第235話「レイコの家族」

『今は気持ちだけ知っててくれりゃあいい。いつか俺を好きになってくれりゃあ嬉しーし、もしも他の誰かを好きになった時はその時考える。まだ誰かを好きになったとかいう理由じゃねーんなら、ゆっくりでいい。俺のことも考えてくれねーか?』

………………
…………

「はあ〜……」
「……おい」
「……はあ〜……」
「……おい、彩乃。」
「……はあ〜っっ……「いい加減鬱陶しいぞ!!」だっ!!」

先程から机にうつ伏せになって何度もため息をついている彩乃。
流石に鬱陶しくなったニャンコ先生は彩乃の背中に頭突きを食らわせたのだった。
ニャンコ先生渾身の一撃を食らった彩乃は、痛む背中を擦りながら恨めしそうにニャンコ先生を睨み付けた。

「いった〜!いきなり何すんのよニャンコ先生!」
「やかましい!家に帰ってきたかと思えばずっとため息ばかりつきおって!」
「……だって…………だし……」
「あ?何だって?」
「〜っっ、何でもない!!」

ボソボソと何か呟いた彩乃だったが、あまりにも小さい声だったので先生は聞き取れずに聞き返した。
すると彩乃は頬を赤く染めてそっぽを向いてしまう。
どこか様子のおかしい彩乃に、ニャンコ先生は怪訝そうに目を細めた。

コンコン
「?」

窓を軽く叩くような音がして、彩乃がそちらに視線を向けると、そこにはヒノエや中級、ちょびがいて窓から手を振っていた。
彩乃がヒノエたちに気付くと、彼女等は窓を開けて部屋の中へと勝手に入ってきた。

「邪魔するよ。」
「ヒノエ!?中級、ちょびまで!」
「知り合いが友人帳に名があると言うので連れて来たのであります。」
「え?」
「どうも。名を返してもらいに来ました。」

頭巾を被った鳥の妖はそう言って部屋の中へと入ってきた。

「我を護りし者よ。その名を示せ。」
パラパラパラ
「……(じーー)」
「……」

鳥の妖に名を返そうと友人帳のページを捲っていると、背中越しでもわかるくらいのものすごく熱い視線を感じて彩乃は手を止めた。

「見ないで!あっちいって!気が散るわ!」
「うおー!夏目様が怒ったー!」
「怒った怒ったー!」
「彩乃は怒った顔も可愛いねぇ!」
「……たくっ。」

名を返すのが珍しいのか、中級たちがじっと見てくるせいで気になって集中できない。
彩乃は中級たちを蹴散らすと、さっさっと名を返してしまおうと決めた。
鳥の妖の名が綴られた紙を口に咥えると、彩乃は勢いよく息を吐き出した。
すると紙に綴られた文字が浮き出し、しゅるしゅると蛇のように鳥の妖の中へと入っていった。

「おおー!」
「お見事であります。」
「流石私の彩乃。色っぽいねぇ。そそられるよ。」
「……つ……疲れた。」

名を返した影響で霊力と体力を奪われた彩乃は、ぐったりと畳に倒れ込んだ。

「ありがとうございます。夏目様。」
「おやおや、まったく弱っちいね。それでもレイコの孫かい。」
「――ふむ。孫か……あのレイコも……家族とやらを持てたのだろうか……」
「……」

鳥の妖の言葉に、ニャンコ先生は目を細めた。
そして彩乃には、妙に心に響く言葉だった。

――家族。か……
……それはどうだろうか。 
「夏目」の姓のままだった祖母のことなど、只でさえ厄介者だった私が親戚に訊ける筈もなく。
祖母であった人を悪く言われたり、寂しい日々だったであろうことを聞くのも……恐かった。
――ああ、でも……
もうそんなことで心を痛めない。
藤原さんたちに出会えた。
優しい友人に恵まれた。
私の心はもう、きっと痛まない。
痛かったことはもう……
全部、全部忘れてしまえばいいんだから……

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