第40話「ハンカチーフ」

善逸を横抱きしたまま移動していた小羽は、丁度通りかかった縁側が人気が無さそうだったのもあり、そこで話しをすることにした。
そっと善逸を下ろすと、縁側に座らせた。


「――ごめんね。急に連れ出したりなんかして……此処なら多分人も来ないだろうし、話しても大丈夫だと……「ごめんよぉ〜〜!!」……へあっ!?」


小羽が善逸に声を掛けた途端、俯いていた善逸が顔を上げて突然抱きついてきた。
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を小羽のお腹に擦り付けて、必死に腰にしがみつく。
突然抱きつかれて素っ頓狂な声を上げてしまった小羽は、何故善逸が泣いて自分に謝ってくるのか分からずに戸惑った。あとちょっと汚い。


「ど、どうしたの善逸くん!?」

「俺が……俺が悪かったよぉ〜〜!!ごめんね"ぇ〜〜!!小羽ちゃんがチュン太郎って知らなくて可愛くないとか酷いこと言ってごめん!!小羽ちゃんが好きだって言っておきながら他の女の子口説いちゃってごめん!!目の前でやられたらそりゃ不快だったよね!?いつもいつも任務に行きたくないとか駄々こねてごめん!!あと、後ね、それから……」

「えっ……ちょっ、待って!待って善逸くん!」

「はひぇ?」


何を勘違いしているのかは分からないが、小羽に縋り付きながら必死に謝ってくる善逸に、小羽はただただ困惑していた。
ズラブラと謝罪の言葉を述べてくる善逸の肩を掴んで自分から引っペがすと、彼はきょとりと目を丸くして小羽を見上げてきた。


「何で善逸くんが謝るの?だって悪いのは……」

「だって!!だってさぁ!!小羽ちゃん俺に全然会いに来てくれなかったじゃん!!俺のこと嫌いになったんでしょ!?だから避けてたんでしょ!?俺、俺、謝るから!!小羽ちゃんに嫌われた原因考えてみたけど、心当たりがありすぎてどれだかわかんなくて、もしかしたら全部が嫌になったのかもしれないけど、俺、今までのこと全部謝るから!!これからは頑張るから!!ちゃんとするから!!だから頼むよ!!俺のこと嫌いにならないでぇーー!!」

「わあーー!!嫌いになってない!!嫌いになんてなってないから!!一旦落ち着いて!!あと声大きい!!鼻水と涙を擦り付けないでぇ!!」


再びグチャグチャになった顔を小羽に押しつけながら、腰に抱きついてきた善逸に慌てた。
ごめん、ほんとごめん。涙はともかく鼻水だけは本当にやめてくれ。汚い。
小羽はポケットからハンカチーフを取り出すと、善逸の涙を拭ってやる。
そしてそのハンカチーフを善逸の鼻に押し当てた。


「はい、ちーん。」

「ん。」


ズビーと勢いよく鼻をかんだ善逸に苦笑しながらハンカチーフを丸めて片付ける。
まだズビズビ鼻をすする善逸に小羽は困ったように笑った。


「……落ち着いた?」

「……ん、ごめん。俺……」


「何か誤解してるみたいだから言うけど、今回会いに行かなかったのは、確かに善逸くんを避けてたからだけど……ああ!泣かないで!兎に角、善逸くんが嫌いになったとかじゃないから、全然!原因はその……私自身の気持ちの問題だったの。」

「……それって、罪悪感とか後悔とかの?」

「っ」


善逸の言葉に、小羽の顔が強ばった。
そんな彼女の様子に、自分が失言したと気付いた善逸は慌てて「ごめん」と謝った。


「……ううん。私……そんな音してた?」

「えっ、うん……なんか、自分を責めてるみたいな音がする。今も……」

「そっか……そっかぁ〜……はぁ〜〜、やっぱり善逸くんには誤魔化せないかぁ〜〜」


小羽は大きなため息をつくと、頭を抱えて項垂れた。
それに善逸は狼狽えるが、すぐに勢いよく顔を上げた小羽が覚悟を決めたような瞳で善逸を見つめてきた。


「……善逸くんは、鎹一族のことはもう聞いた? 」

「えっ、うん。清隆から一通りの事情は聞いたよ。でも俺は……小羽ちゃんから聞きたい。君の口から、直接。」

「……わかった。」


揺るぎない真っ直ぐな瞳で見つめられ、小羽はほんの少しだけ視線を逸らしたくなった。
けれど、今は逃げては駄目だと己を奮い立たせて、心を落ち着けるように目を閉じた。


逃げるな。ちゃんと向かい合うって決めたでしょ。
これで善逸くんに嫌われたとしても、恨まれたとしても、しょうがない。
それでも彼とちゃんと向き合いたいなら話すべきだ。
だって、これからもきっと同じことが起きる。
その度に私は同じ決断をすることになるだろう。
鎹雀としてこれからも動くのだとすれば、話しておかなければ。
これからも善逸くんと共にいたいと願うならば……


再び目を開けた時、善逸くんがとても心配そうに私を見つめていた。


「……大丈夫?すごく不安そうな、怯えた音がする。その、どうしても嫌なら無理に話さなくても……」


――ああ、この人は本当にどこまでも優しいな。

多分だけど善逸くんは、私が見殺しにしようとしたことに気付いていない。
それ所か考えてすらいないんじゃないかな。
あの時、私が戦おうと思えば一緒に戦えたことに、全然気付いてないの?

話したくない。
でも、ちゃんと話さなければ。

きっと傷つけてしまう。怒るかな。

恨まれたり……するのかな。
それとも優しい善逸くんは赦してくれるのだろうか。


「……あのね、善逸くん。」

「うん?」

「私が……善逸くんを見殺しにしようとしたって言ったら……どうする?」


音が、消えた気がした。
善逸くんがヒュッと息を呑んだ音だけがやけに響いた。

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