第163話「思い出の男の子」

「あれはたぶん……私が6歳くらいの時だったかな?学校の帰り道、妖に襲われて近くの神社に逃げ込んだの。そこで……あの男の子と出会ったんだ……」

彩乃は懐かしそうに目を細めると話を続けた。

「私の両親は私が小さい頃に亡くなってしまって、あの頃にはもう親戚の家にお世話になってたの。頼れる親もいなくて、周りからも疎まれてて、只でさえ心細かったのに、妖なんか見えていたから、あの頃はよく泣いてたんだ。あの日も神社で一人泣いてたの……そしたらその男の子がね、私の手を引いて神社の鳥居を一緒に潜ったの。」
「……それで……どうなったんですか?」
「神社から出たら妖に襲われるから、私は最初は嫌がったんだけどね、その男の子は大丈夫だよって言って私を外に連れ出したの。そしたら案の定大きな鬼の妖に見つかってしまって……でもその男の子は全然怖がらなかったんだ。」
「………」
「それで、その後は男の子が鬼と何か話してた気がする……そしたら鬼が小さな小鬼になってね、私に驚かせてごめんって謝ったの。それまで妖とちゃんと話したことがなくて、ただ彼等を怖いだけの存在だと思ってたからびっくりしたんだ。それがきっかけかな。妖にもちゃんと心があって、きちんと話せれば友達になれるってわかったから……あの日から少しだけ妖を見る目が変わったの……こう思えるようになったのも、あの子に会ったお陰なんだと思う……」
「……やっぱりだ……」
「――リクオくん?」
「やっぱり……彩乃ちゃんがあの時の女の子だったんだ……」
「え……?」

リクオはどこか興奮した様子で彩乃にすずいと迫った。
彩乃はリクオの様子が急に変わって、戸惑ったようにリクオを見る。

「――リクオくん?どうしたの?」
「僕のこと、覚えてないかな?彩乃ちゃんの話を聞いて確信したんだ。僕も昔、妖怪が見える女の子に神社で会ったことがあるんだよ。きっとあの女の子は彩乃ちゃんだったんだ……」
「え……ちょっと待って、それって……」
(あの時の男の子がリクオくんってこと……!?)

彩乃はじっとリクオの顔を見る。
あの時出会った男の子の顔はもう思い出せない。
けれど、あの子は今時の子にしては珍しく着物を着ていた。
あの時の男の子がリクオくんなんだとすれば、確かに見た目の年齢といい、納得がいく。
リクオくんの家なら幼い頃なら着物を着ていても不思議じゃないからだ。

「リクオくん……ちょっ、ちょっとメガネ取って!」
「えっ!わっ!彩乃ちゃん!?」
「ちょっとだけでいいから!」

彩乃はもしもあの時の男の子がリクオなのだと思うと、確かめたくて仕方がなかった。
興奮した様子で慌ててリクオのメガネを奪い取ると、彩乃はじっとリクオの顔を覗き込んだ。
あどけなさの残る顔は、うっすらと残る記憶の中の男の子の顔を思い出させた。

「……リクオくんだ……」
「あの……?」
「ほんとに……リクオくん……だった……」

彩乃は驚きのあまりぼんやりとリクオの顔を見つめる。
まさか、ずっと忘れることなく大切にしてきた思い出の男の子がこんなに近くにいたなんて…… 

「……びっくりした……」
「そりゃ……僕だって……」
「――私ね……」
「――ん?」
「あの男の子にまた会えたら……言いたいことがあったの……」
「――何?」
「――ありがとう……今の私があるのは、リクオくんのお陰だから……だからありがとう。」
「彩乃ちゃん……」
(そんな風に思ってくれてたんだ……)

穏やかに微笑む彩乃に、リクオはじんわりと心が温かくなる。

(僕は……やっぱり今も……彩乃ちゃんが好きだ……ううん……今の方が昔よりもずっと……)
「……彩乃ちゃん……」
「――ん?」
「僕は……」
「お、いたいた。こんな所にいたのか。」
「ニャンコ先生!?」
「斑!?」

リクオが何か言おうとすると、ニャンコ先生がひょっこりと顔を出して穴を覗いていた。

「まったくドン臭い。さっさと上がれ。お前たちが最後だ。」
「それが……上がれないの。引っ張り上げて。」
「何!?まったく世話の焼ける」

ニャンコ先生は本来の斑の姿になると大きな頭を穴に突っ込んで彩乃達を引っ張り上げてくれた。
穴から出てみんなのいる所に戻ると、そこには既に全員集まって飲み会を再開していた。

「おお、彩乃!」
「あっ、リクオ様!彩乃さん!」
「お前も踏まれたか。」
「情けない。やはり人間は弱いねぇ。」
「そりゃ、妖に比べたらね……」
「守ってやるさ……」
「――え?」
「守ってやるさ。弱いお前が呼ぶのならば……しょうがないねぇ。しょうがない……気に入ったんだからしょうがないさ……」
「ヒノエ……」
「我等は夏目殿が呼ぶのならばいつでも馳せ参じよう。」
「そうだよ夏目。」
「みんな……ありがとう。」

小さい頃は、ただ怖いだけの存在だった。
でも今は、こんなにも側にいて心に温かな想いを灯してくれる。
私も守っていこう。
大切な大切な友人たちを……

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