第14話「花開院竜二」

「言言、壊せ。」
「!」
「なっ!?」

誰かがそう呟くと、どこからともなく大量の水が七瀬を襲った。
いや、正確には七瀬の持つ壺を狙った。
水は壺を破壊すると、中から顔の妖が飛び出してくる。

「ああ!封印が!?せん……」
「……餓狼、喰らえ!」
バシャンッ
ドババババッッッ!!
「ぎゃっ!ぎゃぎゃーーっっ!!」
「……っ!」

彩乃が逃げようとする顔の妖をどうにかしようと、ニャンコ先生の名を呼ぼうと口を開いた瞬間、再び大量の水が顔の妖を襲う。
水は狼の様な姿を型取り、顔の妖に食らいつく。
妖の断末魔が響くと、そこにはもう、妖の姿はなかった。
妖を殺した。
瞬間的にそう理解した彩乃は、声の主が居るであろう方向へと振り返る。

「何をする!花開院の者!!」
「……ふん、何をそんなに憤ってるんだ?俺は妖怪を退治しただけだぞ?」
「あっ。(あの人たち……)」

そこには着物に身を包んだ二人の男女がいた。
彩乃はその二人に見覚えがあった。

「せっかくの式を……!」
「妖怪は退治するもの。そうだろう?ゆら。」
「お、お兄ちゃん、まずないか?」

今にも掴みかからんとする勢いで竜二を睨みつける七瀬に、ゆらが青ざめた顔で竜二の名を呼ぶ。
しかし、竜二は涼しげな顔で言ったのだ。

「妖怪は悪。俺は陰陽師として妖怪を退治しただけだ。文句があるなら、他人に任せないで自分の力で式となる妖怪を捕らえたらどうだ?」
「……くっ、くそっ!(花開院家と揉めるのはまずいか……)」

七瀬は悔しげに歯を噛み締めると、あっさりとその場から立ち去ったのだった。

「……ふん。」
「……どうして……」
「……あ?」

どうして殺したのか、思わずそう呟きそうになって、彩乃は慌てて口を閉じた。
しかし、竜二は微かに聞こえた彩乃の声に、しっかりと反応してしまった。

「……何か言いたそうだな。」
「……いえ」

彩乃は竜二から気まずげに視線を逸らす。
彩乃とてわかっているのだ。
あの顔の妖は沢山の人や妖を喰ってきた。
あのまま生かしておけばまた誰かが傷つく。
だから何も言わないし、何も言えないのだ。

「……君たちは花開院家の竜二くんとゆらちゃんだね?優秀だと聞いてはいたけど、ここまでとは……お見逸れしたよ。」
「俺なんかよりも、こいつの方が優秀ですよ。名取さん。」
「おや?私のことを知っていてくれてるなんて光栄だな。」
「いや、だってあんた俳優やろ?」
「ふふ、きらめいてごめん。」
「……(何んや?この人……)」

ゆらの的確なツッコミに、爽やかな笑顔で答える名取。
それにゆらは呆れた眼差しを向けるのだった。

「……それにしても、七瀬さんにあんな喧嘩を売るようなことをして大丈夫かい?」
「平気ですよ。的場一門も、花開院家と争うのは得策とは思わないでしょうし。」
「まあ、そうだね……だけど、正直助かったよ。あんな上級の妖が的場さんの手に渡ったら、少々厄介なことになっていたからね。」
「お礼を言われる筋合いはないですよ。俺たち陰陽師は全ての妖怪を滅するのが仕事ですから。」
「……っ!」

そう言ってニャンコ先生に鋭い視線を向ける竜二に、彩乃は思わずニャンコ先生を隠すように前に出る。

「……ふん、心配しなくても、ちゃんと使役されている妖怪なら殺さないさ。……一応な。」
「……だったら、何であの妖は殺したんですか?」

怯えながらも竜二を睨みつける彩乃に、竜二は探るような眼差しで彩乃を見つめる。

「……あの妖怪は懸賞金がかかる程に、多くの人間に被害を与えた。生かしておくのは得策じゃない。それに、あの七瀬のババアに扱い切れるとは思えなかった。……だから暴走される危険を避ける為に始末した。」
「……そう、ですか……」

意外にもちゃんと答えてくれた事に少し驚きながらも、彩乃は渋々自分を納得させた。

「……じゃあ、俺らはこれで失礼します。」
「ああ、また縁があったら話そう。」
「……そうですね。」

そう言って竜二とゆらは彩乃たちに背を向けて去って行った。
一瞬、去り際に竜二が彩乃を見つめていたことに、顔を俯けていた彩乃は気づかなかった。

「……」

いつか……
いつか……妖を見る人に出会えたなら、それはとても素敵なことだろうと思っていた。
だけど……
ひょっとしたら、妖を見える同類こそが、もっとも『友人帳』の存在を知られてはならない相手なのかもしれない……

『夏目さま』
『彩乃さま』

妖は確かに人を襲い、喰べてしまう恐ろしい存在だ。
だけど自分は知っている。
人を愛し、人の為に必死になる妖がいることを……
私は、そんな心優しい妖たちに今まで何度も逢ってきた。
彩乃はまるで守るように友人帳の入った鞄を抱きしめた。

「……彩乃」
「……ニャンコ、先生……」

不安になる彩乃に、ニャンコ先生は声をかける。

「……帰るぞ。」
「……うん。」

何事もなかった様に振る舞うニャンコ先生に、彩乃はふわりと微笑んだ。
妖からずっと逃げていた。
そしてたぶん、人間からも……
知るべきなのかもしれない。
例えば、自分のことや、両親のこと、そして…
レイコさんのことも……

「主様。」
「柊!良かった、無事だった!」
「ご苦労様、柊。」
「申し訳ありません。不覚にも、ふっとばされてしまいまして……」
「ふん、軟弱な。」
「なんだとタヌキが……!」
「二人共やめなさい!!」

茂みから柊が現れて無事だったことに安堵する間も無く、喧嘩を始めたニャンコ先生と柊に彩乃は怒鳴る。
この何気ない日常を守りたい。
もっと、強くなりたいと思った。
多くの人や妖と出会い、守りたいと思えるものができたのだから……

- 23 -
TOP