第95話「話したいこと」

「臭うぞ臭うぞ。この部屋か……ふふ、人間共め全員喰ってやるぞ。」

彩乃達のいる部屋を探し当てたスミエはゆっくりと戸に手を掛けた。
そして静かに戸を引くと、扉の隙間から沢山の人型の紙人形がまるで一本の縄のように繋がり、スミエの体に纏わりつく。
その瞬間、勢いよく戸が開かれる。
中には紙人形を操る名取と、陣の中に跪き、間封じの壺を構える彩乃がいた。
リクオは万が一の時の為に祢々切丸を鞘から抜いて構える。

ひゅるる
「ふふ」
「ちっ!」
「!、すり抜けた……!」
「彩乃ちゃん!!」
「!?」

紙人形の縄がスミエを捕らえる前に、彼女は素早く縄をすり抜けてしまう。
それに舌打ちする名取。
スミエは標的を名取ではなく無防備な彩乃へと絞り、頭上から飛び掛かろうとしていた。
それに気付いたリクオが慌てて彩乃の名を呼ぶ。

ガッ!
「ぎゃっ!!」
「……俺の目の前でこいつ( 彩乃)を襲うたぁ、いい度胸じゃねぇか。」

スミエが彩乃に襲い掛かる寸前に、彩乃を守るように彼女とスミエとの間に割って入った人物。
長い銀髪の髪に着流しの羽織。
祢々切丸を構えるその人は、妖怪の姿に変化したリクオだった。

「リクオ君!」
「……これが彼の本当の姿か……」

驚く彩乃と、冷静にリクオ達の様子を見守る名取。
一方リクオは彩乃に手を出されて酷く怒っていた。

「……!お前はぬらりひょんの……!」
「大人しく山に帰れば命までは取らなかったんだがな……消えろ。」
ザンッ!
「ぎゃあああーーっっ!!」

リクオが祢々切丸を降り下ろすと、スミエは断末魔を上げてまるで霧のようにその場から消滅してしまった。
後には何も残らずスミエは消えてしまったのだった。

*****

こうして、温泉旅館妖退治は解決した。

「……ふう、何とか無事に帰れそうですね。」
「色々あったからね。」
「私は満足したぞ。刺身に温泉卵も食べれたからな。」
「もう、先生ってば食べてばっか!」

――今回のことで痛感したことがある。
ずっと幼い頃から妖が見えていたせいで、妖を知ったつもりになっていた。
だけどそれは大きな勘違いで、彼等は泣いたり、笑ったり、困ったり、人間と変わらず感情がある。
今まで出会った妖達はとても優しかった。
でも、彼等の中にもスミエのように嘘をついたり、裏切ったりする者もいる。
――もっと、妖を警戒するべきだったのかもしれない。だけど……

(私は甘いのかな……)

それでもわかり合いたいと願ってしまう。

「夏目。」
「……ん?どうしたの柊。」

ロビーで名取さんが旅館の人と話しているのを待っていると、柊が話しかけてきた。

「主様は封印されている筈の妖を確認しに来ただけだよ。折角の旅行だから、お前と話しでもしたかっただけなんだ。」
「……うん。私も話したいことがいっぱいあるよ。」
(……いっぱいあるのに……)

名取さんとも、塔子さんと滋さんとも…… 
話したいのに上手く出てこない。
知られるのが怖い。
怖がられるのには慣れていたのに……

(でも、いつかきっと……)

きっと話そう。
本当の心を知って欲しい人達に……

「お待たせ。悪かったね、また巻き込んでしまって。」
「いえ、本当に楽しかったです。懲りずにまた、たまには会いに来てくれますか?」
「――ああ、もちろん。」
「ふふ」

こうして、初めての温泉旅行は終わり、私達は少しそわそわと家路を急ぐ。
ただいまと言えるあの家へ。
楽しい旅の思い出と、話したいことをいっぱい抱えて。
――まずは何から話そうか。

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