第8話「顔の妖」

あの旧校舎での出来事から翌日、彩乃はいつも通りに学校へ向かい、何事もなく一日は過ぎ、家へと帰宅しようとしていた。

「……はあ〜、今日は何事もなく終わったぁ!」
「お前は常に厄介事に巻き込まれるからな。用心棒をしている私は命がいくつあっても足りん。」
「そう言わないでよ、ニャンコ先生〜!」
「ふんっ!其れ相応のものをくれれば、今後も守ってやらんでもないぞ?」
「……昨日あれだけ食べておいて、まだたかる気か、このブタ猫!」
「なんだとー!」
「やるか、このっ……わっ!」

昨日は旧校舎で妖に遭遇してしまったこともあり、今日は学校にこっそりとニャンコ先生を連れてきていた。
そしていつものじゃれあいの様なやり取りをしながら道を歩いていると、不意に彩乃の顔に何かが張り付いた。

「……何、これ?紙人形?」
ボッ!
「あっつう!」

彩乃が顔に張り付いたものを剥がすと、それは人型に切られた紙人形だった。
彩乃はそれをひっくり返したりして暫く眺めていると、紙人形は突然燃えた。

「そのヒトガタ、誰かが術をかけて飛ばしてきたな。」
「術!?」
「こんにちは。」

ニャンコ先生の言葉に彩乃は驚く。
そして詳しく話を聞こうと口を開く前に、彩乃は声をかけられてハッとして声のした方を振り返った。

「やぁ。久しぶりだね、彩乃。」
「……なっ、名取さん!?」

カーキ色の帽子を深く被り、眼鏡をかけてこちらに笑顔で手を振るその男を、彩乃は最近知り合って知っていた。
彼は以前に柊という名の妖を退治するためにこの町にやって来た時に知り合った。
名取さんも妖が見えるらしく、表では今売り出し中の人気俳優。
裏では妖祓いを稼業にしている。

「相変わらず強力な霊力だ。居場所を探そうと紙人形を飛ばしてみたけど、触れられただけで君の霊力に焼かれてしまったようだ。」
「はっ、これ飛ばしたの貴方ですか!わざわざこんな術使って探さなくても、家知ってるじゃないですか!」
「あはは、そうだった!」
「笑い事じゃありません!」

怒鳴る彩乃を名取は飄々とした態度で受け流す。
正直、この掴み所ない性格が彩乃はちょっと苦手だ。

「いいですか?妖が見えることは絶対秘密ですからね!」
「了解しているよ。」
「絶対、絶対ですよ!」
「信用ないなぁ。」

念入りに確認してくる彩乃に、名取は苦笑する。

「あら、お帰りなさい。彩乃ちゃん。」
「ただいま帰りました。塔子さん!」
「……まぁ!お客様?」

彩乃が玄関の戸を開けると、ちょうど通りかかった塔子がいた。
塔子は彩乃の後ろに名取が居ることに気づくと、口元に手を当てて驚く。
それに名取は爽やかな笑みを浮かべると、帽子を取って微笑んだ。

「初めまして、彩乃ちゃんの友人の名取です。」
「まあまあ、彩乃ちゃんがこんな素敵な男性を連れて来るなんて、彼氏さんかしら?」
「はは、そう見えます?」
「違いますからね、塔子さん!この人はただの知り合いです!!」

名取は人の良さそうな笑みを浮かべたままとんでもないことを言ってのけるので、彩乃は即座に否定した。
嬉しそうに微笑む塔子さんには悪いが、たちが悪い冗談だ。

「そんな事より塔子さん!名取さんを部屋に案内してもいいですか?」
「あらやだ!私ったらお客様をいつまでも立たせたままで……どうぞ、上がって下さい。今、お茶を持っていきますわ!」
「お構いなく。お邪魔します。」

そう言って塔子はパタパタと忙しない足音を立てながらキッチンへと走っていった。
塔子が消えたのを確認すると、彩乃はジト目で名取を睨みつけた。

「……まったく、名取さんもちゃんと否定して下さいよ。塔子さんが勘違いするじゃないですか!」
「私は一向に構わないけど?」
「……っ!また……そういう軽口は結構です!!」
「はは、ごめんごめん。」

顔を真っ赤にして怒鳴る彩乃を、名取は余裕そうな笑顔で宥めるのだった。

「――もうっ!名取さんは一体何しにここへ……っ!」
「これは……!」

彩乃たちは話をする為に彩乃の部屋へと向かった。
しかし、彩乃の部屋の戸を開けると、そこには部屋の畳に真っ赤な血が点々とシミの様に広がっていた。

「……なっ、何、これ……血?」
「これは妖の血だな。」
「彩乃、油断しない方がいい。」

名取さんの言葉に、彩乃に緊張が走る。
血はどうやら押し入れに続いているようで、彩乃たちはじっと警戒して押し入れを見つめた。

「……押し入れに……?」
「障子を開けたら、一面に巨大な顔がって昔話であったな……」
「……やめてくださいよ。」
(本当にそんなのが出てきたらどうするのよ!)

