第3話「リクオ中学生デビュー」

リクオ視点

今日は記念すべきボクの中学デビューの日だ。
小学生の時はうっかり妖怪のことを話してしまって失敗したけど、今度こそボクは真っ当な人間になるんだ!
その日、奴良リクオはそう決意していた。
桜舞う、春うららな今日は、浮世絵中学入学式の日である。
下ろし立ての制服に袖を通し、最近漸くかけることに慣れたメガネの位置を直し、リクオは深く深呼吸した。

「今日からボクは中学生なんだ。今度こそ、僕は平凡な生徒として過ごすぞ!」
「何一人でぶつぶつ言ってるの?リクオくん。」
「あっ、カナちゃん!?」

突然背後から声をかけてきた少女にリクオは驚いて振り返る。
少女の名は家長カナ。リクオの幼馴染である。
カナは周囲を見回しながら怪訝そうな表情を浮かべた。

「何か、思ったより生徒の数多いね。」
「ああ、今年から他校の生徒が来るからじゃない?なんでも、うちの学校と合併したとか……」
「ふ〜ん。」

リクオの言葉にカナは差して興味は無いようで、「それよりも早く教室に行こう」とすぐに話題を変えてきた。

「おはよ〜、リクオ!家長さん!中学になっても同じクラスだな!」
「おはよう、島くん!」
「おはよう!」

教室に入ると、小学校からずっと同じクラスだった島くんが声をかけてきた。
島くんはリクオの肩に腕を回すと、興奮気味に話し出す。

「聞いてくれよ〜、二年にスッゲー美人な先輩が転校して来たんだ!夏目先輩って言うんだけどさ〜!」
「へっ、へぇ〜。」
(島くん、こういう話本当に好きだなぁ〜……)

リクオは興味が持てなかったので、適当に流した。
リクオとて男なので、女の子に全く興味が無い訳ではないだろうが、今の彼には真っ当な人間になるということの方が大事だった。

*****

――奴良組本家――

「ただいま〜!」
「お帰りリクオ!」
「あっ、お母さん!」

家に帰ると、母、若菜が出迎えてくれた。
いつもは雪女とか毛倡妓あたりが出迎えてくれるのに、珍しいなとリクオは思った。

「中学はどうだった?新しいお友達出来そう?」
「あっ、うん。カナちゃんと同じクラスだったよ」
「あらそう!カナちゃんって、幼稚園から一緒の子よね?」

若菜はにこにこと嬉しそうにリクオの話を聞く。
奴良若菜はリクオの母だか、彼女は純血の人間だった。
リクオの祖父ぬらりひょんが人間であった珱姫と結ばれ、半妖であった父、鯉伴(りはん)もまた人間である若菜を妻に迎えた事で、リクオは四分の一妖怪の血を次ぐクォーターとなった。
昔はリクオも祖父や父に憧れ、妖怪の総大将になると思っていたが、小学校の頃に起きたある出来事がきっかけで真っ当な「人間」となることを決めたのだった。

「おい、知ってるか?あの『レイコ』が帰ってきたそうだ。」
「まさか、『レイコ』は妖怪に喰われて死んだのではなかったか?」
「いやいや、あれは確かに『レイコ』だったぞ?」
「?」

家の中をうろついていると、妖怪たちが何やら話している内容が気になって、リクオは思わず足を止めた。

「ねぇ、その『レイコ』って誰?」
「おお、これは若!」
「レイコとはあの『友人帳』の夏目レイコの事ですよ!」
「……夏目?」

リクオは何処かで聞いたような名に、思わず首を傾げた。
すると近くを通った首無が説明してくれた。

「何ですか若、気になるんですか?」
「あっ、首無……首無も知ってるの?『レイコ』って?」

リクオがそう尋ねると、首無は何故か不愉快そうに顔を歪めた。
心なしか少し顔色も悪い。

「あ〜……夏目レイコですか……久しく聞かなかった名ですね。」
「どうしたの、首無?顔色悪いよ?」
「いえ、ちょっと嫌なことを思い出してしまって……」
「嫌なこと?」
「……はい。」

首無は力なく項垂れると、話し始めた。

「夏目レイコは今から50年くらい前にこの浮世絵町に突然現れて、この辺りの下級妖怪から上級の妖怪まで所構わず勝負を挑み、名を奪っていった恐ろしい人間の女です。」
「……それ、本当に人間なの?」

げんなりと話す首無に、リクオは思わずそう尋ねずにはいられなかった。
だって、人間の、しかも女性が妖怪に勝てる筈ないのだから……
それには首無も苦笑するしかなかった。

「紛れもなく人間ですよ。ただ、彼女はとても強い霊力を持っていて、我々妖怪が見えていました。そして、彼女から名を奪われた妖怪の中には、奴良組の者もいたんです。」
「ええっ!」

それにはリクオも流石に驚く。
首無は深くため息をつくと話しを続けた。

「流石に放っておくわけにもいかず、鯉伴様も手を打つべくレイコと接触したんです。そして何故かレイコはその日から度々鯉伴様に勝負を挑むようになったのです。」
「お父さんにまで!?」
「しかし、ある日を境にレイコは我々の前から姿を消したんです。」
「え?何で?」
「さあ?噂では、恨みを買った妖怪に喰い殺されたとか、何処かに引っ越したとか……本当のことは俺も知らないんです。」
「そっか……随分とすごい人間がいたんだね……ん?それならみんなが見たレイコって?」
「きっと、他人の空似ですよ。」
「そっか……そうだよね。」

リクオは少しだけ残念に思った。
そんなにすごい人間なら、一度は会ってみたかったと少しだけ興味が湧いたのだ。
まさかそのレイコの血を引く孫こそが、今朝島くんから聞いた「夏目先輩」だとは、この時のリクオは微塵も思わなかったのだった。
妖怪の総大将、ぬらりひょんの孫と妖の名を集めた友人帳の夏目レイコの孫。
その血を引くリクオと彩乃の出逢いは、意外な形で訪れるのであった。

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