第174話「四国妖怪」

夜の8時を過ぎようとしている時刻。
奴良組は何やらバタバタと皆が世話しなく動き回り、いつもと違って騒がしかった。

「――どうだった、黒羽丸?」
「申し上げますリクオ様、総大将。狒々組……全滅です。」
「そんな……!」
「……やはりか……」

黒羽丸から告げられた報告にリクオと彩乃は青ざめ、ぬらりひょんは諦めたように肩を落とした。

「彩乃から友人帳のことを聞いて、まさかと思って鴉のガキ共に調べさせたらこんなことになっとるとは……」
「おい、じじい。」
「わーとるわい。おい鴉!」
「はっ!総大将!黒羽丸、すぐに幹部達に召集をかけるんじゃ!」
「ああ!」

黒羽丸は鴉天狗の指示に頷くと、翼を広げて大空へと飛び立っていった。

「――にしても、いったい誰が……」
「少なくともウチの者じゃねぇな。」
「それじゃあ、外部の敵ってことか……心当たりはねえのかじじい?」
「ありすぎて逆に絞れんなぁ」
「おいおい。」
「あの……私にも何かできることないかな?」
「彩乃……」
「やめておけ彩乃。今度ばかりは危険すぎる。」
「でも先生……」
「気持ちはありがてーが、これはワシ等妖怪の問題じゃ。彩乃が気にすることじゃねぇ。」
「でも……」
「ワリー事は言わねー。関わるな。」
「……はい。」

ぬらりひょんやリクオにそう言われてしまっては、部外者の自分には何もできない。
彩乃は何もできない自分が情けなくて、無理やり自分を納得させるしかなかった。

******

「今日はいつもより長く語ってたね〜清継くん。」
「そうだね。清継くんは本当に妖が好きなんだってよくわかるよ。」
「だからって、あまり遅くなるのは困りますけど。」
「まあね。でもまだ日が長い季節で良かったよ。」

放課後の清十字団の活動を終えた彩乃達は、帰宅するために駅に向かっていた。

(……リクオくん、いつも通りだな……それにしても……)
「護衛……増えたね。」
「うっ!」

彩乃がちらりと後ろを振り返ると、首無や毛倡妓、河童に黒田坊がお店の壁や電信柱に隠れて着いてきていた。
狒々という仲間が殺されたという情報が入ったのは昨日だ。
それも敵の正体はまだわかっていない上に、外部からの者だということしか情報がない。
だから念のためにとリクオの護衛が増えたのだ。

「……ごめん。気になる?」
「え?まあ、気になるといえば気になるけど……(バレバレだし……)みんなピリピリしてるね。」
「そりゃそうだせ。狒々様と言えば、奴良組の大幹部の一人だ。その方が殺られたとなれば、黙ってるわけにはいかねーからな。」
「青田坊……私も何か協力できることがあれば良かったんだけど……」
「いいんだよ彩乃ちゃん。昨日もじいちゃんが言ったけど、今回は本当に危険な気がするんだ。だから、ね?」
「……うん。」
「――リクオくんだよね?」

彩乃が渋々といった感じで頷くと、不意に人に声を掛けられた。
見た目高校生くらいの少年二人はリクオだけをまっすぐに見ている。

「……知り合い?」
「い……いや……だ、誰?」
「……」

その時、少年達がクスリと口角を吊り上げて笑った。

「いや――聞く必要はなかったか……」
「えっと……?」
「こんなに似ているのだから。僕と君は……若く才能にあふれ、血を――継いでいる。だけど……君は最初から全てをつかんでいる。僕は……今から全てをつかむ。」
「……?」
「僕もこの町でシノギをするから。まあ見てて……僕の方がたくさん"畏れ"を集めるから……」
「……え?」

言いたいことだけ言って踵を返して何処かへと去ろうとする黒髪の少年。
一瞬だけ、彼と目が合った気がした…… 

「ま……待って……」
「ハッ、ハッ、ハッ、両手に花か〜〜!?やっぱ大物は違うぜよ〜〜」
「!?」
ペロリ
「ひゃああっ!!?な、何するの!!」
「彩乃ちゃん!?」
「挨拶じゃ。」

黒髪の少年と一緒にいたもう一人の茶髪の少年は、彩乃に近付いたかと思えば、突然彩乃の頬をペロリと長い舌で舐めたのだ。
あまりにも突然のことに彩乃は悲鳴を上げる。

「――犬神、行くぞ。」
「おう。」
「……な……」
「……」
「わ……若……」

彼等が踵を返して去って行こうとすると、今まで何処に潜んでいたのか、突然何人もの人が彼等の周りに現れたのだ。
黒髪の少年は思わず息を飲んでそれを見守るリクオ達を鼻で笑うと、何処かへと行ってしまった。

(――な……何が起きようとしてるんだろう……なんか……すごく嫌な予感がする……)

異質な雰囲気を纏った彼等とのこの必然的な出会いが、これから起こる激しい戦いの幕開けであることを意味するなど、彩乃達はまだ知らなかった。

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