彩乃はそんな事を考えて、一瞬押し入れを開けるのを躊躇った。
しかし、このままにも出来ないので、思い切って取っ手に手をかけた。

「――開けます。」
ガラッ!
「「!!」」
「わっ!」

戸を開けると、そこには本当に大きな顔の妖が入っており、顔の妖は彩乃たちに気づくと素早く窓の外へと逃げ出した。

「!、あいつは……」
「一体何なんです?ここで何か食べてたみたいだけど………うっ!」

そう言いながら窓から押し入れに視線を戻すと、そこには背中に羽が生えているが、人型の妖が血塗れで倒れていた。

*****

あれからすぐに鳥の妖の手当てをし、彩乃の布団に寝かせた。
部屋に残った血は掃除をして綺麗にした。(名取さんも手伝ってくれた。)

「片羽喰われてるな。……喰われそうになって、この家に逃げ込んだが、相手もかなりの大物だったってところか。」
「……どうして、私の部屋に?」
「妖の間で君は結構有名なのかもしれない。妖怪びきいの君に、助けを求めてきたのかもしれないね。」
「……」

名取の言葉に彩乃は複雑そうな表情を浮かべるが、名取は構わず話を続けた。

「……君は凄いね。実はこの町へは今の化け物を探しに来たんだ。退治する為にね。私の式に探させたら、この辺だと言うんでね、君なら何か知らないかと来てみれば……面白いくらい君には妖が寄ってくる。」
「……嫌味ですか?」

薄ら笑いを浮かべて楽しげに話す名取を、彩乃は目を細めて睨みつける。

「いやいや、そんなつもりはないさ。そうだなぁ……この際、この退治組まないか? 彩乃。」
「……へ?」

突然の名取からの誘いに彩乃は驚きで目を大きく見開く。

「あの化け物はこの辺の妖を喰い荒らしていてね。最近は家畜も襲い始めたらしい。……ほっとけるかい?君には力がある。君の力を、助けを必要としている者もいる。彩乃が必要なんだ。」
「……私は……」

名取の言葉に彩乃は迷ってしまう。
自分を必要としてくれる人がいる。
それは、彩乃にとって魅力的な言葉だった。

「ただでとは言わないよ。あの化け物退治には懸賞金がかかっているんだ。」
「はっ?懸賞金!?」
「いくらだ!?いくらなんだ!!?」

名取の発言に彩乃はどういうことかと問い詰め、ニャンコ先生は金に目が眩んでいた。

「はは、興味があるかい?そうだな、一緒に会合に行こうか。」
「……会合?」

会合という言葉に彩乃は不思議そうに首を傾げた。

「そう。呪術師たちの会合さ。知りたかったら、明日の夕方ここへおいで。」
「……それはどういう……」

名取は彩乃に一枚の地図を書いた小さなメモを手渡すと、腕時計を見て声を上げた。

「おっと、もうこんな時間だ。人と約束していてね、私はもう帰るよ。」

彩乃が尋ねようとすると、時計を見た名取は不意に立ち上がった。

「妖の多いこの地で、時々呪術を行う人たちが情報交換に集まるんだ。ただ感じるだけの人や本当に見える人がね。中には、祓い屋や陰陽師なんかの妖祓いの人たちも来るよ。」
「っ、そっ、それって……!」
「君や私と同じ景色を見ることが出来る人に会えると言うことだよ。」
「……」

その日の夜、彩乃は横たわる鴉の妖の看病をしながら、どこかぼんやりとしていた。

(私と同じ、妖が見える人たち……)
「……ねぇ、先生。この妖、傷が治るまでは暫くおいてあげれるけど、片羽ではもう飛べないのかな?」
「そうだな。ひょっとしたら友人帳に治せる妖の名があるかもしれんが、顔を知らなければ呼び出すことも出来ないからな。」
「ーーそっか、そうだよね……」

所詮、友人帳の本当の持ち主はレイコさんだから、私にはどうする事も出来ない。
もしかして私に助けを求めてやって来たかもしれないこの妖の為に、私は何もしてやれない。
なんて、無力なのか……

「で、行くのか?会合。」
「……うん」

ニャンコ先生の問いかけに彩乃は短く答える。
いつも、私は独りだった。
見えない人から見れば、私はさぞや奇妙だっただろう。
でも、もしかしたら……
自分と同じ景色を見れる人たちと会えば、自分にも何か出来ることがみつけられるかもしれない。
何かが変わるかもしれない。
彩乃はそんな期待と不安を抱きながら、明日の会合に想いを募らせるのだった。

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