第219話「的場の矢」

「的場、お前なんてことを!」
「すみません。妖がごちゃごちゃいたのでどれがどれやら。その子に当てるつもりはなかったのですが……庇ったということはその白い獣はその子の子分ですか?すごいな。」

的場は矢を掠めた痛みで肩を押さえながら悶える彩乃を見つめながら、悪気がなさげに語る。

「私でさえこの場所を知ろうと紙面の妖について回ったり、妖に後を追わせたりしたが、中々辿り着けなかったというのに……ちょっと泳がせてみればすぐこの場所を見つけてくれた。――さて、式として使えるかこいつが動いている所を見てみたいですね。」
「う……」
「こいつ……!」
「……」

名取は的場を鋭い眼差しで睨み付け、斑は血を流して苦痛に顔を歪める彩乃を無言で見つめる。
痛みで悶える彩乃を見て、斑の中で心がざわりとドス黒い感情に包まれる感覚がした。
沸き上がる的場へのフツフツと煮えたぎるようなこの感情は怒りだ。

「――小僧。身の程を知らぬ者よ。覚悟するがいい……」

フーフーと荒い呼吸をし、的場を鋭い眼差しで見据える斑。
怒りからか、斑の体からぶわりと妖気が漏れだし、強い瘴気を生み出す。
とてつもない殺気に、カゲロウも名取も身動きを取ることができなくなった。

フーフー
ポタッ
ポタタ……
「う……」

その時、荒い呼吸と水の滴る音に彩乃はうっすらと目を開けた。
視界に飛び込んできたのは、怖いくらいの殺気を辺りに撒き散らし、今にも人を喰い殺しそうな先生の姿だった。

「――先生っ!」
「っ!」
「先生落ち着いて!あまり動かないで!矢が刺さったままなの、血が出てるんだから!傷が広がってしまう!」
「彩乃……無事か!?」
「――すみません掠っただけです。それよりも先生が……先生!」
「――ちっ」
どろんっ!

彩乃の必死の制止の声に斑は舌打ちすると、招き猫の姿に戻ってくれた。

「命拾いしたな。的場とやら。」
「……何だ。つまらないですね。」
「……」

先生の殺気に薄ら笑いを浮かべていた的場は、先生の興が削がれると、途端につまらなそうに無表情になった。

「彩乃、傷は?なんて無茶をするんだ!!」
「……すみません。」
「早く止血しないと!」
「それなら先生も……」
しゅる…… 
しゅるしゅる…… 
「「「!!?」」」

彩乃の肩の傷を見て慌てて止血しようとする名取。
腕から流れる血を止めようとポケットからハンカチを取り出して応急処置をしようとする。
彩乃は自分よりもニャンコ先生を先に手当てして欲しいと言おうとしたその時、彩乃とニャンコ先生の血が蛇のように浮かび上がり、ふわふわと何処かへと飛んでいく。
あまりにも不気味な光景に、ぎょっと目を見開いて青ざめる三人。

「……………………先生って、やっぱり妖怪だったんだね……」
「阿呆!流石の私でもあんなハッスルした動きのものが体の中を流れていたら恐ろしいわ!!それにあれは……」
「彩乃様、上です!」
「――えっ!?」

カゲロウの叫び声に大妖の方を見れば、彩乃と先生の血が大妖の口の中へと入っていく。
ハッとして壺の方を見れば、壺の中の血も空になっていた。

「彩乃、あれを!」
「――っ!」
「〜〜。〜〜、〜〜。」
「……呪文?……まさか!!」

名取の声に女の方を思い出したように見れば、女は何か呪文のような言葉をぶつぶつと唱えていた。
女の唱える呪文に連動するように、血は大妖の口の中へと吸い込まれていく。
――封印が、解けようとしていた。

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