第4話「帰りたいと思う場所」

「あら、お帰りなさい。彩乃ちゃん。」
「ただいま帰りました。塔子さん。」

多軌たちとクレープを食べて帰宅すると、塔子が笑顔で出迎えてくれた。
ただいまと言って、誰かがそれに返してくれる。
そんな当たり前のことが彩乃にはとても嬉しくて、ここが「自分の帰る場所」だと心から思えて、くすぐったい気持ちになった。

「彩乃、帰ってたのか。」
「はい、遅くなってすみません。滋さん」
「いや、彩乃にも友達との付き合いがあるんだ。少しくらい構わないさ。」
「滋さん……ありがとうございます。」

自分を心配してくれる滋の気持ちが嬉しいのと同時に申し訳なくて、彩乃は思わず頭を下げた。
それに滋は少しばかり困ったように微笑むと、優しく彩乃の頭をぽんぽんと叩いた。

「彩乃はもう少し気楽にしていいんだよ。ここは君の家なんだから……」
「……はい」

滋の言葉が嬉しくて、彩乃は中々顔を上げることが出来なかった。
何故なら、今の彩乃は絶対に泣きそうな顔をしているから……
帰りたいと思える場所がある。
家に帰ると誰かが笑顔で出迎えてくれて、お帰りと言ってくれる。
普通に誰もがそれを当たり前のことのように感じていて、変わらないのだと信じている。
当たり前すぎて気づかないだけで、それはどんなに素敵なことか……
彩乃がずっと欲しくて、望んでも手に入らなかったぬくもり。
だからこそ、この当たり前の日常が彩乃にとっては何よりもかけがえのない大切なものだった。
生まれてすぐに母を亡くし、幼いうちに父も亡くした彩乃は、物心ついた頃には親戚をたらい回しにされていた。
妖が見えるこの体質のせいで、たくさんの人に嘘つき呼ばわりされ、気味悪がられてきた。
誰にも受け入れてもらない孤独感。
理解されない悔しさと悲しみ。
寂しい、寒いとずっと心は叫んでいた。
そんな自分に手を差し伸べてくれたのが今の居候先の藤原夫妻だった。
変な噂の絶えない彩乃をそれでも受け入れてくれて、自分の家に来て欲しいと言ってくれた。
初めて誰かに受け入れてもらえた……
それがどんなに嬉しかったか。

(だからこそ、塔子さんと滋さんには絶対に言えない)

友人帳のことはもちろん、自分に妖が見えることは、二人には絶対に知られたくなかった。
優しい二人はきっと、彩乃が話せば全て信じてくれるだろう。
それがどんなに常識離れした事でも。
だからこそ、彩乃は言えないのだ。
自分が泥だらけになって帰って来ると、わんぱくねと言っていつも微笑んでくれる笑顔が、妖に襲われたものだという真実を知って、その度に心配して顔を青ざめてくれるであろう二人には、絶対に……
子供のいない藤原夫妻は、彩乃のことを実の子供の様に接してくれている。
そんな二人を妖関係で巻き込みたくなどない。
しかし、自分が友人帳を持っている限り、妖に襲われるのは避けられない。

(一日でも早く、友人帳の名を全部返さなくちゃ……)

それが自分の為であり、夫妻を守ることに繋がると彩乃は信じている。
その為にも、妖と関わることを避けてばかりはいられないのだろうなと、彩乃は思うのだった。

- 13 -
TOP