第15話「新たな仲間カゲロウ」

会合での妖退治を終えて帰ってきた彩乃はへとへとだった。

「ただいま〜」
「ああ、彩乃お帰り。……なんだい?随分と疲れているじゃないか!?」
「……ヒノエ、お願いだから今は抱きつかないで。」

部屋に入るとさっそくいつものように抱きついてくるヒノエを軽く手で押し退けながら、彩乃はため息をつく。

「本当にどうしたんだい?」
「うん、実は……「あ、あの……」」

彩乃がヒノエに事の真相を話そうとすると、不意に第三者の声がして、彩乃は驚いてそちらに視線を向けた。
するとそこにはあの傷だらけになっていた鴉の妖が、何故か部屋の隅で小さくなって座っていた。

「……君は……」
「あんた何でそんな所で小さくなってるんだい?ああ、言い忘れてたけど、鴉はあんたたちが帰ってくる少し前に目を覚ましたんだ。」
「それを早く言ってよ!」

今更思い出したように話すヒノエに、彩乃はすかさずつっこむのだった。

「あの……夏目様?」
「ああ、ごめんね。もう傷の方は大丈夫なの?」
「はい。お陰さまで……」
「それは良かった。目覚めたばかりで申し訳ないのだけど、何があったのか、話してくれる?」
「……はい」

彩乃の問いかけに鴉は素直に頷くと、ぽつりぽつりと話始めた。

「私の名はカゲロウと申します。私はある祓い屋に仕えていた式でした。ところがある日、的場と言う祓い屋に捕らえられ、あの顔の妖を誘き寄せる為の囮にされたのです。危うくあの妖に喰われそうになっていたところを何とか逃げ出し、命からがら辿り着いたのがこの場所だったのです。」
「そんなことが……」

悲痛な面持ちで語るカゲロウの心情を思い、彩乃は悲しげに目を細めた。

「お前、ここが『友人帳の夏目』の家だと知って逃げてきたのか?」
「……はい。風の噂で夏目様のことを知っていたので、無我夢中で助けを求めてやって来ました。」
「なるほど、そして運悪くこの子が留守のところをその妖に襲われたんだね。」
「その通りです。」

ヒノエの言葉に同意して頷くカゲロウに、彩乃は彼を気遣ってある提案を申し出た。

「……ねえ。カゲロウさえ良ければ、傷が癒えるまで家に居るといいよ。」
「「なにぃ!?」」

彩乃の突然の申し出に、先生とヒノエが素っ頓狂な声を上げる。
カゲロウに至っては、きょとりと目を丸くしていた。

「何を言い出すんだこの阿呆!」
「そうだよ彩乃!こんなよく知りもしない男を泊めたりなんかして、あんたの身に何か起きたら……!?」
「先生は黙ってて。ヒノエは何想像してるの!?」
「……本当に、宜しいのですか?」

周りの反応もあってか、おずおずと尋ねてくるカゲロウに、彩乃は満面の笑みで答える。

「当たり前だよ!」
「……夏目様……」
「本当は失った片翼も治してあげられたら良かったんだけど……ごめんね。」

申し訳なさそうにそう言うと、カゲロウはとても感動した様子で瞳をうるうるとさせてこちらを見つめてきた。

「なんという慈悲深きお方でしょう……しかし、私はお礼に夏目様にしてあげられることはたいしてございません。……そうだ、私の名を友人帳に綴らせてください!」
「ええっ!?」

カゲロウの突然の申し出に彩乃は驚くが、すぐに首を横に振った。

「いらない」
「何故ですか!?……やはり、もう飛ぶことのできぬ鴉など、不要でしょうか?」
「……違うよ、カゲロウ。」

落ち込むカゲロウに、彩乃は静かに話す。

「私はね、妖を名で縛りたくないの。だから、気持ちだけ貰っておく。ありがとう、カゲロウ……」
「夏目様……」
「……なんとお優しい……このカゲロウ、感動いたしました!どうぞこの私を、あなた様の舎弟にしてください!!」
「……は?」
「ああ!どさくさに紛れて彩乃に触るんじゃないよ!!」

人の話を聞いていなかったのだろうか……
カゲロウは彩乃の手を強く握り締めながら自分に熱い眼差しを送り、ヒノエは彩乃からカゲロウを引き離そうと躍起になっていた。

「……あのね、私は式もいらないし、舎弟も取らない。」
「では、私はどうすれば!?」
「そのまま消えればいいんじゃないか?」
「先生!……普通に友人でいいんじゃないかな?」
「私が、夏目様の友人に……?」
「うん。カゲロウが嫌でなければ……」

きょとりと目を丸くするカゲロウに彩乃はにっこりと微笑む。
するとカゲロウは少し照れくさそうに頬を朱色に染めると、柔らかく微笑んだ。

「……いえ……いえ、とても嬉しいです!」
「そう。良かった。……よろしくね、カゲロウ。彩乃でいいよ。」
「はい!彩乃様っ!」

カゲロウはとても嬉しそうに笑うと、彩乃もにっこりと微笑むのだった。

*****

妖退治から四日後。
あれからカゲロウはすっかり傷も癒え、今では彩乃の家の近くの山で暮らしている。

「……ふう、結構重いなぁ〜。」

彩乃は日直として次の授業で使う教材を教室に運ぼうと廊下を歩いていた。
しかし、意外にもこれが重く、女子一人の力では運ぶのも一苦労だった。

「う〜、田沼くんがせっかく手伝うって言ってくれてたのに、断らなきゃよかったなぁ〜。」
ドンっっ!!
「「わぁっ!!」」

そんな事をぶつくさ文句を言っていると、突然誰かとぶつかってしまった。
その衝撃で、持っていた教材が廊下に散らばる。

「わわっ、すみません!」
「いえ!私の方こそすんません!」

ぶつかった相手はどうやら女の子の様で、お互いに慌てて頭をペコペコと下げ合う。
そして互いに顔を上げたその時……

「「ーーああっ!!」」

なんという運命の悪戯か。
ぶつかった相手はなんと、四日前にあの会合で出会った陰陽師の女の子だったのだ。

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