第170話「うそつきになった夏目」

彩乃がニャンコ先生を連れてリクオたちの居る席に向かうと、そこは随分と賑やかになっていた。

「ねぇ〜、若様ぁ。今度は私を指名してよぉ。」
「狡いわよ!私にしてくださぁい。」
「……今度な。」
「お嬢さん、当店名物マタタビカクテルどうぞ!」
「あっ、どうも……」

リクオの周りにはまるでキャバクラのお姉さんみたいなセクシーなドレスに身を包んだ色っぽいお姉さんが2人両脇に座り、カナの周りにもイケメンの従業員のお兄さんたちが両脇に座って接待している。
ここはお食事処の筈なのに、何故か夜のお店みたいになっていて、彩乃はメチャクチャ顔を引き攣らせた。

「……リ……リクオくんてモテるんだね。(……うわぁ、近寄りたくない……)」 
「まあ、あんな小僧でも一応は奴良組の次期跡取りだからな。」
「……ん?何やってんだ彩乃。お前もこっち来いよ。」
「(げっ!)……う、うん。」

リクオは漸く彩乃がいないことに気付いたのか、自分たちから少し離れた場所で突っ立っている彩乃を見つけて声を掛けてきた。
その際にリクオの周りにいる綺麗なお姉様方がこっちを睨んできたので、彩乃は面の下で盛大に顔を引き攣らせ、リクオやカナから少し離れた席に座った。
それに気を悪くしたのか、リクオが少し不機嫌そうに眉をひそめてこっちを見た。

「……なんでそんな離れた所に座んだよ。こっちに座れ。」
「……もう席埋まってるし……」
「あー……じゃあここ座れ。」

リクオがそう言って自分の膝の上をポンポンと叩くので、彩乃は更に笑顔を引き攣らせた。
リクオから言わせてもらえば、自分の両隣は既にお姉さんで埋まっている。だけど好きな女(彩乃)には近くにいて欲しい。
ならば自分の膝の上があるではないか。……という訳である。
席を空けてもらうという発想はないらしい。

「…………(リクオくん、酔ってる?)」
「……どうした?来ないのか?」
「…………遠慮します。こっちはお構いなく。」
「ふーん。」
「…………」
(リクオくん、からかってるな!)

天然なのか計算なのかよくわからない無表情で言い出したもんだから、対応に困ってしまったが、彩乃が盛大に笑顔を引き攣らせて丁重にお断りすると、リクオはニヤリと口元を吊り上げて笑ったので、彩乃はリクオにからかわれたのだと気付いた。
彼はどうやら彩乃が絶対に無理だとわかった上で意地悪で言ったようで、彩乃は額に青筋を浮かべて拳を握り締めた。
我慢、我慢だ。
リクオくんは流石に殴ってはいけない。
どんなに腹が立っても今は我慢しなくては…… 
彩乃は怒りのあまりプルプルと震える拳をぐっと握り締めた。
そんな彩乃の腕にずっと抱っこされているニャンコ先生の存在にリクオがやっと気付き、彼は目を細めた。

「……あん?なんだよく見たら斑じゃねーか。おめぇも来てたのか。」
「やっと気付いたか阿呆め。」
「……いや、ブサイクなぬいぐるみかと……」
「なにぃ!!」

リクオに容姿をバカにされ、ニャンコ先生が怒る。
誰がどう見てもブサイク&デブな依り代の招き猫の姿を、先生は個人的にはとても気に入っており、先生曰くプリティーなその姿は主に多軌にしか好まれていない。

「ひゃっひゃっひゃっ、若も隅におけませんなぁ。こーんな可愛い愛人を2人も連れて〜」
「もー、私ぃ嫉妬しちゃう〜!」
「お名前なんてーの?」
「カ……カナ。」
「いくつー?」
「12……じゃない。今日で13……」
「うええー!!誕生日ィ!?祝わなきゃー!!」
「てゆーか、めっちゃ若いしー!!」

カナが今日誕生日だとわかると、妖怪たちが自分のことのように嬉しそうにはしゃぎ出す。
宴などの楽しいことが大好きな妖怪は、めでたい事があれば理由がなんであれとりあえず盛り上がるらしい。

「……元気だな、妖って……」
「私ももっと飲むぞー!」
「先生はいい加減にしない。」
「……で、2人は何の妖怪なの?」
「「え……?」」 

突然そんな質問をされて、彩乃とカナは固まる。
しかし、それは一瞬で、彩乃はにっこりと笑顔を貼り付けると、誤魔化した。

「……名もない下級の妖だよ。」
「そうなのー?なんか見た目人間っぽいし……クンクン……匂いも人間みたいだね〜!」
「えっ、えと……」
「そうなの。見た目が人間と大差ないでしょ?だから人に紛れやすいの。匂いはそのせいじゃないかな?」
「あー、成る程〜」
「…………(な、夏目先輩すごい……)」

にこにこと笑顔を貼り付けたまま息をするように嘘をつく彩乃に、カナは冷や汗をダラダラと垂れ流し。
ニャンコ先生は呆れたようにため息をつき、リクオは感心したように見ていた。

「……よくもまあ、息をするように嘘を吐くのが上手いな。」
「……人聞きの悪いこと言わないでよね、先生。……まあ、その通りだけど……」
「…………」

どこか自嘲気味に笑う彩乃を、ニャンコ先生は静かに見つめていた。
――小さい頃から、周りからは嘘つきと呼ばれていた。
人には見えない存在が見えることで、たくさん悲しい思いをした。
いくら周りに妖の存在を伝えても、誰も信じてはくれなくて、本当のことなのに、嘘なんてついてないのに……
だからいつしか嘘をつくようになった。
見えるのに見えないフリをして、不審がられたら嘘をついて誤魔化した。
嘘ではない本当のことを言うと"うそつき"になって、逆に嘘をつくと怒られる回数が減った。
だから私は嘘をついた。
嘘をつき続けた。
そうしていつしか嘘をつくことに慣れて、嘘をつくことが、誤魔化すことが上手くなった。
――あんなに嘘をつくことが大嫌いだったのに……
いつの間にか、嘘をつくことが当たり前になってきている。

「……いつの間にか、本当に"うそつき"になってたなぁ……」

ぽつりと吐き出すように呟された言葉は、あまりにも小声で、誰にも聞かれることはなかった。
ただひとり、彩乃の一番側にいる用心棒以外には……

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