第167話「カナの乙女心」

ピキピキピキ
ガシャァァン!!
「……はあ、やっと出られた。ありがとう、リ……ええーと……うん、ありがとう。」

雲外鏡を倒した後、リクオが鏡面世界を祢々切丸で破壊して、彩乃たちは無事に外の世界に戻ってきた。
やっと終わったと安堵しつつ、彩乃は助けてくれたリクオにお礼を言おうとして、側にカナがいることを思い出し、名前を呼ぶのを止めた。
リクオはちらりと彩乃を横目で見ると、(腰を抜かして動けなくなっていたため)横抱きしていたカナをゆっくりと降ろした。

「……あ……ありがとう……」
「2人共ケガねぇな?」
「あっ、私は平気。家長さんは?」
「あっ、え?だ……大丈夫……です。」
「?」

リクオを見つめたまま彩乃の問いに答えるカナを見て、彩乃は首を傾げる。

(……なんだか家長さん、顔赤い?……はっ!まさか風邪ひいた!?)
「家長さん、なんか顔赤いけど大丈夫?風邪ひいちゃった?」
「えっ!?や、だだ、大丈夫です!!」
「……本当に?無理してない?」
「大丈夫です。ありがとうございます、夏目先輩。」
「そう?よかった。」

大丈夫だと言うカナに、彩乃はやっと納得して安心したように微笑んだ。

「……じゃ、気をつけな。」
「あっ!ま、待って!!あの……あっ!」

リクオがこちらに背を向けて去ろうとすると、カナは慌ててリクオを引き止めようと駆け出そうとした。
しかし、雲外鏡から逃げる時に足首を捻ってしまっていたカナは、踏み出す足に力が入らずに躓いてしまう。
このまま地面に倒れ込みそうになったところ、リクオがなんとも自然な動作でカナを受け止めたのだった。

「……足、ケガしてんのかい?」
「えっと……」
「……」
「きゃっ!」

何を思ったのか、リクオは突然カナを横抱きすると、顔だけ彩乃に向けて言った。

「ワリィ彩乃、一人で帰れるか?」
「えっ、うん。元々そのつもりだけど……家長さんを送るんだよね?」
「ああ。」
ブルブルブル
「ひえええ!?」
「「!?」」

突然カナの鞄が震えだし、思わず大声を上げてしまうカナ。
どうやら人形が震えていたようで、カナは慌ててそれを取り出すと、人形から清継の声が聞こえてきた。

ガガー、ガー
『どーなったー?無事かー?家長さーん』
「あっ、大丈夫……全然大丈夫だよ!夏目先輩が助けてくれて……あと……」
「――俺のことは黙ってな。」
『んー?どうしたー?』
「……ううん、なんでもないよ。」
『そうかー?それよりも……『ちょお!そこに彩乃先輩おるんか!!』ちょっ、花開院さん!?』

ちらりとリクオを横目で窺いながら話すカナは、リクオのことを清継に話すべきかどうか迷っているようだった。
それを察したリクオが自分のことは黙っていろと言うと、カナは静かに頷いて誤魔化したのだった。
すると人形から聞こえる音が少し騒がしくなったかと思うと、声が清継からゆらに変わった。

『彩乃先輩!無事やったんですね!!』
「あっ、ゆらちゃん?ごめんね。心配させちゃった?」
『ええんです!!それよりも流石や!!彩乃先輩が妖怪をやっつけたんですね!!』
「えっ!?いや、あの………………う、うん。」

彩乃がちらりとリクオを見ると、彼は静かに首を横に振った。
黙っていろということらしい。
ならばここはゆらに勘違いしてもらったままの方が都合がいいかと、彩乃は話を合わせることにした。

『いやー、ホンマに彩乃先輩すごいわー!』
「うっ……あ、あのね、ゆらちゃん。私、家長さんを家まで送るから、先に帰るね。」
『あっ、そうですね。わかりました。では!』
「……うん。」
ガチャ……

電話が切れると、彩乃は嘘をついてしまった罪悪感から少し疲れたようなため息をつく。
そしてリクオを見ると彼に言った。

「……家長さんのこと、お願い。」
「ああ」
「あっ、ま、待って!」
「ん?」

リクオがカナを連れて行こうとすると、カナが慌てた様子で声を上げる。
それにリクオは足を止めて不思議そうにカナの顔を覗き込んだ。
するとカナはもじもじと恥ずかしそうにほんのりと頬を赤く染めながら、大変可愛らしく言った。

「お願い……もうちょっとだけ一緒に……あなたのこと……もっと……教えてください!!」
「え……」
「……」

カナの予想外の言葉に彩乃は戸惑い、リクオは無言でカナを見つめた。

「怖い思いしても……いいんだな?」
「えっ?」
「あの、リ………………あー………………若様どうするの?」
「ぶっ、わっ!?…………ちょっと妖怪町に……(なんで『若様』なんだ?)」
「えっ!?」

カナの前でリクオの名を呼ぶ訳にはいかないので、どうしようかとたっぷりと間を置いて考えた彩乃の脳裏に、「若〜!」と呼ぶ氷麗の姿が浮かび、咄嗟に「若様」と呼んでしまった。
彩乃に「若様」なんて呼ばれ、思わず吹き出してしまうリクオだったが、すぐに持ち直して答えた。
そして彩乃はというと、人間のカナを「妖怪町」に連れて行くと言うリクオにかなり驚いた。

「ちょっ……ちょちょ!リ……若様何考えてるの!?」
「……彩乃も来るか?」
「………………へ?」

まさかの自分へのお誘いに、彩乃はきょとりと目を丸くしたのだった。

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