「――あっ!お前チュン太郎じゃないか!」
「……ほう。お前の鎹鴉だけ雀だったと言っていたが、これがそうか。」
「何でチュン太郎がここに?」
「チュン!」
「ふむ……足に文がくくりつけてあるな。どれどれ……」

雀の足に文と思しき紙がくくりつけられており、桑島はそれを外すと、文を広げて読み始めた。

「――成る程……善逸!お前の初任務だ!」
「……えっ……えええーーー!!やだやだやだやだいやだぁぁあーーー!!行きたくないぃ!!俺は任務になんか行かないかんね!!」
「我が儘言うな!」
「やだぁーー!仕事なんか行ったら俺死ぬじゃん!鬼に喰われるじゃん!!」
「チュン……(やっぱりこうなるのか……)」

予想通りというか、案の定の善逸の反応に、小羽はがっくりと項垂れた。
文の内容は善逸への初任務の伝令であった。
とある村に鬼が住み着いている可能性があるらしく、それを単身で始末しろ……との任務であった。
善逸の実力は申し分無いのに、如何せん本人がそれに気付いておらず、その上このように臆病で泣き虫な性格の為、任務に向かわせるのは至難の技に思えた。
しかし、長年の付き合いで彼をここまで育て上げた男、桑島 慈悟郎は違った。

「いいから行け!」
ごんっ! 
「いったぁ〜〜!何すんだよじいちゃん!」

桑島は上から叩きつけるような強烈な拳骨を善逸の頭に食らわせると、鬼のような形相で善逸を睨み付けた。

「うるさい!お前も鬼殺隊の一員になったのなら、黙って鬼を倒してこい!」
「無理だって〜!俺はじいちゃんや獪岳みたいに強くないんだ!俺なんか鬼に一瞬で殺されちゃうよ!最終選別だって、選別で会った女の子に助けられてばっかだったし、一人じゃ何も出来ないんだぞ!!」
「そんな情けないことを力いっぱい叫ぶ元気があるなら大丈夫だ!」
「嫌だよぉ〜〜!!俺は行かないよ!?絶対に行くもんか!!」
ブチッ

――桑島の中で、我慢の糸が切れた音がした。

「――善逸……」
「ひっ!?」

地の底から絞り出すかのような低い声で、桑島が善逸の名を呼ぶ。
まるで般若のような顔と彼の"音"を聴いて、善逸の顔が恐怖で青白く変色した。

「さっさと行けーー!!」

山中に響き渡るかのような怒声と共に、善逸は自分から仕事に行くと言い出すまで、桑島にタコ殴りにされることになった。

******

結局、善逸は桑島に逆らうことができず、渋々支度をすることになった。
最後まで嫌だと抵抗し続けた彼には色んな意味で感心せざるおえない。
善逸の支度が終わるまでの間、小羽は桑島の肩の上で待つことになった。

「……まったく、善逸の奴には最後まで世話を掛けさせられるわい。」
「チュン。(お疲れ様です)」
「はあ……この先やっていけるか不安になるのぉ。」
「チュンチュン!(お気持ち察します!)」
「……お前もそう思うか?」
「チュン、チュチュン!(ええ、よ〜く分かります!)」
「そうかそうか。……お前さん、ただの雀じゃないんだろ?鎹一族の者か?」
「チュ!チュンチュン!?(えっ!?気付いてたんですか!?)」
「……ワシにはお前さんの言葉は解らん。……が、その反応からするに、当たったようだな?」
「……」

小羽はまだ善逸がこちらに来ていないのを確認すると、変化を解いて人の姿へと戻った。
それを見ても桑島は驚くことはなく、寧ろ納得したような顔をしていた。

「……初めまして。鎹一族が一人、信濃小羽と申します。」
「これはこれは可愛らしいお嬢さん。お前さんが善逸の鎹鴉……いや、鎹雀かの?」
「はい。」

小羽の姿を見て、優しげに微笑む桑島に、小羽もふわりと微笑んで答えた。

「まさか善逸の雀がこんなに可愛らしいお嬢さんだったとはなぁ。てっきり鎹一族に育てられた普通の雀なのかと思ったわい。」
「……すみません。普通の雀じゃなくて……」
「いやいや、悪くはない。只な……鎹鴉の中でも、鎹一族自らが担当につくのは余程見込みのある剣士だけだと聞く。……善逸は見込みがあると判断された……ということだろうか?」
「……すみません。私はお館様と長から命じられただけですので、何故私が彼の担当になったのかは分からないんです。」
「そうか。……いや、いいんだ。善逸はあの通り泣き虫で根性無しで情けない奴だが……優しく思いやりのある子だ。そして、誰かを守れる強さを持っている。」
「……存じております。」

小羽が微笑みながら少し困ったようにそう答えると、桑島は心底安心したような穏やかな表情を浮かべた。

「……そうか。そうかそうか……なら安心だ。善逸を……頼みます。」
「こちらこそ。」

桑島はとても嬉しそうに何度も何度も一人で納得したように相槌を繰り返すと、小羽に向かって深く腰を曲げて頭を下げた。
それを見た小羽もまた、彼と同じように深く腰を折って頭を下げたのであった。

………………
…………

「――じゃあ、行ってくるよ……」
「ああ。」
「……本当に、行かなきゃ駄目?」
「善逸!そんな情けない顔をするな。」
「でも……」
「お前はやればできる。お前にはちゃんと才能があるんだ。」
「……俺には才能なんてないよ。」
「今は信じられなくてもいい。いつかお前のことをちゃんと見てくれる仲間ができる。だから善逸……諦めるな!」
「……行ってきます。」

善逸はしょんぼりと項垂れながら、トボトボと頼りない足取りで歩き出す。
そんな彼の後ろ姿を、桑島は少しだけ心配そうに見守っていた。
善逸の頭には、小さな雀がちょこんと乗ってる。
その雀が去り際りちらりと桑島を見た。
一瞬だけ視線が合わさり、雀はチュンと可愛らしく鳴いたのだった。
桑島には、その時の雀が何を言ったのかは解らなかった。けれど……

「……善逸を頼んだぞ。お嬢ちゃん。」

きっと任せておけと、善逸と違ってしっかりと答えてくれたのだろう。
泣き虫で頼りなさげなだが、優しく可愛い弟子の相棒は、髄分と可愛らしくしっかりしたお嬢さんだった。
あの子と一緒なら、きっと善逸は大丈夫だろう。
桑島はそう感じていた。

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