第1話「突然の転校」

小さい頃からよく、変なモノを見た。
他人には見えないそれは、恐らく、妖や妖怪と呼ばれるものの類。
生まれつき強い霊力を持ち、自分と同じで見える人だった祖母・夏目レイコが作った『友人帳』。
それは、祖母が人と馴染めぬ寂しさから妖たちに片っ端から勝負を挑み、負かした妖から名を奪って作り上げた妖たちの名前を綴った帳面だ。
妖にとって名を奪われるということは、自分の身を奪われているのと同じ事。
名を書いた紙を破られれば身が裂け、燃やされれば同じように燃える。
そんな危険な物だから、私は祖母の遺品から友人帳を受け取ったあの日から、妖たちに名を返す日々を送っている。

「なにぃ!?転校だと!?」
「そうなの、ニャンコ先生。」

彩乃の言葉に白い猫は驚いて素っ頓狂な声を上げた。
この喋る猫、もちろん妖である。
普段は招き猫を依り代としているが、本来の姿は巨大な白い獣の姿で、名を「斑」という。
彩乃は愛称を込めて普段からニャンコ先生と呼んでいた。
彩乃が心優しい藤原夫妻に引き取られ、こののどかな町にやって来てもうすぐ三ヶ月が経とうとしていた。そんなある日、突然彩乃の通っていた中学校の廃校が決まったのだ。
理由は少子高齢化。
こんな小さな田舎町の学校では中々生徒が集まらず、等々、来年を持って廃校が決定してしまったのだ。

「春からは二駅先の浮世絵中学って所に通うことになるんだって。」
「何ぃ!?」

彩乃の言葉にニャンコ先生はますます驚いて、普段は半開きの目を大きく見開いた。

「『浮世絵』だと!?まさかそこは浮世絵町じゃないだろな!」
「そうだけど?知ってるの?先生。」
「知ってるも何も、あそこはぬらりひょんの治める土地だぞ!」
「ぬらりひょん?」

聞いたことのない名に彩乃は首を傾げる。
その反応にニャンコ先生は呆れてため息をついた。

「……はあ、良いか彩乃。ぬらりひょんとは言わば、妖怪の総大将と呼ばれる大妖怪だ。この私に匹敵するとも言える。奴に従う妖は日本中にいると思え。そんでもって、奴は浮世絵町に住んどるらしい」
「えっ!?それじゃあ私が通う学校は……」
「妖……元い、妖怪の巣窟だろうな。」
「……」

あっけらかんと言うニャンコ先生の言葉に彩乃は青ざる。
それを見て、ニャンコ先生は呆れてため息をつく。

「今からそんな様子でどうするのだ。もしかすれば奴の傘下の妖の中に友人帳に名があるかもしれぬだろ?」
「あっ、そっか!じゃあこれは、いい機会かもしれないんだね!」
「運が良ければだかな。」

名を返せると聞いて彩乃はパァと顔を輝かせるが、先生の一言で再び気落ちさせられた。
そんな彩乃の様子にニャンコ先生はやれやれと重い腰を上げるのだった。

「仕方ない。今から特訓だ!」
「は?特訓?……何の?」

突然訳のわからない事を言い出すニャンコ先生に彩乃は目を丸くする。
そんな彩乃にニャンコ先生はニヤリと口角を吊り上げて悪どい笑みを浮かべて言うのだ。

「文字通り妖から身を守る為の特訓だ。いつも私が守ってやれるとは限らんからな。いい加減自分で少しは対処出来る様になってもらわねば困る。」
「ええっ!?ちょ、何言ってるの、ニャンコ先生!?」

慌てる彩乃などつゆ知らず、ニャンコ先生は窓を開けてひらりと屋根の上に登る。

「外へゆくぞ、彩乃。私が知る限りの呪術を教えてやるから、しっかり覚えろ!」
「はいい!?」

そんなやり取りをしたのが去年の秋のこと。
そして季節は巡り、春がやってきた。
中学二年生となった夏目彩乃は、今年から新たな中学校に通うことなる。
この春の訪れが、彩乃にとって運命を変える大きな出会いを齎すことになろうとは、この時は彩乃自身ですら思わなかった。

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