第135話「獣」

黒衣達から何とか逃げ切った彩乃と竜二は、斑に名取達がいる廃屋へと送ってもらった。

「――彩乃!無事だったか!?」
「名取さん、柊。」
「!夏目、お前怪我をしたのか?」
「大丈夫。肩をかすっただけ。それよりも、ここから少し先の下流に急ぎましょう!」
「――何?」
「川に流された時、ほんの少しだけど何かの気配を感じたんです。豊月神の封印があの辺りにあるかもしれない。」
「それは本当かい?」
「はい。」

彩乃の言葉に驚きを隠せない名取。
一先ず彩乃の言葉を信じ、五人は下流へと向かったのであった。

「……この辺かい?」
「はい。……たぶん。」
「川底か?」
「……いいえ。少し上の方に熱のような気配が……」

彩乃はキョロキョロと辺りを見回しながら気配のする方を探す。
そんな彩乃を見つめながら、名取は思わず呟く。


「……彩乃は本当にすごいな。」
「祓い人にとってはさぞ金のなる木に見えるだろうな。」
「あはは。そりゃあもう。」

名取の様子を窺うように、ニャンコ先生はじっと彼を見つめる。
するとその視線に気付いたのか、名取は真面目な表情で言った。

「――困ったことに、希少で優秀な助手が欲しくてたまらない。けれど、大切な友人も失いたくないんだ。」
「……あいつは、本当に名取さんの助手ではないんですか?」
「はは、そうだよ。残念なことにね。」
「……」

名取はどうやら嘘は言っていないらしい。 
あれだけの強い霊力を持っていながら、祓い屋ではないなんて…… 

「先生、名取さん、花開院さん、柊!崖の下……下の岩場に何かあります!」
「「!」」
「……たぶん、あの窪みの辺り……」
「あれか。まずいな、あんな所へは降りられない。」
「大丈夫です。たぶん先生なら……先生ちょっとあれ見てきて!」
「何!?お前……」

崖の下の岩場の隙間に何かきらりと光るものが見えて、彩乃は身を乗り出して指を差す。
その時、崖の下からぬっと獣が現れ、ぺろりと彩乃の顔を嘗めた。

「!!!」
「獣もいたー!!!」
「彩乃、一旦その岩場へ隠れるぞ!!」

名取の指示で慌てて岩場に身を隠す彩乃達。

「……まずいな。あの辺りに豊月神がいるかもしれないのに……」
「彩乃の血の匂いにひかれてきたか。む、そうだ彩乃。名案があるぞ。」
「え?」
「私があれを喰い。その首をお前が会場へと持って行くのだ!!皆ひれ伏すぞ。」
「駄目でしょ。そんな神様……ドン引きされるわ。」

ヨダレを垂らしながらとんでもない提案をしてくるニャンコ先生に、彩乃はすかさず突っ込んだ。

「背に腹は代えられんだろう。流石に私も神に牙を剥けば祟られかねんからな……そもそも豊月神を見つけても不月神が先に獣を捕まえれば負けになるのだぞ。」
「うっ……」
「――確かに。」
「名取さん。」
「会場への連れ帰り方はどんな形でもいいのかもしれないってことさ。」

そう言って名取はポケットから小さな瓶を取り出した。

「――不月神を封印する為に用意してきた呪詛と壺がある。これに捕まえて持っていけば首だけっていうよりはましになるかもしれない。」
「名取さん……」
「――やってみるか。」
「はい!」

名取の提案に彩乃は嬉しそうに力強く頷く。

「……名取さん、万が一の時は俺が……」
「――ああ。その時は私も覚悟を決めるよ。」
「お二人に不月神を退治させない為にも、絶対に成功させます。」
「……ふん。」

真っ直ぐに竜二の目を見てそう宣言する彩乃。
それに竜二は鼻を鳴らしてそっぽを向くのだった。
――さあ、一回きりの大勝負。
絶対に成功させなければ……

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