第165話「雲外鏡」

「紫の鏡の話……知ってるかい?」
「えーと、確か都市伝説だっけ?」
「ああ、都市伝説や学校の怪談とされる話で、地方によって異なるが、『紫の鏡』『パープルミラー』などの言葉を20歳の誕生日まで覚えていたら呪われて死んでしまうってやつだ。」
「うげげげげげげぇ〜〜〜〜覚えちゃうじゃない〜〜!」
「まあ聞きたまえ。実はこの町で数年前……正確には7年前、『13歳の誕生日』に死んでしまった子が何人もいたんだ。僕は……それが妖怪の仕業じゃないかって思うんだよね。」
「13歳……20歳じゃないんだ?」
「昔は男が15、女が14で成人とされていたらしいし、『20歳』というのは現代に合わせて変化したものじゃないかと僕は考えてる。」

清継はノートパソコンを操作しながらそう話すと、不意に何かを思い出したように手を止めた。

「おお、そうだ。そろそろいいかな。」
「何が?」
「ふふ、君たち。家長さんに渡したバースデープレゼント……ただのブランド品だと思うかい?」
「え?何?金でもつまってんの?」
「サプライズだよ。」

そう言うと清継は自分の鞄からカナに渡した様な不気味な人形を取り出した。
カナの人形がカナ本人をモデルに作ったものだと言っていたから、おそらくは清継自身をモデルにしたものだろう。
清継はその人形の服を捲ると、人形の服の下には沢山の数字が書かれたボタンがついていた。
彼はそのボタンをいくつか押すと、まるでスマホの様に人形を耳に当てた。

「きっと喜ぶぞー家長さん。僕と友達であることに感謝するだろう。」
「……あれ、電話だったんだ?」

清継には悪いが、持ち歩くにはかなり嫌なデザインの電話だなと思う彩乃であった。

プルプルル
「おーい、家長さん?聞こえるかい?驚いたかなー?清継だ!ハッハッハ実はこれ電話になってるんだよーん!」
『き……清継くん!?助けてーー!!』

人形から聞こえてきたのはカナの切羽詰まったような声だった。
「助けて」なんてあまりにも必死なカナの声に、清継やみんなは異変を感じて電話の近くに集まる。

「え……」
「カ……カナちゃん?」
『今……妖怪に……鏡の妖怪に襲われてるのーーー!!!』
「妖怪……!?」
「なんやて!?」
「うそ……」
「今……何処にいるんだい!?」
『今……学校!!何処かの……男子トイレに……』
「学校だって!?」
「え……だって……カナちゃん帰ったんじゃないの?」
「急いで探すんや!!」

ゆらの言葉に弾かれたようにみんなが一斉に屋上を飛び出した。

「カナちゃーん!」
「家長さんどこー!」
「ここか!?」

ゆらが屋上から一番近い男子トイレに駆け込むと、勢いよく扉を開けた。
しかし、そこには誰もいなかった。

「…………おらん……」
「ここじゃない……」
「まったく気配すら感じひん!」
「次!次いこ!!」
『――――』
「…………え?」

ここにカナがいないとわかるや否や、巻が捲し立てるように次に行こうと促す。
一刻を争う状況に皆が頷き、慌ててトイレから出ていこうとすると、彩乃の耳に微かにカナの声が聞こえたのだ。
彩乃は反射的に後ろを振り返るが、やはりそこには誰もいない。

「……?(……気のせい?)」
『待って!……ここにいるよぉ……!!』
「……っ!?」

彩乃が空耳かと首を傾げた時、またカナの声が聞こえた。
今度こそはっきりと聞こえたその声の方……洗面台の鏡の方を見ると、そこには鏡の中からこちらを必死の形相で見つめるカナがいたのだ。

「――っ!?いえ……っ!」
「……?彩乃ちゃん?」
「……あれ?」
「夏目先輩は?」
「いない……」
「なんやて!?さっきまで後ろにいたやろ!?」
「……消えた?」

彩乃の声がして多軌が振り返ると、そこにはさっきまで一緒にいた筈の彩乃の姿がなかった。
それにみんなが気づき、キョロキョロと周囲を見回すが、彩乃はみんなの一番後ろから出てきたのだ。
だから誰にも気付かれないまま先に行ったなんてことはありえない。
突然姿を消した彩乃に、皆が動揺する。

「……え……うそ……」
「これって……夏目先輩も妖怪に拐われた?」
「っ、彩乃ちゃん!!」
「いつや!?まったく気配なんてしいひんかったのに!!」

気配も感じないうちにカナだけでなく彩乃までいなくなり、ゆらは焦る。

「と、兎に角2人を探そう!」
「そ、そうや!みんなは私から離れんといて!」
バタバタ……
『待って!!行かないでぇぇ!!なんで見えないのぉーー!?』

バタバタと慌ただしくトイレから出ていく清十字団のメンバー。
それを引き止めようと懇願するように待ってくれと必死に叫ぶが、聞こえていないのかゆらたちはこちらに気付くことなく出ていってしまった。
無情にも去っていったゆらたちに、カナは見捨てられたような絶望的な気持ちになった。

「そんなぁ……」
「家長さんしっかりして!!」

弱々しく泣きそうな声で鏡の外を見つめるカナを叱咤するように叫んだのは、姿を消した筈の彩乃だった。
――彩乃が鏡の中にいるカナを見つけた時、彼女の名を叫ぼうとした瞬間、彩乃は鏡の中にいた妖怪に捕まり、一瞬のうちに鏡の中に引き摺り込まれてしまったのだ。

「なんで……お前……コッチが見える?」
「そんなの知らないよ!私たちを今すぐここから出しなさい!」
「なんで?ヒトに、は、見えないのに……」
「お前、さっき清継くんが言ってた紫の鏡?なんで家長さんを狙うのよ!」
「せ……せんぱ……」

カナを守るように背に隠し、鏡の妖怪――雲外鏡と対峙する彩乃。
ガタガタと体を震わせて彩乃の腕にしがみつくカナは、彩乃しか頼れる者がいないこの状況で縋るように泣きそうな声で彩乃を呼んだ。
そんなカナを安心させるように、彩乃は空いている方の右手で自分に抱きついているカナの手にそっと手を重ねた。
妖怪に怯え、恐怖と絶望に満ちた目をしていたカナの瞳にほんの少しだけ希望の光が差した。

「……っ」

雲外鏡をじっと睨み付ける彩乃は、実を言うとかなりいっぱいいっぱいだった。
いくら日頃から友人帳やらなんやらで妖怪に襲われ慣れているとは言え、怖いものは怖い。
しかも今は用心棒のニャンコ先生が側にいないのだ。
――状況は目に見えて最悪だった。
しかし、ここで自分まで怯える訳にはいかなかった。
だって、自分の後ろにはカナがいる。
自分まで恐怖すれば、もっとカナを不安にさせてしまう。
いくら妖怪たちから霊力が強いと言われていても、彩乃は見えるだけの普通の人間だ。
ゆらのように妖怪と戦う術を知らない。
名取のように妖怪を封印することもできない。
一人では、何もできない。
けど、だけど……
今ここで何もしなければ自分だけでなくカナまでこの鏡の妖怪に殺されるだろう。

(――そんなのは、ごめんだ。)

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