第5話「旧校舎の噂」

入学式から二週間ほどが経ち、新しい学校の環境にも漸く慣れてきた頃、学校で一番嬉しい時間であるお昼休みでの事だった。

「えっ?旧校舎?」
「うん。この学校に今は使われていない旧校舎があって、そこに出るらしいわ。」
「……出るって、妖?透ちゃんがそんな話してくるなんて珍しいね。」

お昼休みに多軌と2人で昼食をとっていると、唐突に多軌がそんな話をしてきた。
多軌は彩乃が妖を見える事は知っているし、彼女自身も妖と関わったことがあるので、彼等妖怪が物語などではなく現実に存在していることを知っている。
その恐ろしさも……
多軌は別段怖い話が好きなわけではないし、妖の怖さを知っているからこそ、彩乃にはあまりそういった類の話をしない。
だからこそ、珍しいと思ったのだ。

「まあ、そうね。ただ、どうも噂が本当らしいから、彩乃ちゃんには気をつけるように教えておいた方がいいかと思って……知っておけば避けようがあるでしょう?」
「なるほど、わかった。気をつけるよ。」

多軌の言葉に彩乃は納得したように頷く。
ただでさえ、見えるだけでも妖に絡まれやすい彩乃は、友人帳と言う厄介な代物まで持っている。
注意しようと決意したばかりなのだから、多軌の忠告はありがたかった。
妖は今も苦手だが、妖にも心の優しい者がいて、必ずしも怖い存在ばかりではない。
それを知ることができたから、彩乃は妖を怖いと思うが、嫌いになることができないのだ。

「夏目様……夏目様……」
「……ん?」

不意に自分を呼ぶ声が聞こえて
窓の方に視線を向けると、そこには手のひらサイズの小さな人型の妖がいた。

「ぶっ!……ごほごほっ!」
「わっ!ちょっと、彩乃ちゃん大丈夫?」

突然のことに彩乃は思わず飲んでいたリンゴジュースを吹き出しそうになり、慌てて飲み込むが、変なところに入ってしまったようで、咽せ返ってしまった。
多軌が慌てて背中を摩ってくれるが、今はそれどころではない。

「どうしたの、彩乃ちゃん。大丈夫?」
「ごほっ……げほ、そこ……に、あやか……ごほごほっ!」
「えっ?妖?」

窓のところを指差して、咽せながらもなんとか多軌に伝えようとするが、上手く言葉にできない。
だが、なんとか察してくれたらしい多軌の言葉に彩乃は何度も頷くのだった。

「……やっぱり見えないなぁ……」
「……っ、ふぅ。見えない方がいいよ?」

窓のところをじっと見つめる多軌だが、陣がないと妖が見えない彼女は、がっくりと肩を落とした。
そのことに彩乃は経験からのフォローを言うのだった。

「夏目様、名をお返しください。」
「!(この子、友人帳の……!?)」

妖が友人帳に名のある者だと気づいた彩乃は、すぐに鞄を手に取り立ち上がった。

「ごめん、透ちゃん。ちょっと席外すね!」
「えっ?、ちょっ、彩乃ちゃん!?」

多軌が呼び止めるのも聞かずに、彩乃は誰もいなさそうな屋上に向かった。
屋上の扉を開くと、風が髪を靡かせる。
手すりの方を見れば、いつの間にかあの小さな妖がこちらを見ていた。

「夏目様、名をお返しください。」
「うん。今返すから、ちょっと待ってて…」
「お待ちください。」

彩乃は鞄から友人帳を取り出そうとすると、何故か妖に止められてしまった。

「……どうしたの?」
「わたくしは桜の木に宿る妖。本体はこの姿では無いのです。」
「えっ?それじゃあ……」
「はい。この姿は夏目様にわたくしの存在を気づかせるためのまやかし。本体はあちらにあります。」

そう言って妖はある方向を指差す。
そこには随分と古びた校舎が存在していた。

「あそこって……まさか例の旧校舎?」
「わたくしはあそこでお待ちしております。夏目……レイコ様……」
「えっ?」

レイコと呼ばれ、彩乃は驚いて妖を見るが、その時にはもう既にあの小さな妖は消えてしまっていた。

「……もしかして、レイコさんと勘違いされてた?いや、それよりも……」

ちらりと旧校舎の方を見ると、如何にも妖が住みついていそうな雰囲気だった。

「……はあ、しょうがないなぁ……今夜、ニャンコ先生を連れて行くしかないかな。」

きっと、「また厄介事に巻き込みおってっ!」とか言って、怒るのだろう。

(……仕方ない。七辻屋の饅頭でも買っていこう……)

*****

――藤原家彩乃の部屋――

「ぬぁにぃ!ま〜た、お前は厄介事に巻き込まれおって!」
「……言うと思った」

家に帰宅した彩乃は、すぐにことの事情を先生に話した。
すると案の定というか、予想通りの答えが返ってきた。

「私は行かんぞ!」
「……饅頭五個も食べたくせに……」
「うぐっ!」

ぽつりと呟かれた言葉に、ニャンコ先生は言葉に詰まる。

「……ついて来てくれたら、たい焼きもつけるけど?」
「よし!さっそく行くぞ彩乃!」
(……なんて単純な……)

食べ物一つであっさりと釣れるニャンコ先生に彩乃は少しばかり呆れてしまう。

「旧校舎……やっぱり、沢山いるのかな?」
「まあ、古い建物は妖にとって格好の住処だからな」
「……だよね」

もしかしたら、いないかもなんて期待した彩乃は、少し憂鬱な気持ちになるのだった。

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