第29話「鎹鴉と鬼殺隊、二重の役割」

小羽side

「なか……ないで……小羽……ちゃん……」


弱々しい声で絞り出すようにそう言った善逸くん。
私を気遣って力なく笑う彼に、胸が締め付けられるように痛んだ。
自分の方が毒におかされて辛いはずなのに、苦しいはずなのに、それでも泣いている私の方を気にかけてしまう。

こんなにも優しい人を、私は見殺しにしようとしていた。
善逸くんが毒におかされていると知っても、彼が蜘蛛鬼と戦っている間も、私はずっと傍観していた。
毒に苦しみながら戦う善逸くんを、ただ見ていただけだった。

あんなにも動き回れば、毒の巡りだって早くなる。
そう分かっていても、私は動けなかった。
あの時、私も善逸くんと一緒に戦っていれば、彼はあんなに動き回らずに済んだかもしれないし、もっと早く蜘蛛鬼を倒せたかもしれない。
そう分かっていても、私は動けなかった。

もしも私が参戦することで、私まで毒に侵されたら?

そうなれば私も動けなくなるだろう。
そんなことになったら、誰がこの戦いの報告をするのだろう。
情報を持ち帰ること。それが鎹鴉のもっとも優先するべき役目だ。
だからここで私まで殺られる訳にはいかない。
今は私が善逸くんの鎹雀なんだから。

そう思ったら、もう動けなくなってしまったのだ。
今ここで私が鎹雀の役割を放棄して善逸くんと共に戦えば、彼は助かるのか?
答えは否だ。
毒におかされた時点で、彼を助ける術なんてない。
だって解毒薬なんてないんだから……

ならば自分の取る行動は一つだ。
彼を見殺しにしてでも、情報を持ち帰るために鎹雀の任務を全うすること。
それはつまり、戦いには参加せず、ただ戦いの行く末を傍観することだった。

実に最低で、けれど正しい判断だと思った。

頭で冷静にそんな判断を下した自分が心底嫌になった。
例え毒におかされていようが、彼はまだ生きているのに。戦っているのに。
善逸くんが蜘蛛鬼を倒そうが倒せまいが、私は傍観すると決めていた。

自分で自分が嫌になるくらい、最低な奴だ。
黒姫を同行させていれば、伝達の役割を代わりに任せられたのに。
そうすれば私は迷うことなく役目を放棄して、鬼殺隊として善逸くんと戦えたのに……

――本当に?

本当に、私は戦えたの?

迷って迷って、最近はそればかりだ。

鬼殺隊と鎹鴉。二重の役割をこなす今の状況。
そんな中途半端な立場にいる私は、本当はどちらで在りたいのだろう。

鬼殺隊に入ったのは、完全に私の我儘だ。
私に鎹雀のままでいて欲しいと言うお兄ちゃんや一族の長の言葉を押し切って、お館様を説得してまで最終選別を受けてまでなった鬼殺の剣士。

そうまでして鬼殺隊に拘ったのは、どうしても許せなかったからだ。
私とお兄ちゃんから大好きな家族を奪った鬼の存在を。
目の前で惨殺された両親の姿が脳裏に焼き付いて消えないのだ。
自身も生死を彷徨い、心と体に消えない傷が残った。
あの時感じた恐怖よりも、今はそれを上回る程の憎しみの感情がどうしても消えてくれない。

それはお兄ちゃんも同じだった。
だから、私たち兄妹は鎹一族でありながら、鬼殺隊になることを決めたのだ。
そしてお兄ちゃんが鬼殺隊に身を置くのであれば、私も同じく共に戦いたいと、こうして鬼殺隊に入ったのに。

例え今、自分が鎹雀をやることになったのがお館様の命令だとしても、受けたのは自分自身の意思だ。
鎹雀と鬼殺隊として動く時は、ちゃんと気持ちを切り替えて行動しようと決めていたのに。

なのに、私はまた迷ってる……

迷うな。迷うな。

そう思うのに、善逸くんに対しての罪悪感が消えない。

二重の役割に迷ってどっちつかずになっているのは、自分がきちんと決断できていないからだ。
覚悟を決めたつもりになっていても、結局覚悟ができていないから。

私の行動は、鎹鴉としては間違っていない。寧ろ正しい行動だろう。

でも、私は鬼殺隊でもある。それがどうしても引っかかって、仲間の命よりも役目を優先したことにどうしても罪悪感と嫌悪感、後悔と、沢山の感情が渦巻いてしまうのだ。

自分の行動は間違ってない。そう思いたいのに、一々後悔していたら、鎹鴉なんてできない。

――なのに、私は自分を責めずにはいられない。

もしも鬼殺隊として戦いたいと思うのならば、今すぐ善逸くんを助けに行けばいい。刀を取って、共に戦えば良かったのだ。

それなのにそれができなかったのは、鎹鴉の役割にも誇りを持っているから。
その役割の重要性をよく知っているからだ。

鬼殺隊として、鬼を許せない自分。仲間を助けたいと願う自分。
鎹雀として、役割に誇りを持ち、その為ならば誰かの命よりも情報を持ち帰ることを優先すべきと理解している自分。

どちらの役割にも誇りを持っているからこそ、選べない。
そんな迷いのせいで、動けなかった。
目の前で善逸くんが死にかけていても……

私は、本当に中途半端で、最低だ。

- 46 -
TOP