第154話「最後の夜」

イタクによって宿泊施設から連れ出された彩乃は、気が付くと遠野の里に来ていた。
川に連れてこられた彩乃は漸く地面に下ろされると、そこには待ち合わせていたのか淡島達が集まっていた。
彩乃がやって来たと気付いた淡島達は、彩乃に駆け寄りながら手を振った。
まるで主人に駆け寄る犬のように元気よく手を振るう淡島に、彩乃は思わず笑ってしまう。

「よお彩乃、待ってたぜ!」
「こんばんは淡島、冷麗、紫、雨造。」
「準備は出来てるわよ。」
「――準備?」
「ケホケホ。こっちよ。」
「??」

何が何だかわからないまま、彩乃は紫に手を引かれて川を歩いていく。
そして少し開けた場所に出ると、そこにはどうやって用意したのか、大量の花火が用意されていた。

「えっと……これはいったい……」
「花火だ。」
「や、それはわかるんだけど……」
「皆あなたと花火がしたくて、昼間のうちに用意したのよ。」
「――どうして?」
「あなた、明日には関東に帰ってしまうんでしょ?イタクから聞いたわ。だから最後に何か思い出作りがしたくて……迷惑だったかしら?」
「ううん、そんなことない。嬉しいよ。」
「そう?なら良かったわ。昼間にはあなたを困らせてしまったから、何かお詫びがしたかったの。」

そう言って頬笑む冷麗は雪女とは思えない程温かな微笑みを浮かべていた。

「おっしゃー!だったらさっそく始めようぜ!!」
「そうね。私はねずみ花火がやりたいわ。」
「俺はもっと派手なのがいいなー。」

彩乃が喜んでくれたのが嬉しかったのか、淡島達はわいわいと騒ぎ始める。
それからはもうお祭り騒ぎだった。
冷麗がねずみ花火を暴走させたり、淡島が花火を沢山持って踊り出したりと騒がしかったが、彩乃はずっと楽しそうに笑っていた。
その様子を、イタクはどこか満足そうに見つめていたのだった。

******

「最後の締めはやっぱり線香花火よね。」
「なあ、誰が一番長く続けられるか勝負しようぜ!」
「いいぜ!」
「私も負けないわ。ケホケホ。」

淡島によって突如勝負が始まってしまい、淡島と紫と冷麗と雨造は線香花火を片手に真剣勝負を始めてしまう。
彩乃は自分も参加するべきだろうかと視線をオロオロとさまよわせていると、皆から少し離れた場所で一人木に寄り掛かって黄昏ているイタクを見つけた。

「!」
「はい。イタクの分。……ー緒にやろ?」

彩乃が近づいてきた気配を感じてハッと顔を上げたイタクに、彩乃は一本の線香花火を差し出した。
微笑んで一緒にやろうと誘うと、少し間があったが、イタクは素直に花火を受け取ってくれた。

******

バチバチと小さな火の玉が弾け合う。
素朴ながら美しい線香花火の炎に、彩乃は思わず呟いた。

「……きれい。」
「――ああ。」
「……ふふ。」
「?、何だ?何か可笑しいのか?」
「「――あっ」」

独り言のつもりで呟いたのに、思わぬイタクからの返事があって、彩乃はそれが嬉しくてつい笑ってしまう。
それを不思議そうに見つめるイタク。
笑った振動で線香花火は落ちてしまい、彩乃とイタクは思わず揃って声を漏らした。

「……花火……終わっちゃったね。」
「――ああ。」
「今日は誘ってくれてありがとうイタク。楽しかった。」
「……いや。礼を言うのは俺の方だ。お前に出会わなければ、俺はきっとあの時死んでた。」
「そんな……私は……何も……」
「――ありがとな。」
「……うん。」

初めて、イタクが笑ったのを見た気がする。
暗くてはっきりとは見えなかったが、イタクは確かに彩乃に笑いかけてくれたのだ。
彩乃はそれがとても嬉しくて、とても幸せな気持ちになったのだった。

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